第48話
一体シャロンがどこに連絡していたのか。
それは分からないし、わざわざ私を遠ざけたのだから聞いても話さないだろう。
なんにせよ事件が解決に向かうならそれでいい。もうここまで来れば自棄だ。どこにでも連れて行くしどこにでもついて行く。
そう思っていた私も次の行き先を聞いて目を丸くした。
「海が見たいわ。この辺りで一番近いのはどこ?」
「海……ですか?」
さすがの私もこれにはまいった。てっきり軍の施設だとか再び古城に戻ると思っていた。
「そうよ」とシャロンはあっさり言った。
「な、なんのために?」
その答え自体では私の心は平穏を取り戻しただろう。だが……。
「自然が見たいの。都会は人と建物ばかりで息苦しいわ」
これは実質的な敗北宣言なのでは?
私は呆然としながらも役目を思い返した。
私の役目はこの人を補佐すること。この人を怒らせないことだ。事件が解けなくてもシャロンの機嫌が良ければそれを評価してくれるかもしれない。
そんな現実逃避にぴったりなのが海だった。
私はシャロンを車に乗せ、三十分ほど近くの川を道沿いに下った。
そして砂浜と崖が交互に現れるニキュル岬へと辿り着く。岬には灯台があり、眼前には西アゾン海が広がる。
右手には砂浜が延びその先に漁港があった。左手の崖では波が当たって砕けているのが見える。風が心地よく、都会で疲れた心を癒やしてくれる。
シャロンは髪を抑えて岬から辺りを見回し、漁港を指さした。
「あっちに行ってみましょう」
今から魚なんて買ってどうするのか? そんな疑問を抱えながらもここまで来たら言うとおりにするほかなく、私は車を走らせた。
辿り着いた漁港は小さくて寂れていた。潮の匂いが強く、ウミネコの声が響く。
そんな中シャロンが話しかけたのは漁師ではなく、漁港にたくさんいる猫達だった。
シャロンはスカートの裾を気にしながら屈み、猫と目線を近づけ小首を傾げる。
「にゃあ?」
『にゃーお』
「にゃにゃん?」
『むにゃー』
「にゃにゃあ?」
『にゃーうー』
私はなにを見せられているんだ? 事件が解けなくてついに壊れたのか?
唖然とする私を横目にシャロンは楽しげだった。
「お前は見たこともないほど可愛らしい子猫ちゃんだ。今から猫の会議があるからついて来いって言ってるわ」
「……本当に言ってますか?」
疑う私にシャロンはムッとして頭に乗せた物を指さした。そこには猫耳のカチューシャがしてある。
「この『ニャンダフル』が壊れてなければね。少なくとも猫の会議は本当よ」
なら可愛らしい子猫ちゃんは嘘なのか? いや、そんなことはどうでもいいが。
「……参加するんですか?」
「呼ばれたからにはしなきゃ損だわ。何事も経験よ」
それは今じゃないとダメなのか? 私はそう言いたかったがぐっと堪え、猫について行くシャロンについて行った。
猫の会議は土管が置いてある空き地で行われていた。既に大小二十匹ほどの猫が集い、喧々諤々の議論を繰り広げている。らしい。
とりわけ大きな猫がシャロンと目が合うとなにやら感じたらしく、乗っていた土管から降りた。開いた土管にシャロンは礼儀良く腰掛けた。どうやら猫にもこの人の底知れなさは分かるらしい。
そこから先は私にはまったく理解できない意味不明の空間が続いた。
シャロンが「にゃあん?」と聞くと猫達が一斉に『にゃー』『にゃおーん』『ねこにゃー』と鳴き出す。
なんだ? なんて言っている?
「なるほどね……」とシャロンは神妙な面持ちになる。
なんだ? なにがなるほどなんだ?
「そういうことだったの」
どういうことだったんだ?
「行くわよ」
どこに行くんだ?
シャロンは立ち上がり、猫達から離れた。猫達は私をじっと凝視している。
「……なんなんだ?」
私が聞いても猫達はなにも答えない。ただ黙って私を見上げるだけだ。
何十匹もの猫に見つめられるのは少し怖かった。
だがなにより恐ろしいのはこんな状況をも受け入れている自分がいることだった。
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