オープニング


 思わず目を閉じてしまっていた彼だったが、しばらくして目を開き──驚く。

 視界に移ったのはジメジメした裏路地ではなく、草原が広がる何処かの丘だった。

 荒野に囲まれた自分の故郷とは正反対のその景色にしばし言葉を失い見惚れていると──。


「──あ! 来てくれたの!?」

「!?」


 突然背後から元気な女の子の声が響き、彼はビクンと体を跳ねらせながら振り向いた。


「君がそのギアを拾ってくれたんだよね?」


 そこには紅い髪の毛をツインテールにした紅の瞳を持つ少女が居た。

 活発そうなで、浮かべている微笑みからは人好きそうな性格がにじみ出ている。


 つまり、だ。


 ──物凄く陽キャっぽい!? 


 陰キャにとっては天敵なのである。

 前世含めて家族以外の女の子と真面に会話ができない彼は、体を石の様にカチコチにさせて固まってしまう。

 しかし目の前の女の子はそんな彼の様子に気が付いていない様で、グイっと彼のパーソナルスペースに踏み込んで話しかけた。


「良かった! 魔王軍の侵攻前に適合者を見つける事ができて!」


 嬉しそうにそう言ってから、少女は「あっ」と何かに気付いた表情を浮かべる。


「そういえば自己紹介がまだだったね! アタシの名前はルビー!」


 少女は自分の事をルビーと名乗り、これからよろしくねと彼に言う。


 よろしくって何? 何でよろしくって言われているの!? 


 そんな彼の混乱を他所に、ルビーは彼に問いかけた。


「あなたは何てお名前なの?」


 さらに混乱する事となった彼。

 コミュ障に女の子に対して真面な自己紹介ができるだろうか? 否である。

 ただ自分の名前を言えば良いのに、一人称はなんて言えば良いんだ。僕? 俺? 拙者? 何かコボケの一つでもすれば良いのかな? とりあえずブレイキングダンスでもすれば良いのか? 前世と今世の名前どっち言えば良いの? 自分の名前何だったっけ? 


 そんな風に脳内がクラッシュしている最中──。


『──ミツケタゾ!』

「あ、やば!」


 人工音声にノイズが入った様な、そんな声が自分の後ろから響いたかと思うと、目の前のルビーがゲッとした表情を浮かべる。

 自己紹介という地獄の行為から逃れたかった彼は、これ幸いにと振り返ると──そこに居たのはヒトではなかった。


『チキュウ人、ハイジョスル!』


 そこには全身銀色で、頭に当たる部分が三か所の窪みが顔の様に配置された生命体が居た。手足が長く、よたよたとこちらに歩いてくる姿はこちらに恐怖と不気味さを与えてくる。

 前世で見たグレイと呼ばれる宇宙人が目の前に居た。


「もうこんな所まで来ていたんだね、魔王軍……!」


 え? これが魔王軍? 

 自分の中にある魔王軍と目の前の魔王軍のイメージの差に思わず振り返り、ルビーと目が合った。すぐに逸らした。


「アタシのギアはメンテ中だから使えない。こうなったら……」


 ルビーは彼の肩に触れた。彼はまた石のように固まった。


「お願い! そのギアを使って」


 ちょっと待ってその前に離れて手を離してあーなんかいい匂いがするじゃなくてたすけ──。

 そんなキャパオーバーをしている彼を他所に、事態は関係なく進んでいく。

 彼が持っていたギアが光ると、この場に転移してきた時と同じように彼の体を包み込み、デバイス本来の力を発揮する。


鋼鉄ボディを構築致します。適合者のスキャン開始──推奨鋼鉄ボディ……アタッカー。


 ──エラーを検出。再度スキャン。


 ──推奨鋼鉄ボディの再検索終了。適合者と接続開始──終了。


 ──勇者ブレイバー鋼鉄ボディ、バトルアップ』


 電子音声で頭の中で色々言われた彼は、目を回しながらもその肉体を変化させた。

 青銅色の鎧が全身を覆い、背中からは赤茶色のボロボロのマントが舞う。そして手には両刃の剣をいつの間にか握っていた。


『如何ですかマスター』


 電子音声が何処からともなく聞こえてくる。それに対して彼は落ち着くと答えた。頭につけられた甲冑が彼の顔を隠してくれているからだ。

 それに見慣れない見た目の装備だが、彼は装着してコレが何なのかを理解した。

 メタルクラッシュオンラインにおいて、剣を片手に敵を倒すポジション──剣士アタッカー

 射程が最もないが、攻撃力の高い鋼鉄ボディで、前世彼がメタルクラッシュオンラインで使っていたポジションだ。部屋に引きこもってやり続けていたため、長所と短所をしっかりと理解している。

 つまり、今なら目の前の敵と戦えるという訳だ。


『ハイジョ! ハイジョスル!』


 目の前の宇宙人は危機感を覚えたのか、その銀色に輝く両手をグニュリと伸ばし彼に向って鞭の様に振るってきた。

 彼とルビーを狙った連撃。鋼鉄ボディを纏っていないルビーにはその攻撃が見えなかったが、彼は違った。


 パン! パン! 


『……ヘ?』


 大きな音が鳴ったかと思うと、いつの間にか宇宙人の両腕は半ばから消失しており、ルビーもその音と目の前の宇宙人の様子から今攻撃されたのだと理解した。しかし彼女の関心はそこになかった。今、彼女の瞳が囚われているのは──彼だった。


「──っ」

『イツ、ノマニ……!?』


 青銅色の軌跡を描いて宇宙人の周りを縦横無尽に駆け巡り、その背後に着地したその姿はまさしく……。


「──勇者?」

『ヤラレター!』


 ドロリと溶けて地面に消えていく宇宙人の向こうにいる彼を見てルビーは茫然と呟いた。




 ここで一つ彼の前世について話そう。


 彼はメタルクラッシュオンラインにおいてそこそこ強いと自負しているが──その認識は間違っていた。


 彼の死後、シリーズ化しナンバリングされたメタルクラッシュオンライン。

 そのゲームのプレイヤーの中で誰が最強かと議論される中、度々この様に評される事があった。


 メタルクラッシュオンライン無印の《ゆうしゃ》が最強だと。

 彼が居るチームが必ず勝つと、他のプレイヤーがどれだけ下手でも勝利へ導くと。

 シリーズ化された時に存命なら、絶対に数多の強豪プレイヤーを倒し頂点に立っていたと。

 それほどまでに彼のプレイスキルは人間離れしており、彼の死は惜しまれていた。


 その事を知らないゆうしゃは──。


「凄い凄い! アタシ感動しちゃった!」


 目をキラキラさせた陽キャに浄化されようとしていた。




 これは前世で最強プレイヤーだった“ゆうしゃ”が、プレイしていたゲームの主人公──通称“勇者”に生まれ変わり、世界を救う物語である。


 なお、対戦しかしていなかった彼はこの先の未来ストーリーモードを知らない。

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