第42話 金鉱山とエセ投資家②

 自称「敏腕投資家」であるローレンは、自分がいかに優秀であるかを実績を交えて自慢している。

 しかしその大半は嘘だ。


 そして、出資者を募る事業と優良投資先を探している貴族との懸け橋になりたいのだと、もっともらしいことを言う。

 口のうまさで巧みに懐に入り込み、帳簿管理を任されるまでの信頼関係を築くつもりだろう。


 残念だったわね。全部知ってるわ。


「今日、ルーン岬の旅行から帰ってきたところです」

 わたしがそう言うと、ローレンは鼻の穴を膨らませて身を乗りだしてきた。

 

「ルーン岬リゾートの大成功の立役者も実は私なんです!」

 これは本当だ。

 ただし今のところは。

 

 このバカンスシーズンが終われば、ルーン岬リゾートへの客足がぱったり途絶えて最終的には破綻する。

 それなのにこの男は、今現在おそらく出資者たちにさらに儲けるチャンスだと言ってさらなる増資を持ち掛けている最中のはずだ。


 旅行の手配をしてくれたリリカに言っておいた。

「少し儲けが出たところでルーン岬リゾートからは手を引くことをおすすめするって叔母さまに伝えてちょうだい」

「なんで?」

 リリカは首を傾げていた。


 しかしここでカタリナも付け加えた。

「ホテルはとてもよかったわ。でも、ツアーガイドが洞窟に客を置いて帰ってしまうようなずさんさ。途中の道の悪さ。これを差し引くと優良投資先と言えるか微妙だということですわ」

 さすがのカタリナは、ピタリと言い当てた。


 リリカもこれに頷いて叔母に伝えると言っていたが、相手がこの助言を受け入れるかどうかまでは知ったことではない。

 実際ハルアカのミヒャエルも、目の前にいるこの男にそそのかされて増資を重ねた挙句の経営破綻だった。


「そんな目利きの私が、伯爵様に新たな鉱山開発の投資をおすすめしているところでした」

 ローレンがテーブルに広げられた地図の一角を指で指し示す。


 わたしはハッと息を呑んだ。

 大事なことを思い出したのだ。

 ありがとうローレン。


「残念ながらピンときません。このお話はほかの方に持ち掛けてみてはいかがでしょう」

 口角を上げて告げる。


 その山からは何も出てこないわ。

 金脈が見つかるのは、その隣のフェイル山だもの。

 思い出させてくれてありがとう。もちろんあなたには教えないけどね。

 

「すまないね。そういうことだから、せっかくだがこの話はなかったことにしよう」

 ミヒャエルもにっこり笑った。


 ローエンがわたしを苦々しい表情でチラリと見た。

「エーレンベルク伯爵がわがままなお嬢様の言いなりとの噂はかねがね耳にしておりましたが、真実だったとは驚きました!」


 しかしミヒャエルはこの挑発に乗らないどころか、肯定してみせた。

「私が娘を溺愛しているのは事実だからね。大いに言いふらしてもらってかまわない」


 ミヒャエルがオスカーに視線を送る。

 頷いて立ち上がったオスカーが応接間のドアを開く。

「お帰りはこちらです。玄関までご案内いたします」


「……また訪問いたします」

 小さく舌打ちしたローレンが渋々立ち上がる。

 

「パパ。あの人がわたしの留守中に訪ねてきても、絶対に勝手に取引しないでね」

 あの男がこれだけでおとなしく引き下がるとは到底思えない。

 我がエーレンベルク伯爵家の資産を食い物にする気まんまんでいるはずだもの。


「心配しなくていい。ドリィのほうが遥かに目利きだと知っているからね」

「じゃあ、そんな目利きのわたしから提案があるの!」


 ローレンが残していった地図を指さす。

「このフェイル山! ここの開発事業が立ち上がれば投資するか、うちが率先して事業を始めてもいいと思うの」


 ミヒャエルが興味深げに地図とわたしの交互に視線を走らせる。

「どうして?」

「地形的に、いいものが出そうだからよ」


 本当は地形だの地脈だのの知識などない。

 ただこの先のシナリオを知っているだけだ。


「わかった。ドリィの勘を信じるよ」

「ありがとう。パパ大好き!」

 抱き着くと、ブンブン揺れまくる尻尾が見える気がした。


 今はまだ誰も気付いていないただの山。

 そこに金脈が見つかるのは来年あたりだろうか。

 さらなる儲けが出たら、買いたいものがある。


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