第36話『なんて尊敬できる人なんだ』
「報告いただきありがとうございます。こちらでもその情報を確認しております」
和昌は、つい先ほどあった内容を受付嬢へ報告した。
例の如く、他人に情報を聞かれることのない場所にて顔を合わせている。
「それで、被害に遭った男性は大丈夫でしたか?」
「はい。支部長がすぐに救急車を手配して運ばれていったとのことです」
「そうだったんですね。サイレンの音が聞こえなかったので少しだけ心配だったんです」
「だとしたら、たぶん人気を避けてサイレンを鳴らさずに来てもらったのでしょう」
「ははぁ……そんな手段があるんですね」
終始、支部長への関心を寄せる和昌。
「しかし不自然は増すばかりですね」
「何かあったのですか?」
「いまいち理解できないのが、
「そうですね。細部まで確認したわけではないですが、刃物等による刺し傷だと思います」
「……しかし、支部長からの報告によると『転倒による打撲と出血』になっていました」
「え?」
支部長の姿があまりにも尊敬に値するものだったから、もしかしたら自分の記憶に補正が掛かっているかもしれない可能性を見出す。
「俺の記憶違いだったかもしれないです」
「本当にそうでしたか?」
その問いに記憶を辿ると、改変していないことは明白だった。
「……間違いなく、空いている手で腹部を押さえていました。そして、白いシャツが腹部を中心に広がっていたと思います」
「なるほど……」
受付嬢は眉間に皺を寄せ、右手に持っているペンをカチカチと芯を出し入れする。
「もしかしたら、今も被害が増大していっている可能性があります。そのせいで、支部長の記憶も曖昧になってしまい、報告書に記入する内容を誤記してしまった」
「それはそれでかなり問題ですよね」
「ですね。一刻も早く問題解決をしなければ、いずれ死人が出てしまう可能性も出てきてしまいます」
「……犯人の目的がわかれば、少しは捜査しやすいと思うんですけど」
「今のところは、男性新人探索者が無差別に襲われている、ということしかわかっていませんからね」
「んー……何か他に共通点があったりしないんですかね。もしくは、犯人のレア装備についてとか」
今までの出た情報の記憶を辿っても、ヒントすら出てこない。
「不謹慎かもしれないですけど、自身の欲求を満たすためだけの犯人だとしても、相手を殺さないって何故なんでしょうね。まるで、なにかを探しているような気もしてきませんか?」
「……そうですね。もしかしたら犯人は何かを探している。そして、ある程度の特徴――男性新人探索者というものだけを把握してて、手当たり次第に襲撃している可能性があるかもしれません」
「え」
「あくまでも、そういった可能性がある。という話です」
和昌は、この後に受付嬢から発せられる言葉が予言できてしまう。
「つい最近、犯人が手に入れたいレア装備を手に入れた男性新人探索者を探している。とか」
「……」
実際に言葉で耳に届くと、かなり血の気が引いてしまう。
なぜなら、和昌はその項目に当てはまり過ぎているから。
「ちなみに、その仮説が100%当たっていた場合、俺の確率ってどれぐらいになるんですか?」
「そうですね。100%、1分の1。絶対。という言葉が当てはまるのではないでしょうか」
「えぇ……」
全身の血の気が一気に引いていき、嫌な汗が背中を伝う。
「は、ははは。も、もしかしたらっていう可能性ですよね。だ、だって、そこまで情報を手に入れられる人間ってそうそう居ないじゃないですか?」
「普通であれば、その情報を持っている人間は少ないでしょうね。ですが、
「うっ、あっ、そうですね……」
「そして、最近はチャンネル登録者数も右肩上がりだとか?」
「随分と詳しいじゃないですか」
「それはまあ、監視対象の情報ですから」
「こわっ」
自分のプライバシー保護はいったいどうなっているんだ、と思うと同時に、
「え、じゃあもしかして……配信を情報源として使われているなら、俺だけじゃなくみんなも危険なんじゃないですか」
「その可能性も十分にありえます」
「一体どうしたらいいんだ……」
「精神的には難しいかもしれないですけど、そのままに活動しておくことをお勧めします」
「でもそれじゃあ――」
「こうも考えてください。もしも急に配信をしなくなったら、犯人は焦るかもしれません。その場合、標的が増えてしまうかもしれません。当然それは、パーティメンバーの方々にも」
「……そうですね。わかりました」
「まあ、地上での襲撃を目論む姑息な犯人ですからダンジョン内では安全だと思われます。配信で映っている通り、葭谷様と正面からやり合おうとする無謀な真似はしないでしょうから」
「なんともずる賢い犯人ですね」
「そのせいで、犯人の足取りすら掴めていないですからね」
和昌はなんともいえないような表情を浮かべる。
心境も平静を保っていられないが、犯人の周到なところに関心を寄せてしまう。
「それでは、ここまでにしましょう。私も緊急で代打に入ってもらっていますので」
「あれ? そういえば、俺は従業員から懐かしい目線を向けられていましたけど、リストの事って周知されているんじゃないんですか?」
「そうですね。私も向けていたあの目線でお気づきになられた通り、リストの件を知っているのはそこまで――」
急に言いやめるものだから、和昌は首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
「いえ何も。また連絡を
「ん? わかりました」
意味ありげな言葉に、疑問を抱きつつも、『事件解決までは、ダンジョンへ狩りに行く頻度を抑えるように』という意味だと察して返事だけはしておいた。
「それでは、これにて解散となります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます