第9話 オスカー・アッヘンバッハ②
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ミヒャエルによるアッヘンバッハ男爵家への資金援助が始まったのは、オスカーが16歳の時。
当時オスカーは実父の後妻との折り合いが悪く、虐待を受けていた。
実母が病気のために亡くなったのは彼が10歳の時で、後妻のカサンドラがやって来たのがその翌年。
実父との間に息子が生まれると、カサンドラは自分の子を後継ぎに据えようと画策した。前妻の子であるオスカーを邪険に扱い、出来の悪い子だと罵倒するようになる。
しかも若くて綺麗なカサンドラに篭絡されていた実父は、オスカーの味方にはなってくれないどころか彼女と一緒になって彼を蔑んだのだ。
オスカーはろくな食事を与えられず、倉庫のような粗末な小屋で寝泊まりさせられて下っ端の使用人のような扱いを受けていた。
そんなオスカーの心のよりどころは、貴族学校への入学。
16歳になれば貴族学校から入学通知が送られてくる。入学したら学生寮に住む手続きをして家を離れようと思いながら耐えていたオスカーだったが、その唯一の希望はもろくも砕かれた。
「馬鹿な子なんだから学校に行かせてもお金の無駄よ」
通知を見つけたカサンドラは、オスカーの目の前でその入学通知を燃やしたのだ。
オスカーはやめてくれと懇願し、灰になってしまった通知書をかき集めて涙を流した。
カサンドラはその様子を見ながら高らかに笑い続けるような、ひどく残酷な女だった。
地獄のような場所からオスカーを救い出したのが、ミヒャエル・エーレンベルク伯爵だ。
アッヘンバッハ男爵家の嫡男がまるで使用人のような扱いを受けているらしいとの噂が、ミヒャエルの耳にも届いた。
たまにうちに遊びに来ていたあのオスカーが!? と驚いたミヒャエルは、すぐさま事実関係の調査。噂が本当だと確認すると、オスカーの保護へと動き出す。
真正面からアッヘンバッハ男爵を糾弾しても、カサンドラに操られている状態では反省もせずごまかすに違いない。
そう考えたミヒャエルは、オスカーをエーレンベルク伯爵家で預かって後継者として育てたいと申し出たのだ。
オスカーが貴族学校へ通う学費や生活費の面倒はこちらが負担する。さらには男爵家への資金提供もするという条件を付けて。
後妻が贅沢の限りを尽くし財産が減る一方のアッヘンバッハ男爵は、二つ返事でこれに飛びついた。
こうしてオスカーは売られるようにして伯爵家にやってきた。
貴族学校への入学やミヒャエルとの剣術の稽古は、オスカーが実家で暮らしていたら到底叶わなかったはずの好待遇だ。
いずれはドリスと結婚して伯爵家の後継者に――ミヒャエルのその期待に応えるため、オスカーは必死に勉強と剣術の稽古に励み続けた。
ミヒャエルに感謝してもしきれないほど恩義を感じているオスカーの生い立ちは、ゲーム内の回想ムービーで語られる。
オスカーは不遇な少年期と多忙な青年期を経てエーレンベルク伯爵家の執事見習いになったため、恋愛にはあまり縁がない。
生真面目な性格ゆえに、不本意ながらもドリスと婚約してからはきちんと操を立てて女遊びもしなかった。
ゲームでは結果的にドリスを追放するわけだが、彼女がドアを叩きながら、
「開けて! あなたを……愛してるの。オスカー!」
と叫んだ言葉がずっと耳について離れず、それ以降、呪いのように彼を苦しめることになる。
極寒の道を裸足で歩き修道院の扉にすがりつくように凍死していたというドリスの最期を聞き、彼は自責の念に苛まれる。その苦悩を救うのがプレーヤーの操作するヒロインだ。
それがゲームシナリオだからといって、わたしはもちろん死にたくない。この世界で楽しく長生きしたい。
だいたい身内の殺し合いだなんて展開はもう古いのよ。わたしはこの世界をもっと明るくハッピーなものにしてみせる!
かかってきなさい、破滅フラグ! へし折りまくってやるわ!
部屋の家具が落ち着いた色調になったおかげで、ようやくわたしは腰を落ち着けて文字の練習に励めるようになった。
1カ月が過ぎる頃にはようやく読める文字になってきた。
なにをやっても長続きしなかったドリスがコツコツ頑張っている――その姿にいたく感激したミヒャエルは、ついに本格的な家庭教師を雇ったのだった。
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