第12話 祝福のパーティー

「乾杯!」


 あれから、飛べるようになったアイファは、エルフ達に認めてもらえた。

 アイファが深い谷の底まで行ったとき、戻ってくるまでオディオはハラハラしていたものだが。アイファは無事、癒藍花を持って戻り、オディオは誰より大きな歓声を上げてアイファを抱きしめた。


 そうして、オディオとアイファはエルフの集落――ハンレットの中に足を踏み入れていた。

 今日は、祝福と交流のパーティーだ。

 何を祝福するのかといえば、エルフ達にとっては、これから安定して魔石と癒藍花が得られること。

 オディオ達にとってはもちろん、晴れてハンレットの中に入ることを許され、これからここで自由に売買ができるようになったことだ。

 そして「交流」というのは、文字通りオディオ、アイファ、エルフ達との親睦を深めようということだが――

 それは建前で、見定められているのだろうな、とオディオは思っている。

 癒藍花を信頼の証すると言ったところで、全員のエルフが、そんなにすぐ自分達に友好的になれるはずがない。信頼は長い時間をかけ、積み重ねてゆくものだ。

 周りにまだ厳しい視線を向けてくる者がいようが、オディオは気にしなかった。ハンレットに足を踏み入れる権利を得られたこと、自由な売買を約束してもらえたことだけで、上々だ。


「すごいなアイファ、いろんな料理があるぞ」

「わー」


 ハンレットの中央広場には、大きな切り株がいくつも並んでおり、その切り株を食台として、さまざまな料理が並べられている。

 オディオやアイファにとっては見たこともないエルフ料理ばかりで、茸や木の実を使っているものが多い。

 そもそも、料理だけでなく集落の中の光景すら、オディオにとっては珍しいものだった。

 オディオが住んでいた人間の国と違って、街や村と言うよりも、ここはほぼ、森だ。

 周囲は常緑植物で溢れており、そんな豊かな自然の中に、ぽつぽつと木造の家が建っている。

 魔力を拠り所にする種族は、自然の中で生きるものだ。

 魔力とはエルフや魔者が個々に持つ力であるが、それは草木や海といった、自然と共鳴するもの。自然の中で暮らすことで、魔力を強めることができると言われている。

 そのため、なるべく自然を壊すことなく森を集落として生活しているのだ。

 反対に、人間はそもそも魔力がないため、自然の中で生活する必要がない。

 むしろ他の種族や獣に襲われることがないよう、城郭都市を作り、基本的に外部を遮断して生活している。

 人間の国の中にももちろん植物はあるが、この場所とはあまりにも量が違う。

 今、周りには――まるで雪の結晶のような花が、緑の木々を彩るようにして咲き誇っている。

 毎年冬に咲くこの花は、アイファが谷底から採ってきた癒藍花と違い、何の薬効もない花だそうだが、オディオの目を楽しませてくれた。


「オディオさん、アイファさん。本当におめでとう!」


 そこで、ルクスがやってきた。

 パーティーということもあり、今日のルクスは普段とは違う装いをしている。

 ワンピースともドレスとも言えるシルエットの、淡い菫色の衣服に、金の髪を彩る花飾り。

 もともと綺麗な彼女だが、今日は傾国の美女と言っても過言ではない。オディオは思わず目を奪われた。


「ルクスさん。本当に、ありがとうございます。ハンレットへ入る許可が貰えて、これで今後生活していく目途が立ちますよ」

「魔石の安定した供給が得られるのは、私達にとってもすごくありがたいです。……本当は、あなた達にも、ハンレットに住んでもらえたらよかったのに」


 ルクスは、申し訳なさそうに眉を下げる。

 オディオとアイファはハンレットに「出入りする」許可を貰っただけで、ここに住めるわけではない。

 だが仕方ない。まだ、友好的な視線を向けてくるエルフばかりではないのだから。

 エルフ族の集落に、人間と魔者という異なる種族が住み着けば、きっと軋轢が生まれ、いずれ不和をもたらすだろう。

 その場にとって異質なものは、組織を綻ばせる原因となる。だから文句はない。

 オディオ達はこの集落の住人ではなく、あくまで部外者。けれど取引の相手として出入りする。

 それが、お互いにとっての最適な距離だ。


「いえ。とんでもないですよ、ルクスさん……」

「あ、そうだ。一つ提案なんですが」

「はい?」

「もしよかったら、お互い敬語はやめにしませんか? 私のことは、ルクスと呼んでください。あなた達とは、これから仲良くやっていきたいから」

「え、俺はもちろんいいですが、ルクスさんは、それでいいんですか?」


 オディオやアイファと比べて、ルクスは外見年齢だけでも年上だ。彼女はエルフだから、見た目よりずっと年上という可能性もある。さすがに年齢を尋ねるのは失礼な気がして、聞けないけれど。


(ていうかルクスさん、これまで、明らかに年下の俺とアイファに、ちゃんと敬語で丁寧に接してくれてたんだよな。優しいよなあ)


「もちろんよ。いつもあまり力になれず申し訳ないけど、私、あなた達のことが大好きなの」

「嬉しいよ。じゃあ、ルクス」

「うん、何?」

「その格好、すごく、綺麗だ。あ、いや。いつも綺麗なんだけど、今日は特別に綺麗っていうか」


 照れくさくてしどろもどろになってしまったが、本心だった。

 彼女の魅力を引き立てる淡い色彩の衣服に身を包んだルクスは、ずっと見ていても飽きないほどだ。


「ふふっ、ありがとう。すごく嬉しいわ」


 ルクスは、ふわりと柔らかな微笑みを浮かべる。

 対してアイファは、頬を膨らませていた。


「むー……」

「ん? アイファ、どうかしたか?」

「あらあら。……そうだアイファ、ちょっと来てくれる? オディオはここで、少し待っていて」

「みゃ?」

「うん? よくわからないけど、わかった」


 くすくすと微笑むルクスに連れられ、アイファは去ってゆく。

 オディオは料理をつまんだり、他のエルフ達と交流したりしながら、アイファ達が戻ってくるのを待つことにした。

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