第14話『人生の初デートは、知らず知らずのうちに始まってしまう』

(どうしてこんなことになってしまったのか)


 と、待ち合わせの目印となっている、4メートルはある時計台の下で空を仰ぐ和昌かずあき


 視線を戻し、辺りを一瞥すると家族やカップル、ラフな格好をしている学生や外国人が行き交っている。バスガイドに案内されている人々までいる始末。

 そう、今日という日は休日であり、辺りはショッピングをするにはもってこいの建物が沢山並んでいるのだ。


(俺、こんなの初めてなんだが。いろいろと)


 ただ立っているだけなのに、緊張の色を隠せない和昌。

 白のTシャツには胸元にワンポイントのイラストがデザインされており、下が青みがかった長ジーンズ。シャレたアクセサリーや腕時計など持っておらず、ほとんど中身の入っていない黒字のバックパックを背負っている。


 個性がない服装と言われたらそれまでだが、学校とアルバイト以外の外出をしない和昌にとっては精一杯のオシャレなのだ。

 いや、唐突な提案でなければもっと下調べをしたり準備ができたのかもしれない。なんせ、今は祝賀会を執り行った次の日なのだから。


 だから、せめてもの相談を安久津あくつ芹那せりなへした結果、このコーディネートになったというわけだ。


「お待たせ」


 聞き馴染みの合う声に振り返ると、真綾まあや天乃そらのの姿が。


「全然待ってないよ」


 と、芹那せりなから「邂逅一発目はとりあえず、これを言っておけ」とう助言をすぐに活かす。


「と言っても、どっちも予定の時間より早く来てたらなんとも言えないんだけどね」


 時刻9時45分。

 集合時間は10時になっていたわけだが、天乃の言う通りでこうして全員が揃ってしまったわけだ。

「じゃあこのまま行きますか」と、提案をしたくても買い物ができるような店舗はどこも開店時間が10時からなため、ほんとうになんとも言えない時間を過ごすしかない。


 近くに駅やバスターミナルがあるため、そこに立ち寄るという選択肢はあるが、休日であることから移動する人々の数も凄い。だったらすぐ目の前に座れるベンチを活かした方が足も休める。


「立ったまま待っているのも疲れるし、座ろうか」

「うんっ」

「だね」


 和昌はできるだけ心を乱さず、スマートに物事を運ぶよう意識する。


 女性とのお出かけは初めてということもあるが、戦っている時にしか見せない険しい表情は今はなく、目の前に居るのは普通の女性。しかもオシャレをしている。

 年頃の男子として、可愛らしい女性2人を前に緊張しない方が無理というもの。


 逃げるように先に座ったのが運の尽きか。

 和昌の前に立つ2人。


「ねえねえ、どうかな」

「少しぐらいは感想を言ってくれてもいいと思う」

「え、あ」


 目線が低くなり、外見を見渡すにはちょうどいい目線となってしまった。

 もはや完全に逃げ場はなくなってしまったというわけだ。


「両方を交互に見ちゃダメだよ。まずは私からっ」


 真っ白いノースリーブのワンピースを着ている真綾まあやは、ゆっくりと回り始める。そのおかげで、ふわりと広がるロングスカートから、レース生地が使用されている蒼色のオープンヒールが姿を現した。回り切ってスカートがキュと包まる時も同様に。

 体のラインをなぞるように手を動かし、和昌の目線はゆっくりと腰回りに誘導され、流れで靴の色と同じショルダーポーチが視界に入る。

 最後に髪を手でファサッとなびかせ、全体的なお披露目は終了。左手を前に差し出され、細い蒼色のブレスレットを確認した。


「と、とてもお綺麗です。色がゴチャゴチャしてなくって、清涼感が滲み出ているというか……すれ違ったら間違いなく振り向いちゃいます」

「うんうん、初めてにしては及第点っ。へえ~、和昌ってこんな感じがタイプなんだぁ」


 ニシシッと悪戯っぽく笑う真綾。


 まるで弱みを握られてしまったかのように、和昌は少しだけ心臓がギュッとなった。


 たったの1分程度だけだが、完全に放置されて蚊帳の外へ追いやられていた天乃そらのは話を切り出す。


「次は私。たぶん、和昌はこっちの方がタイプ」

「あ、ちょっ」


 天乃は真綾の肩を軽く押し、位置を交換。仁王立ちの構えで和昌の前へ出る。


「え、えーっと……」


 天乃のファッションも至ってシンプル。

 黒色の半袖にジーンズ生地のショートパンツ。

 いつものようにサラサラな黒いロングヘア―はそのまま垂らし、半袖の袖を1回折ってある。半袖の裾はショートパンツの中にしまっているため、体の細さが自然と際立つ。

 特別な加工はされていないショートパンツから伸びる足は、探索者としてやって行けるのか心配になるほどには細い。正確には引き締まっているのだが、和昌の目線ではそう思ってしまっていた。

 最後にクルッと回り、背負っている、小さめの黒いバッグもお披露目。


「なんというか、もしも街中で出逢ったら絶対に声を掛けることができない感じ。クールで気づいたら目線を送っちゃってそうな……高嶺の花、かな」

「そう、かな。えへへ」


 どちらも、自分の性格では話しかけられないような存在だと、和昌はしっかりと理解している。もしもダンジョンで2人と出会わなければ、この先もずっと縁のないイベントだったということも。


 だからこそ、こうして美少女2人を前にして緊張しているわけだが、慣れないことまでさせられただけではなく、その全身を舐め回すように見て心臓がバックバクになってしまっている。


 清楚系とクール系の美少女達は、和昌の右と左に腰を下ろす。


「ねえねえ、結局のところはどっちの方がタイプなの?」


 と、真綾はキラーパスをぶっこんできた。


「それはもう私でしょ」


 と、天乃は自信満々に和昌の腕を引き寄せる。


「いやいや、どっちのファッションも綺麗だしかわいいし。それをわざわざ勝敗を決める必要はないんじゃないかな。俺的には両手に花で、大満足だからさ」

「え、そう……。まあそれもそうかもね」

「綺麗でかわいい、ね。そうかも。優劣をつけるのは、ちょっと違ったかもね」


 両側の華は、今回ばかりは両方がチョロく話を治めてくれた。


 疑似的なファッションショーをしていると、時計塔から10時を知らせる穏やかな音楽が流れ始める。


「綺麗な音楽」


 和昌はこの時間帯に来るのが初めてなため、その音楽に新鮮さを覚えていた。

 だから、少しだけ流れている音楽を聞いていたのだが――華達は、和昌の両腕を抱えて立ち上がる。


「うわっ」

「それじゃあレッツラゴーっ」

「ちなみに今日のご飯代も私達が出すからね」

「え、マジですか」

「うんうん。ちょっとだけ荷物を持ってもらうかもしれないけど、そのお礼だと思ってね」

「罪悪感もなくなるだろうし、これが良策」

「タダ飯ってなると、さすがに良心のなんちゃらが傷むから助かる」

「了承を得られたということで、夜まで楽しんでいこーっ」

「もちろん。全力で楽しもう」

「え、夜って――」


 和昌は未だに理解が追いついていないようだが、つまりは逃げ道を塞がれたということだ。

 嬉しくも悲しきかな。これから待ち受けている困難を想像すらできないままショッピングのお時間に突入してしまう。


 頑張れ和昌。荷物持ちという任務は相当に辛く、疲労が伴う。しかしそれもまた人生の経験となるのだ。頑張れ、頑張れ……。

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