第36話 ルーン岬のバカンス②

 一週間後。

 わたしたちは並んでルーン岬からきらきら光る海を見下ろしている。

 

「うひゃぁぁぁっ! 海だね!」

 潮風に飛ばされそうになる麦わら帽子を押さえながらリリカがはしゃいでいる。


「海に入りたいですね!」

 アデルは泳ぐ気でいるのだろうか。

 普段は海から離れた王都で暮らしているヒロインたちにとって、海でのリゾートはワクワク感が詰まっている。


 しかしカタリナは、顔をしかめて腰のあたりをさすりながら馬車から降りてきた。

 わたしとオスカーはエーレンベルク伯爵家の馬車に乗ってきたが、カタリナたちはドラール公爵家の豪華な馬車に乗ってここまでやって来た。

 座席のクッション性は、おそらくわたしの乗っていた馬車以上にふかふかなはずだ。


 にもかかわらずカタリナが痛そうにしているのは、ここまでの道がとても悪かったためだ。

『王都からすぐに行けるリゾート地』

 と銘打ってルーン岬は、それを実現させるために山を掘ってトンネルを通した。


 王都から高い山をひとつ隔てるだけの距離にあるルーン岬だが、開発前は山を大きく迂回しなければならなかった。

 それが短縮されたのはよかった。

 しかしトンネルを通すだけでかなりの工費がかかったようで、地面はガタガタのまま。

 大きな石が転がったままだし、水はけが悪く水たまりがあちこちにできていたりとひどいありさまだった。

 

 最終的には道もきれいに整備する計画ならある。

 しかしこの悪路に懲りて、ルーン岬を訪れる観光客にリピーターはいない。

 これが原因で、ルーン岬リゾートは経営破綻に追い込まれる未来が待っている。


「ひどい揺れでしたわね」

 カタリナが尚も腰をさすっている。


 ちなみに、ドラール公爵家の馬車に同乗していたリリカが元気なのは、イージーモードの上に聖女の設定で「健康」パラメーターの下げ幅が小さいため。

 アデルが元気なのは、普段から鍛えていて悪路ぐらいどうってことない体だからだ。


「ほんと、ひどい揺れだったわよね」

 そう返したが、カタリナはわたしをチラリと見やると首を傾げる。

「その割に、元気そうですわね」


 ドキリとして、ハハッと乾いた笑いでごまかす。

「強がっているだけよ!」

 

 本当は違う。

 馬車がガタンと揺れて腰が浮くものだから、正面に座っていたオスカーがわたしの隣に座り直した。

 それだけではない。

 なんと、膝の上にわたしを乗せたのだ。


「ちょっと! オスカー、なにしてるの!?」

 慌てておりようとしても、腕を回されてそれを許してもらえない。


「ドリスお嬢様がケガをされては大変ですから、どうか我慢してください」

 顔が近い!

「だって、これじゃあまるで……」


「まるで?」

 なぜこの男はいじわるそうな顔で笑っているのか。


 まるで恋人同士のようではないか――その言葉をのみこんで、プイッと横を向いた。


 結局わたしはそのままオスカーの膝の上でここまで到着した。

 つまり、悪路の影響をあまり受けていないのだ。

 オスカーが大丈夫なのか少々心配だけれど、何食わぬ顔でわたしの後ろに控えているということは大丈夫なのだろう。


「歩くのも辛かったら、オスカーに手を貸してもらえばいいわ」

 カタリナに提案してみたが、ふふっと笑われてしまう。

「あら、そこまでではないわ。少々大げさに痛がりすぎましたわね」


 いや、強がらなくていい。

 本当に痛いに違いない。


 それなのにカタリナは、背筋をしゃんと伸ばしてホテルに向かって歩き出した。


「痛そうだったら、支えてあげてちょうだい」

 オスカーにそっと耳打ちして、カタリナの後を追った。

 

 

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