03-03:エライザとシャリーの出会い

エライザが聖神殿に戻ると、すぐにセレナが出迎えにやってきた。


「おかえりなさいませ、エライザ様」

「うん。ん? その子は? 見かけない顔だが?」


 セレナの後ろにいた痩せた少女に視線を送るエライザ。エライザは百九十を超える長身の持ち主であったから、その少女とは頭二つ分近くも身長が違って見えた。


「お初にお目にかかります」


 シャリーが前に出てきて一礼した。シャリーはセレナの普段着を借りていたのだが、セレナもまた長身の部類である。小柄なシャリーが着ると、どれもオーバーサイズになってしまう。結果として、大きめの半袖と長いキュロットスカートという出で立ちになっている。


「三級――」

「三級錬金術師のシャリーか」


 エライザはシャリーが名乗る前にそう言った。シャリーは驚いて目を丸くした。その傍らではセレナもまた同じ顔をしていた。セレナはつんのめるように前に出てエライザに尋ねる。


「どうしておわかりになったのですか!?」

「ん?」


 エライザは神殿の廊下を歩きながら「そうだな」と呟く。エライザは長身な上に早足だ。セレナもシャリーも駆け足以上の速度を要求される。


「その若さで三級。三級という階級制度を敷いていて、名乗りに使えるほどの知名度があるといえば、錬金術師だ。そして史上最年少三級錬金術師については私は知っていた。確か三年前だったな。そしてその子の言葉には、ほんのわずかだがアイレスの中西部地方の訛りがある。その史上最年少のの錬金術師はアイレス魔導皇国の出身だったはずだ。決定的なのは、シャリーの周辺には魔力の残り香――いや、この場合は霊薬の残り香というべきか、そういうものが見えた。それも染み付いている感じのな。相当年季の入った魔力の歪みがある」


 すごいとシャリーは素直に思った。たったあれだけの時間で、エライザはシャリーの身元を確定させてしまった。中西部出身というのも正解だった。「万能の騎士」の二つ名を持つこのエライザという人物、噂以上にとんでもないなとシャリーは強く心に刻み込んだ。決して敵に回してはいけない、とも。


「それでセレナ。私の帰りを待っていたようだが、その子の件でなにか?」


 自分の執務室のドアを開けながら、エライザはシャリーを振り返った。聖神殿の入口からエライザの執務室までの駆け足を要求されたシャリーは汗だくだった。セレナは普段から鍛えているだけあって、うっすら汗を浮かべているだけだった。


「まぁ、いい、ふたりともとりあえず入れ」


 エライザはそう言うと、室内に汲み置かれている水桶を指さした。セレナはシャリーに水を汲んでやると、シャリーは遠慮なくそれを飲み干した。


「生き返ります」

「うん。それはよかった」


 エライザは頷くと豪奢なソファに腰を下ろした。


「で、セレナ。事件は何も?」

「大丈夫です。大なり小なりありましたが、神官たちで対応済みです。作業報告書はこちらに」

「これはまたうんざりする量だな」


 山と積まれた羊皮紙に、エライザは肩をすくめる。


「夜のうちに目を通しておく」

「はい」


 セレナは頷くと、エライザの向かい側の小さなソファに腰を下ろした。シャリーはその隣にある同じソファを勧められた。


「それでシャリー。キミの話はなんだ?」

「恐れ入ります」


 シャリーは自然な流れで腰を下ろした。セレナはその淑女然とした振る舞いに、内心驚いた。ケインたちの家で干し肉にがっついていた娘と同一人物だとは到底思えない。名のある貴族の家の出なのかもしれないと、セレナはようやく思い至る。


「二級錬金術師の昇格試験のための対策中、ということなのだろうと思うが」

「エライザ様は何もかもをお見通しなのでしょうか?」


 シャリーは微笑んだ。エライザは「ふっ」と鼻で笑う。


「そもそもキミは魔力が極端に少ない。つまり、魔法使いの才能がない」


 エライザは歯に衣着せぬ物言いで、シャリーの最も痛い所を刺した。


「それでよく三級に合格できたなというのが、正直な感想だ」

「三級はまだなんとかなりました。ですが、二級は――」

「魔石、だろう?」


 エライザはシャリーに先んじてそう言った。シャリーはすっと表情を消して頷いた。隣にいるセレナは二人の顔を見比べて口を開閉している。


「不足した魔力を補うために、魔石を使って再生の霊薬を創り出そうという算段だな?」

「……感服いたしました」


 シャリーは心からそう言った。エライザの前では一切の隠し事はできないなと、シャリーは強く認識する。


「それで、魔神発見の噂を信じて、アイレスからこのディンケルまで、大陸を縦断してきたと」

「はい」


 シャリーが頷くと、エライザはニヤリとした荒んだ笑みを見せた。


「それで、所在も分からぬ魔神の結晶体を、どうやって探し、どうやって魔石を得るつもりだったんだ?」

理由わけあって、錬金術師ギルドの後押しは受けられません。もっとも、彼らも私を支援しようとはしませんけれど」

「キミの父君の力がもう得られない以上、かのギルドはキミを排斥する方向で動くだろうよ」

「その通りです」


 シャリーは苦々しい表情を、一瞬だけ見せた。


「私は錬金術の未来を変えたい。そのためにも、あの組織は変えなければなりません。が――」

「組織というものは、そう簡単に変容するものではないよ、シャリー」


 エライザはその長すぎる足を組んだ。


「そのキミの目的のための権威付けを兼ねて、キミには二級という肩書は確かに必要だろう。そしてそのためには、キミには魔石が不可欠だ。なるほど、キミの行動原理は確かに一貫している」

「ですが、ここに来て手詰まりなのです、エライザ様」

「魔石採掘の手段の問題か」

「はい」


 シャリーは難しい顔をしてみせた。


「セレナさんのお知り合いに声はかけましたが、相手は低級とは言え魔神。どうなるものでも」

「ない。たしかに」


 エライザは腕を組み、そのまま高い天井を見上げた。


「ただ、そうだな」


 エライザは不意に立ち上がると、シャリーの前までやってきて、その顎に手をやった。そして顔を近づける。


「魔石くらいは、わけてやらんでもない」

「エライザ様、それはいったい」


 それまで黙っていたセレナがようやく声を発した。エライザはニッと笑ってセレナを一瞥してから、シャリーの青緑の瞳を見据えた。二人の硬質な視線が交錯した。


「それはキミの未来を担保にした貸しだ。キミは錬金術そのものを変えるだろう。そのときに、我々エレン神殿、そしてこのディンケル海洋王国を支える力を貸して欲しい」

「錬金術師ギルドはどの国家、どの宗派にも属しません」


 穏やかな口調でシャリーは応える。エライザはシャリーの顎から手を離して背を向ける。


「もちろん、その主義については知っている。だが、私はギルドに後ろ盾になってほしいとか、そういう話をしているのではない。キミ一人で良いのだ」

「いえ、しかしそれは」

「二級錬金術師は大魔導よりも希少だ。一人いれば十分だ」

「しかし、エライザ様。それは詭弁です」

「うむ」


 エライザは胸を張る。


「もちろんその通りだ。国家錬金術師というものは存在してはいないし、してはならない。それは十分に知っている。だがキミはどう考える、シャリー。今は霊薬のほぼ全てが、一部の金持ちたちに独占的に消費されている。流通経路にしても不正が横行していることは調査済みだ。事実、我らも巨額の投資を行うことで、風の騎士団セインスのための霊薬を必死に揃えている。わかっているだろう? 錬金術師ギルドこそが、己が主義主張を踏みにじっている現実があるということを。彼らは金次第でどこにでも肩入れするし、ともすれば戦争を起こすことで巨大な市場を確保するようなことさえある」


 エライザは振り返り、目を細めた。再びシャリーと視線がぶつかる。


「まぁ、その汚穢おわいにまみれた部分には、今は目をつぶろう。ともかくも、キミたちは医者でもある。私のような治癒師とは違う、医者だ。そして、魔法の才能に関わらず人を癒やすことができる霊薬を作り出し、処方することができる医者だ」


 エライザは再び自分のソファに戻り、ゆっくりと足を組んだ。


「そして君たちの霊薬は、誰にでも使えるものだ」

「正確な知識に基づいた処方でなければ十分な効果は――」

「そう、それだ」


 エライザは、我が意を得たり、と、口角を上げた。


「正確な知識があれば、ということだ。怪我はもちろん、病気に関するものはより知識が必要だ。霊薬の力を借りられるなら、知識と合わせれば、外科的治療の余地も増えるだろう?」

「……つまりエライザ様は、医術大学を作れと仰いますか?」

「さすがは天才錬金術師殿だ」


 エライザは満足げにこたえた。


「国民の健康こそ、富国強兵の第一歩だ。属国であることに慣れきってしまった我が国は、世界で最も脆弱な国家だ。それでどうだ、シャリー。面白い話では、ないか?」

「たいへん興味深いです」


 シャリーは答えを保留した。エライザは小さく鼻で笑う。その表情が急に野性味を帯びた。


「この話を承諾するだけで、キミは魔神サブラスの魔石を手に入れられる可能性が上がる。仮に魔石が手に入らなかったとしても、私はこの話を諦めるわけではない」

「恐悦至極に存じます、エライザ様。それで、私は何をすれば良いのですか」

「その件は追って連絡する。まだ方々との調整があるのでね」


 エライザはそう言うと、窓の外に視線を送った。空の色が夜に変わりつつあった。


 我ながら、小狡こずるいことだ。


 案外この小娘、見抜いているかもしれんが。


 エライザは腕を汲んで目を閉じた。

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