第2部・第一章
第1話『やってまいりました、連絡のお時間です』
「わ」
事件が起きた、2日後だというのに指輪が振動する。
「え? き、気のせい……じゃないよな」
絶対に慣れてはいけない動作だとはわかっていても、応答しないわけにはいかない。
どう思っても仕方がないとわかっていても、『どうか大事ではないでくれ』という一途の望みを託して指輪を左右へ回す。
『お疲れ様です。今、お時間大丈夫でしょうか』
「はい、自宅で1人なので問題ないです」
出って間もなく、受付嬢と探索者という関係性だけなのに、もう受付嬢の声が聞き馴染みになっていた。
いつも通りに淡々と会話を進められていくのにも慣れてしまっているが、いつまでたっても心臓が持ち上がってしまう感覚にはなれていない。
「今回の件は、穏便なものであってほしいのですが……」
『であれば、ご心配には及びません』
「お?」
『これからお話する内容は、事務報告になります。つい昨日、解決していただいた事後報告や報酬についての』
「あぁ~、なるほど」
胃がキュッとなる連絡に立ったままだった
『まずは事後報告です。こちらに関しては、犯行に使用されたナイフは完全に消滅してしまっていましたが、完璧な状況証拠によって全てが順調に進んでいます』
「まあ、ですよね」
『それで支部長の席ですが、まだ空席です。後任も決まっておりません。こちらに関しては、まあ察していただけるかもしれませんが、基本的に暇を持て余している役職ですので問題ありません』
「あー」
白昼堂々とまでは言わずとも、勤務時間中に街中で人を襲撃できるのだ。通常の業務を行っている受付嬢からすれば、あまりにも時間の融通が利く役職というわけだ。
『ざっとこんな感じですね』
「わかりました」
『それで、次は報酬についてです』
「というか半ば強制労働といいますか、レア装備を持っている人間の宿命みたいな感じで思ってたんですけど、貰えちゃったりするんですね」
『はい。それで中身なのですが、100万円になります』
「え」
『不服な点もあるとはございますが――』
「いやいやいや、不服なことはないんですけど……そんなにもらっちゃっていいんですか?」
和昌は普通の反応を示している。
つい最近まで学生かつアルバイト生活を送り、等身大の生活してきていた。
そんな人間が、ポンっと1年分の給料が支払われると聞けば、この反応は至極真っ当なものだ。
「後から返せと言われても、絶対に無理ですよ」
『いろいろと察しました。そうですね、私も扱う金額が大きくなっていたので忘れかけていました。大丈夫です。こちらの金銭は所得税といったものに該当することもありませんし、申告なども行う必要はありません』
「な、なんですって」
『ちなみに、今回の件は比較的簡単な事件でしたのでこれぐらいになります。ですが、こちらも少し驚きました。ご自身が所持している武器の方が凄いと思いますけど』
「その話題はやめてくださいよ。俺だって考えないようにしているんですから」
『それもそうですね。でなければ、いろいろとやっていけないでしょうし』
和昌は少しだけ現実逃避したいと思い、目線を少しだけ遠くへ向ける。
『状況によって報酬の金額も変わってきますので。過去最大金額は1000万円でしたね』
「えぇ!?」
『高額ではありますが、それだけ危険性の高い事件だったということでもあります』
「で、ですよね」
ともなれば、疑問に思うこともある。
「10倍ってことは……それぐらいの危険性ってことは軽く理解できるんですけど、まさか俺みたいな新米へ要請されるってことはありませんよね」
『それはなんとも言えません』
「……」
『今回のように人手が足りない場合は、もしかしたらダンジョンの奥地まで1人で行ってもらうことも可能性としてはあります』
「えぇ……」
『ですが、そうですね。さすがに装備の能力だけでどうにかなる話でもないと思いますので、他の装備所有者と連携をとるかたちになると思います』
「それだけでも聴けて安心できました」
『それでは以上になります。また、何かありましたら連絡いたしますので』
「こちらとしては、連絡がこないことを祈っています。ありがとうございました」
連絡が終了し、いつまでも慣れないこの連絡方法に疲れてしまいベッドに大の字で寝る。
「んーっ、くぅーっ」
体を思い切り、ぐーっと伸ばす。
「希少な装備を持っているからと言って、中身は初心者なんだからもうちょっと手加減してほしいぞ」
探索者になって11日目の午前中、和昌は天井に向かってそう愚痴を零す。
やるせない気持ちを解消するためにスマホを取り出した。
「こんな俺に、登録者が500人かぁ」
数年前の気持ちを思い出す。
「あの頃はこれだけの人に登録してもらうため……数カ月かかったよな。はぁ……楽しかったなぁ」
無我夢中に動画制作の勉強をしたり、沢山の思考錯誤をしていた。
当時はまだ小学生だったというのに。
「でも、いつでも自分が楽しいことだけをするってことだけは貫いていたよな。って考えると、今もか」
そんな懐かしい記憶を掘り起こしていると、時間が視界に入る。
「あ、そろそろご飯の支度をしないと今日の集合時間に遅れちゃうな」
和昌は体を起こし、台所へ足を進めた。
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