06-03:神を滅するという望み
エライザの鋭い視線を受けても全く萎縮することなく、エルドは言う。
「そこに出てきたのが、まさかのヴラド・エール神ですよ。もっとも、クレスティアとの対面はまたも実現しやしませんでしたけれどね」
「あの方が介入したというのか、人間に」
エライザが初めて動揺を見せる。ヴラド・エール神は歴史の中で幾度かの目撃証言がある。だが、エライザにとってはどれもこれもが眉唾ものだった。そう思っていた。
「介入も何も、私は彼に殺されかけましたからね」
「……なるほど」
嘘をつく道理もない、か。エライザは腕を組む。
「よかろう。クレスティア様――セレナを連れて出直そう。貴様は量産の研究を進めるが良い」
「エライザ様」
エルドが
「我らがギラ騎士団の力、侮ってはなりませんよ」
「驕るものでもなかろう、エルド。国民百万の犠牲に目をつぶりさえすれば、貴様らを壊滅させることなど、大した事業でもない」
「百万で足りますかねぇ?」
からからと笑うエルドに対し、エライザは表情を消す。
「貴様レベルの大魔導が何人いようが、私の敵にはなり得ぬよ、エルド」
「そうであればよいですねぇ、エライザ様」
エルドはすくい上げるような視線でエライザを見て、
「もっとも、我々ギラ騎士団としては、ディンケルが混乱に陥るのは避けていただきたいと考えておりますよ。この貴重な魔石の城、そして魔神サブラス。あくまで平和の内にて使わせて頂きたいものですなぁ」
「よくも言う」
エライザは鼻で笑った。エルドは口角を上げて無音で応じる。
「良き関係を維持する唯一の手段は、サブラスに女神を捧げることです。さすらばこの国は無限の武力と、永遠の平和と繁栄を手にすることができるでしょうよ」
「まさに悪魔の囁きですね」
それまで黙っていたアリアが吐き捨てる。
「エライザ、こんな――」
「よかろう」
「エライザ!?」
アリアの声が裏返った。エライザは苦笑すら見せて言う。
「なればエレン神もまた本望だろうよ。我が国の平和に寄与するのであれば」
「本気ですか、エライザ」
「ああ」
エライザはアリアを振り返ることなく頷いた。エルドは失笑する。
「エレン神の聖騎士らしからぬ発言でございますなぁ。ですが、それこそ我々には好都合。理知的、合理的なことで大いに結構」
「ふん」
エルドの嫌味に鼻を鳴らし、エライザは
「セレナを連れてくる」
「エライザ、あなた、ギラ騎士団の言葉を真に受けるのですか」
「まさか」
エライザは小声で言った。
「我々が欲しいのはエルドの知識ではない。サブラスの力だ」
「……本当に悪い人ですね、あなたは」
「よく言われる」
エライザは凄みのある笑みを浮かべると、姿を消した。アリアはエルドを睨んでから、その後を追った。
「まったく」
エルドは自分以外のいなくなったその広間でボソリと呟いた。
「女というのは、どうしてこうも謀略の類が好きなのでしょうねぇ?」
『貴様個人の目的は何なのだ、エルドよ』
どこからともなく、サブラスが囁く。エルドは
「永遠の
『永遠の生命だと?』
「ええ」
エルドは戦いで削れた床材の欠片を拾い上げた。その小さな石から、膨大な魔力が噴出する。その炎のような魔力がエルドを包み込む。炎を浴びることで、戦いで削られていた魔力がたちどころに回復する。エルドほどの大魔導ならば、魔力さえ潤沢であれば多少の身体的なダメージなどどうにでもできた。あれだけの深手をそのままにしておいたのは、単にエライザたちを油断させる為に他ならない。
「魔神サブラス、あなたは生命の魔神。赤の魔神とはすなわち血液の赤を
『そうとも言えるやもしれぬ』
「あの人造無制御たちは、五十余年の時を経てもなお、強靭な生命力を有していた。いや、劣化さえしていなかった」
『もっとも、調整は甘かったようだがな。無制御というにはあまりにも
「当時の研究レベルが低かったのでしょう」
エルドは空間転移を使用し、あの筒の並んだ部屋に移動した。
「私の部下たちの調整がうまくいけば――」
『まさか、貴様は自らをも?』
「お察しの通り」
エルドは神妙な顔で頷いた。
『未だ生来の無制御――龍の英雄の血を受け継いだ者が、我の力を受けたことはない。どうなるかは我にもわからぬぞ』
「構いませんとも」
エルドは乾いた笑声を漏らす。
「私の研究、私の理論で、私は自らをより高みへと導こうというのです。そこに躊躇や後悔などあるはずもありません」
『ははは!』
サブラスは吹き出すようにして笑った。
『気に入ったぞ、人間。龍の英雄の血を受け継ぐものなど根絶やしにするべきだと思っていたが、考えを改めよう。我は貴様に我の知識を――』
「ありがたい話ではありますが」
エルドは筒を点検しながらサブラスの言葉を
「私は私の能力で勝負したいのですよ、魔神サブラス。私自身の責任でもって、私の人生を決めたいのです」
『変わり者よの……』
呆れたと言わんばかりに、サブラスは反応する。
「さぁて、クレスティアが現れるのを待ちましょうか」
『再びあの男が現れるやもしれんぞ?』
「ヴラド・エール神ですか?」
『ふん。ヤツが神だなど、聞いて呆れるわ』
苦々しげなその口調に、エルドは思わず声を上げて笑った。
「サブラス、あなたのほうがよほど人間らしいですね」
『我を
「とんでもない」
萎縮するどころか、まるで
「ただ、そうですね、あなたはこの次元に在るべくして生まれた存在なのやもしれませんねぇ」
『どういうことだ?』
「あなたの力は、この世界の生命に対してあまりにも合い過ぎている。まるであなたの力があってこその、この世界の生命のようです」
『異なことを言う』
サブラスは真意を測りかねたかのような声音で応じる、
『だが、まぁ、良い。我は貴様に興味がある。永遠の命を得られるのか否か。我は貴様を観測していよう』
それきり、サブラスの気配が感じられなくなった。
エルドは筒を覗き込み、調整のための魔力をいくらか流し込みながら、冷たい微笑を浮かべている。
「永遠の探索者――ヴラド・エール。いや、クルース、か。私はあなたが心底うらやましい」
ゆえに。
「この私が引導を渡して差し上げましょう」
神のために、神を殺す。
エルドは目の奥に昏い炎を灯しながら、口角を上げた。
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