第100話 運命のお姫様

「ジュディ、結婚しましょう」


 心の底から大好きな相手に笑顔で言われたとき、これ以上の幸せを感じるセリフはおそらくそんなに多くない、はず。


「結婚、したいです」


 私は二回目ですが、という言わずとも知れた事情をあえて口にすることもなく、ジュディもまた晴れやかな笑顔で答えた。


 秀麗な美貌をあらわにしたガウェインは、その均整の取れた体つきとも相まって、目の前に立たれるだけで圧倒的な存在感がある。

 比べるものでもないが、以前の夫であるヒースコートには一切感じたことのない感慨がこみあげてきた。


(この方が、私の生涯のパートナーに……)


 特徴的な枯れ草色の髪も、金色の瞳も、すべてが好ましく感じられる。末永く、命ある限り、共に歩むという実感。それは、厳粛なる結婚式の場の誓いを経ることで、さらに確固たるものになるに違いない。


 王都の屋敷に帰ってきて、ガウェインの執務室で向かい合って朝っぱらから「新婚」の空気を醸し出す二人の横で、ステファンが「んんっ」と咳払いをした。


「閣下がとんでもないことを言い出したわけなので、早急に今後の方針を固める必要があるわけですが」


 その顔に「おじゃま虫で申し訳ありませんが?」と書きつつも、言うべきことは言う副官である。

 ガウェインは片眉を跳ね上げて、面白そうな顔で答えた。


「結婚はとんでもないことではない」


 ぴし、とこめかみに青筋を立てたステファンが「浮かれているからって、話を逸らすな」と低い声で凄んだ。


「ジェラルドの立太子式は見逃すとか、フィリップス様を選挙に出して下院議員にねじこむとか、結婚以外の部分でとんでもないことを言い続けていましたが?」


「そして結婚式」


「そっちは別に好きになされば良いんじゃないですか?」


 あくまで「結婚式」を前面に押し出してくるガウェインに対して、鬱陶しそうにあしらうステファン。

 ジュディは「まず座りませんか?」と声をかけてみた。

 ステファンはいかにも「座って何か解決できるんですか?」と言いたげな顔をしていたが、さすがにそこまで取り付く島のないことは口にしなかった。


 向かい合って置かれたソファに、ジュディとガウェイン、ステファンに分かれて座り、話を続ける。

 口火を切ったのは、ガウェインだ。


「これは今のところ、まだ誰も手を付けていない話なのだが、今後の選挙は『顔を売る』ことが重要になる。他の者が気づく前に、手を打つ」


「顔を売る、ですか?」


 注意深い態度で聞き返したステファンに対し、ガウェインは大きく頷いた。


「地方での選挙活動に関して、顔を売ることを、これまで王都中心の議員たちは特に想定してこなかった。だから、王都周辺に影響力のある新聞社や出版社をおさえてしまえば、メディア戦略として十分だと思っている。だが、これからは鉄道の発達のおかげで、王都を離れて地方の遊説もかなり現実的になってきた。ここで大々的なキャンペーンを打つことを想定している者は、果たして王都を見渡して何人いるか……」


 口を挟まず聞いていたステファンは、半信半疑といった顔をしていた。うまく話を飲み込めていない様子だ。

 オースティンの入れ替え戦略を事前に聞いていたジュディは、かろうじて話の道筋は見えている。

 ジュディは、ちらっとガウェインに視線を送り「第一王子殿下の件は」と尋ねた。ステファンの前で話して良いのか、と。ガウェインは「問題ないよ」と笑顔で答える。それを受けて、ジュディは自分の考えを告げた。


「もし、ジェラルドの背後に消えた第一王子殿下のオースティン様がいらっしゃるのであれば、王子入れ替えの次の手として、摂政リージェントに名指ししたガウェイン様の名と立場を狙ってくることが想定されます。今回、主要メディアを完全に押さえられたことにより、『王子が別人に入れ替わった件』がまったく問題にならずに素通りしてしまったわけです。これに対抗するためのキャンペーンかと思うのですが……つまり、ガウェイン様のお顔を、皆様に知らしめる?」


 ということで、合っていますか? と、ジュディはガウェインに確認をする。

 楽しげに頷いたガウェインは「その通りだ」と答えた。


「母は、ジェラルドの立太子式が王都で行われるのを阻止すべきだと言っていた。これは『王都で顔を売らせるな』という意味だが、実際に正式な立太子式は王都から離れたフォルテ城で行うのが通例だ。俺は宮廷で『この慣例を崩すべきではない』と主張して、ジェラルドは王子プリンスの領地まで向かわせる。そして王都では大々的に結婚式を挙げて、俺とジュディの顔を国民の皆様に覚えてもらう」


「通貨でも発行する気ですか?」


 混ぜっ返すように、ステファンが尋ねた。


「ガウェイン様のお顔が刻まれたコインでしたら、皆さん欲しいですよね。私も欲しいです」


 想像したジュディは思わず正直な思いを口にしてしまい、ステファンに軽く睨みつけられる。

 ガウェインは機嫌良さそうに笑って「この顔を気に入ってくれてありがとう」と、素直に喜んだ様子で言った。

 そして、真面目な調子に切り替えてから告げた。


「計画としてはもう少し単純なものだ。パレードをして、結婚式を挙げ、そのまま地方に遊説に出る。ジェラルドがフォルテ城で立太子式をしている間に。メディアが沈黙をしても、俺が直にたくさんの人と顔を合わせていけば、そうそう簡単に別人が取って代わることはできないだろう」


 はぁ、とステファンは感嘆の息をもらした。


「それはかなり果てしない……」

「だが、『王道』だ」


 ガウェインが、力強く請け負う。


(「鉄道の発達」という、この時代の武器を最大に活かしつつ「メディア戦略」に対抗するために、いにしえの王のように自らの足で歩き、国民の間をゆく。確かに、現在の地位を脅かされることを想定したことのない、王都の貴族たちの裏をかく発想なのかもしれない)


 言うほど簡単なものでもなく、時間との戦いにもなるだろう。

 覚悟をしたジュディに対し、ガウェインがいたずらっぽい視線をくれた。


「こういったイメージ戦略に絶対に欠かせないのは、美しく賢いお姫様の存在だ。この国ではまだ女性の参政権こそないが、女性の意見を無視して良いという意味ではない。次の時代を感じさせる、憧れの女性像の提示は急務だ」


「憧れの女性像……」


 この流れで「私がですか?」と聞けば、「無論その通りだ」という答えが返ってくるのは間違いない。

 さすがにその答えを引き出すためだけの質問を、ジュディは差し控えた。

 内心では「とんでもないことになっている」とは、もちろん思っている。

 察しているかのように、ステファンは品のある笑みを浮かべて優しげな声で言った。


「閣下が戦略の要になる『素敵なお姫様』とこのタイミングで縁談が調ったのはまさに運命ですね。おめでとうございます」




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