第30話 閑話 オスカーの苦悩
「残念なことにドリスが婚約は嫌だと言うんだ」
ドリスの入学式の少し前、苦笑したミヒャエルにそう告げられた。
しかし残念そうな様子はなく、むしろ嬉しそうだ。
ミヒャエルにとってドリスは、目に入れてもいたくないほど溺愛している娘だ。縁談を先延ばしできたことが嬉しいのだろう。
一緒に喜べないのは、その婚約を予定していた相手が自分自身だからだ。
早い話が、ドリスは俺との婚約を拒否したことになる。
「あの子がまだ幼いということだと思う。私はオスカー以外の男を後継者にする気はないからね」
こちらの動揺に気付いたのか、ミヒャエルが鷹揚に微笑んだ。
そうだろうか。
ドリスの幼さゆえのことではないと思う。
ミヒャエルをやきもきさせることになりそうだから報告していないが、孤児院のルークは相変わらずドリスに「嫁さんにしてやる」と言い続けている。
それに対してドリスもまんざらではない様子だ。
ストレートにプロポーズしてくれた――そう言ってドリスは喜んでいたが、だったら昔の約束はどうなったのか。
『いつか僕がドリィをお嫁さんにするよ』
『わーい、嬉しい! わたしオスカーお兄様のお嫁さんになる!』
あの時に嬉しそうに笑ったドリスの顔をずっと覚えているのは自分だけだったらしい。
しかし、先に拒否したのはこちらのほうだ。
再会したドリスのわがままぶりを見て、あの約束を覚えていなければいいと願ったのは俺だ。
それでもドリスが自分を好いているようだから仕方なく渋々婚約するしかない。そんなふうに思っていた自分はなんと傲慢で嫌な男だったのか。
ドリスはここ2年で大きく変わった。
最初はその態度すら演技なのではないかと疑ってしまったが、そんなことはなかったのだ。
彼女は自分自身の努力で理性的で気高い女性へと成長しつつある。
入学式の帰りの馬車で思い切って尋ねた時も、ドリスにはっきり拒絶された。
「オスカーは、わたしのことなんて好きじゃないでしょう?」
好き嫌いの問題ではなく結婚するのが既定路線だと思っていた自分の浅はかさと、この時点ではまだ自分の気持ちに気付いていなかった鈍感さが呪わしい。
ドリスが、友人たちを招いたお茶会の後、胸を張って堂々と言った。
「わたしには確かな居場所がある」と。
その言葉に強く胸を打たれて息をのむ。
それと同時に、ドリスに強く惹かれていることを自覚した。
ミヒャエルは、ドリスが俺との婚約の話を一蹴したことをあまり深刻に受け止めてはいない。
しばらくしたらまた話をしてみると言っていたが、それを悠長に待っていては彼女はどんどん離れていってしまうだろう。
手放したくない。
いまさら湧き上がってくる身勝手な独占欲を持て余して、唇をかんだ。
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