ボス戦前


 ギアの力を上手く使い、5つのステージをクリアした勇者。クリアする度にルビーに褒められた彼は大変に気分がよかった。気分が良すぎてこの先のボスは任せろと自信満々に言うほどだった。


『流石勇者くんだね! その心意気だよ!』


 えいえいおー! と笑顔で片腕を上げる彼女に癒されながら、勇者が承認欲求を満たされていると。


『──あまり油断しないでください』


 そこにピシャリと厳しい言葉を送るのは勇者のギアだった。

 盛り上がっていた二人は突然冷水を掛けられてピタリと動きを止める。


『5つのステージを休みなしでここまで来ました。生命力ライフポイントも枯渇している筈です』

「そうなの?」


 ルビーに問いかけられて勇者はそうなのか? と不思議そうにしていた。


『……とにかく、今日は一度休んで明日また此処に来ましょう』


 二人は特に反論する気もなかったので、ギアの言う通りに出直す事になった。

 ステージから離れた草原に向かい、ルビーが手慣れた様子で野営の準備をした。


「地球防衛軍なら必須スキルだよ!」


 ……という割にはキャンプが楽しそうなだけに見えた。

 勇者は、自分に何か手伝える事は無いか尋ねると。


「大丈夫だよ。ここまで頑張ってくれたしね!」


 しかし、このまま何もせず眺めているのは忍びないのだ。

 コミュ障ゆえに、何もしなかったら「えぇ、本当に何もしないの?」と思われたらどうしよう……そう不安に思ってしまう。尤も、ここまでの道中でルビーがそんな事を言うヒトではない事は分かり切っているのだが……。

 その辺りの考えを言わずに、どうか手伝わせてください、と勇者が頭を下げると……。


「……うん、分かった! それじゃあ、あそこの森から乾いた枝を取ってきて!」


 その言葉にパァッと顔を輝かせた彼は森に向かって駆けていき、その後姿を見送るルビーは……。


「やっぱり、ちゃんとしないと、ね」





 夜になり、二人はルビーの作ったシチューを食べながら一日の疲れを癒していた。

 焚火の灯が二人を照らし、パチパチと火の弾ける音がゆっくりとした時間を与えていた。

 こういうの良いな、と普段引きこもりをしているゴリゴリのインドア派の勇者がシチューを堪能していると、ルビーが口を開く。


「今更だけどごめんね? 強引に巻き込んじゃって」


 街灯がないこの場で相手の顔を見れるのは焚火の灯だけで、そのせいかどうかは分からないが……今のルビーに昼ほどの快活さは見られなかった。

 いつもの様に笑顔を浮かべているが、それも何処か元気がない。

 どうしたのいきなり? そう疑問に思い聞いてみると。


「えっとね。本当は分かっていたんだ。偶然そのギアを見つけた君を、アタシたち地球防衛軍に加入させるのは強引だったって」

「……」

「正直、君が本当はどう思っているのか聞いていなくて……」


 ルビーの言葉を勇者は否定することができなかった。というよりも、分かってやっていたんだとちょっと彼は怖かった。

 まぁ、返事がないということはオッケーということだね! は強引以外の何でもないが……。

 ──しかし、初めはどうあれ、だ。

 彼は今は自分の気持ちに従ってルビーに力を貸している。彼女の力になりたいとか、地球を救いたいだとか、そういう崇高な精神からではなく──ルビーが嬉しそうだから。

 そして嬉しそうなルビーは、自分を褒めてくれる。これが嬉しい。だから彼は彼女の手伝いをしている。


 ……尤も、こんな本音言える筈もないので、彼は地球を守りたいから大丈夫だと見栄を張った。


「~~! ありがとう勇者くん!」


 彼の言葉に感激したのか、感高まったルビーは思いっきり彼に抱き着いた。

 それに対して異性とまともに触れ合った事のない勇者は顔を真っ赤にさせて硬直した。そんな彼の反応にルビーはすぐに自分が何をしているのかを自覚し、少しだけ頬を赤くさせて離れた。


『そろそろ睡眠を取ることを推奨致します』


 そんな初々しい反応を見せる二人に構わずに休息を促すギア。

 ルビーは機械的に話しかけてくるギアに対して不満を抱いているのか、ブーブーと抗議を入れる。


「えー。もうちょっと勇者くんとお話ししたいのに」

『彼は貴女と違って長時間戦闘を継続しておりました。マスターの事を思うのなら、己の欲求を抑えて理性的な判断を下してください』

「むー」


 不満げに頬を膨らませるルビーだが、ギアは反応を示さない。

 結局、ギアの言うことが正しいという事になり、早々に後片付けをして今日は休むことになった。ルビーはまた明日いっぱい話そうね! と勇者に約束を取り付けて、彼らはそれぞれのテントで眠った。


 そして次の日。


 寝て体力が回復した勇者は、このステージのボスが居る井戸の前に立っていた。

 後ろにはいつものようにルビーが居り、ニッコリと笑みを浮かべた。勇者も慣れた様にフッと笑みを浮かべる。ギアを纏っているので顔は見えないが。

 ルビーがトンっと彼の背中を押し、ふわりと勇者の体が宙に浮く。そしてすぐに重力に体を囚われて、ヒューっと井戸の底に落ちていく。


「いってらっしゃーい!」


 入口からブンブンと笑顔で腕を振る彼女に向かって、勇者は剣を掲げて無言で行ってくると答えた。初めは加害者と被害者の如くルビーが敵陣に勇者を突き落とす絵面だったのだが、今では激励の様になっている。第三者が居なくて良かったね。

 いつものように勇者の体が光と化し、次の瞬間には視界に移る暗闇が消え失せ、何処か別の場所に転移した。

 今回転移し眼下に広がったのは今までのアスレチックの様なステージではなく、闘技場の様な場所であった。勇者が中央に降り立つと同時にとてつもないプレッシャーが彼を襲う。ビリビリとボディが震えギアから警告音が鳴り響く。


『高エネルギー反応が出現──注意してください』


 警告と同時に目の前の空間が歪み、穴が開く。

 その穴の奥はステージの下にある暗闇よりも黒く、暗く、昏い。

 そしてその穴の奥から出てくるのはこのステージのボスにして、魔王軍幹部。


【シュロロロロロロ……オマエカ、オレノカワイイブカタチヲ、カワイガッテクレタノハ】


 現れたのは黄金の瞳に縦に割れた瞳孔。そして全身緑色の鱗に覆われた大蛇であった──何故か頭頂部がモヒカンであったが。


 勇者は今までの魔王軍と違う風貌の幹部に内心ビビっていた。今までの敵は銀色の不定形の関節が曖昧な生物だったから。

 しかし目の前の幹部は大蛇という分かりやすく怖い姿かたちをしていた。

 幹部が口を開き、勇者はゴクリと唾を飲み込む。


【オレノナマエハ、グリーンヨシダ】


 グリーン……ヨシダ……! 

 ……なんて? 


【魔王軍幹部ノ1人、コック担当ダ】


 ダメだ、無駄な情報が多過ぎる……! 

 おそらく勇者はこの時初めて魔王軍の恐ろしさを体験したのかもしれない。

 ジリジリと無意識に後退り、それを見たグリーンヨシダはニヤリと笑みを浮かべる。


【好キ勝手シテクレタオ礼ニ、今夜ノディナーニ招待シテクレヨウ──メインディッシュトシテナ!】


 大きな咆哮を上げて、グリーンヨシダは勇者を睨みつける。


 さぁ、戦闘開始バトルアップだ。

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