06: 呪縛から解き放たれるための力

06-001:結ばれた証

 俺は寝かされていた。首を巡らせてみる感じだと、ここはホテルのようだった。ベッドサイドテーブルの上にはガンタンクが二台乗っている。メグと一緒に組み立てたガンタンクだ。


 何があったのか。


 あの時、腹を切られた。。メグは背中を切られて……。


 誰かがここまで運んできてくれたんだろうか?


 そんなことを思いながら、俺は恐る恐るシャツを捲り上げてみた。が、傷はない。致命傷になるほどのダメージだったように思うのだが、それらしい痕跡はない。


 ガチャッとドアが開いて、メグが入ってきた。その右手には俺の部屋の鍵、左手には何か四角っぽいものを持っていた。


「メグ……」

「気が付いたか。よかった」

「俺たちは一体どうして?」


 俺はベッドに腰掛けて、メグの持ってきたものを見た。それは組み上げられたガンタンクだった。

 

「しばらく起きそうになかったからな。暇だったので作っていた」

「ああ、そう……」


 ということは、俺は看病が必要なほどの危機的状況にあったわけじゃなかったという事か。俺は顎に手をやって考え込む。メグは俺の隣に座ると、頬にキスをしてきた。


「え?」

「え、じゃないだろ、墨川。まさかこれも現実じゃないとか言うのではないだろうな」


 憤然とした様子のメグを見て、俺はまた考え込んでしまう。何が現実なのか、どこまでが偽りなのか、俺の中ではわからなくなってきた。


「私たちはもう以前の私たちではないかもしれない。あの時の、切られる前の私たちと今の私たちが同じであることはあり得ない。今まさに死んでないのだからな」

「そ、そうですね」

「私はあのいけ好かないアブラクサスだかプロパテールだか名乗ってる女に言ってやったよ。墨川なら偽りだろうがなんだろうが、元の私の方が好みなんだとね。あんな世界で人の身体で勝手に演技させやがって、あのクソ女め、F***だ!」

「Fワードは言わないって約束したでしょ」

「そうだったか?」


 メグはしばらく考えて、「ああ」と両手を打った。


「そうだったな。すまん。でも、良いじゃないか。あいつはF***だ」

「良くないですって。俺はあなたの口からそんな言葉を聞きたくないんです」

「じゃぁなんて言えば良いのさ」


 口を尖らせて言うメグのその表情に、俺は思わず噴き出した。メグもニヤリと笑う。


「今の所、ここは悪い世界じゃなさそうだな、墨川」

「っぽいですね」


 俺は頷き、そして立ち上がろうとした。が、不意に右手を引っ張られる。


「キスしろ、墨川」

「命令されてするものじゃないと思うんですけど」

「私に口答えするとは、お前、偽物だな?」

「いやいや、本物ですって」

「ふむ……」


 今なお猜疑の目で見てくるメグに、俺は慌てて手を振った。


「ならキスしろ、墨川」

「わ、わかりました」


 俺は意を決してメグの唇にキスをした。


「やっぱり。意外と柔らかいんだな、お前の唇」

「そういうこと言わないでください、恥ずかしいなぁ」

「なんだ、お前、童貞だったのか、やっぱり」

「だからー!」


 そこで「メグって処女なの?」と訊いたら社会問題になるだろうに、これは理不尽である。


「提案なんだが、墨川。ここらで一つ、お互いに喪失といかないか?」

「そ、喪失?」

「お前、童貞だろ?」

「ど、童貞……なのかな?」


 ここにきてふと疑問になる。なんか妙な感覚があった。誰か女性の姿が意識の中に見え隠れしなくもない。


「ちょっと待ってくださいね」

「うん、ちょっとだけなら待つ」


 珍しく素直なメグに驚きつつも、俺はスマホの中身を調べた。電話なりLINEなりしていた関係者は……ビックリするほど少ない。なんとなく頭に浮かぶ女性はいったい誰だろう。なんだかすごくモヤモヤ――。


「あんまり女を待たせるんじゃない!」


 痺れを切らしたメグに押し倒された。瞬く間にワイシャツを脱がされてしまう。気付けばメグのブラウスもはだけている。細身の身体なのに、深い胸の谷間がハッキリ見える。


「ちょちょ、ちょっと待って」

「なんだ、昔の女でも思い出したか!」

「いませんて!」

「三十過ぎて彼女の一人もいなかったはずがないだろう!」


 組み伏せられてしまう俺。いやだって、本気で抵抗したら後が怖いし……。


「そういう男だっていっぱいいるんですよ!」

「贅沢するからだ。私程度で妥協しておけばいいものを」

「あなたくらいの贅沢をしたいから童貞こじらせるんですよ!」


 俺がそう言うと、メグは目をぱちくりとしばたたかせた。


「私が贅沢だと?」

「十分すぎるくらい贅沢ですよ。ていうか、あの、なんでメグは俺のことが好きなんですか」

「そうだな」


 メグははだけた格好のまま、腕を組んだ。


「よくわからんが、お前の遺伝子は私にフィットする気がする」

「その表現、すごく生々しいなぁ」


 俺は頭を掻きつつ、メグの頬に触れる。メグはやや不満そうな顔で尋ねてくる。


「不満か?」

「いえ。でももうちょっと何かないかなって」

「うーん」


 メグは本気で考え込み始めた。そのしぐさに俺はなぜか少し傷つく。


「浮気しそうにないところとか? あと、モテなさそうなところ。私以外に」

「あの、それって……褒めてます?」

「私が好きだと言ってるんだ、何の不満がある」

「い、いいえ、ないですけど」

「だろ?」


 なんか丸め込まれた気がしないではないが、(あまりこじらせるのも面倒なので)俺は引き下がった。


「ところでお前は私の何が好きだ? おっぱいか?」

「い、いえ」

「なんだ、私のおっぱいは嫌いか」

「いや、好きですけど」

「なるほど」


 いや、そこはなるほどじゃなくて……。


「それで、おっぱいの他には?」

「容姿は言わずもがななんですけど――」

「うむ。そうだろうな」


 食い気味に頷くメグ。


「その性格が好きなんです。ズバッとスパッとくる感じ」

「お前、Mか?」

「Mじゃありません」

「Mはみんなそう言う」

「どんだけM男を見てきたんですか」

「私から見れば、男はみんなMだ。自称Sの奴に限って変態的Mだったりするしな」

「でもメグは経験豊富なわけじゃないでしょ」

「みんな尻尾を巻いて逃げるからな!」


 豊かな胸をばんと張るメグである。男が逃げる気持ちもわからぬではない。


「俺が逃げたらどうします?」

「逃げないね」

「逃げるかも?」

「逃げられないよ」

「どうして?」

「お前はもう私の巣に捕らえられてるからだ」

「巣って……クモじゃあるまいし」

「似たようなものだ。さぁ、おとなしく私に喰われろ」


 メグはそう言うなり、俺の上に覆いかぶさってきたのだった。

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