淫魔陥落
なん、だと……?
スマホを握る私は一人、固まっていました。
LINEで来た短い謝罪。
「ごめん」
――ごめんってなんだよ。
付き合っているわけでもないのに、フラれた恋人のように反応してしまいます。
状況は思っているよりも最悪でした。
サキュバスのレイナは勇者たちのもとへとうまいこと入り込みました。荒くれ者たちに金品を渡して、勇者たちが来るタイミングで犯されかかっているフリをさせたのです。
そこへ勇者たちがやって来て、レイナを助けました。
いたいけな白魔導士を装っていたレイナは、勇者たちのパーティーと同行することとなりました。内部から勇者一行を崩壊させるためです。
レイナの取り入り方はとても巧みでした。何も知らなければ誰もが妖艶で美人の白魔導士が仲間になった「ありゃたたーす」といった感じになるでしょう。
さあレイナよ、お前の持つ淫魔の力で勇者たちを闇落ちさせてくれ。
私は中継される映像を見ながら、「いいね」ボタンを押しまくりました。
ですが、またもや状況は想定外の方向へと転がっていきます。
勇者は世界を救うと豪語しているだけあってか、色々と人格に問題があるとはいえ、根本的に心優しき者でした。
レイナは優秀な淫魔でしたが、彼女は優しさに触れたことがありませんでした。
そもそも魔界は騙し騙され、殺し殺されの世界。言ってみれば退廃的でより暴力的なジャングルのようなものです。
そこで口八丁手八丁、あの手この手48手とやってきたレイナにとって、勇者たちから受ける優しさとは完全に異質なものだったのです。初めて向けられる無償の優しさに、レイナは次第にほだされていきました。
――そうです。落とされたのはレイナの方でした。
オーマイファック……ふざけんなよ。
立て続けに起こる味方の裏切りに、私のはらわたは煮えくり返っていました。
レイナはLINEでメッセージを送ってきました。
「すいません。わたし、勇者のことがすきになってしまいました」
「は?」
「なので本日を持ちまして、わたしは魔王の手先を引退しようと思います」
「ちゃんと説明してもらえる?」
「勇者パーティーに入って白魔導士として活躍していくうちに、わたし自身が何度か生命の危機に遭いました。その中で勇者が体を張って助けてくれて……。わたし、そんな人に今まで会ったことがなかったんです」
「お前チョロすぎやろ」
「なんとでも言ってください。すでに私の心は彼のものです」
「ふざけんなよ」
「私は大真面目です。彼を心から愛しています(絵文字)」
「おい、お前の色恋沙汰で魔族全員が危機にさらされるんやぞ。それを分かって言ってんか、コラ」
「魔王様。あなたは女がどういう生き物か知らないのだと思います。女っていう生き物は自分を愛してくれる誰かがいるなら、世界を敵に回したって少しも怖く無いんですよ」
「やかましいわワレ。お前、誰に弓引いてんのか分かってんのか」
「別に弓を引く気はないですけど、私は彼に付いていきます。仲間として、そして伴侶として」
「は? 勇者側に付くっていうことは俺と対決することやぞ」
「そうなりますね」
「そうなりますねじゃねえよ」
「すいません」
「ええんか?」
「しょうがないと思います」
「このクソビッチの裏切り者。お前なんぞ雷に打たれて死んでしまえ」
「ごめん」
3文字の謝罪を最後に、彼女との連絡が途絶えました。おそらく、ブロックされたものと思われます。
嗚呼、どうして私の配下たちは裏切り者ばかりなのでしょうか。
私は真面目に魔王としての職務をまっとうしようとしているだけなのに、なぜそれに背くのでしょうか。
あんな女、正ヒロインの登場で勇者を寝取られた上に、脇役へと追いやられればいいのです。
……いえ、配下の不幸を祈っている場合ではありません。
またもやこちらの戦力は減り、勇者側の戦力は増えました。
ふざけんじゃねえ。
ふざけんじゃねえぞ。
口を開けば呪詛ばかりが出てきます。
どうあれ、過ぎたことをうだうだ言っていても何も進みません。
いつになれば私は安心して眠れるのか。
神よ、私に安らぎを下さい。
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