インタールード



 ◆




 嵐の中、銃声が轟いていた。


「クリア!」


「クリア!」


「打ち漏らしはいないな?! 次にいくぞ!」


 雑踏立ち込めるビル群。

 放置された無人のマンション群……廃市区域。

 幻想再臨において放棄、東京から十都への区画整理されたゆえに人間のいないと指定された場所。


 ”今もなお浮上する幻想に対する最前線の戦場”。


 その一角で、校正と書かれた腕章を付けた装甲服の一団が戦闘を繰り広げていた。

 抗正機動隊プルーフリーダー

 一人一人が剣を、槍を、斧を、盾を、弓を、手に持ち、腰や背部のアタッチメントに銃を吊り下げた現代の騎士団。

 境界科学をも駆使された強化外骨格をも纏う現代の全身甲冑騎士アーマー・ナイト

 その肩や、顔を覆い隠す兜には赤い罫線けいせんで描かれた校正文字トンボが刻まれている。

 彼らが戦っているのは無数の怪塵だった。


 スプリガン。


 ジッターとカトルカールが遭遇して撃退した巨人妖精。

 それらが無数に生息していた、否、隠されていた場所を特定した彼らが急行し、駆逐を行っていた。


「くそ! 数が多い!」


「どんだけ大盤振る舞いしてやがった! ブルジョワが!!」


「偽鍮王はセレブでは?」


「金持ちは全部ブルジョワなんだよ!! 濡れ手に粟どころか、金だしよ!」


「ちげえねえ!」


 震え上がるような奇声を上げて襲いかかるスプリガンの爪を一人が盾で防いで、もう一人が斧槍ハルバートにて腕を両断する。

 苦痛のうめき声を上げるその眼前に大型散弾銃の弾丸を撃ち込み、その脇を駆け抜けた抗正機動隊員が足の腱を剣で切断する。

 連携し、連鎖させ、文章描写を叩きつけるようにスプリガンを、怪塵を校正滅ぼしていく。


 彼らに顔はない。

 彼らには名前は出されない。

 彼らの活動にカメラを向けられることはない。

 ただただ黙々と物語を修正する、抗いきれない権力の象徴――物語の騎士団であり、その上で誰もが中に人がいる現実の精鋭だ。

 表立って脚光を浴びることはないが、彼らは怪塵及びヴィランの撃破率最上位の戦力。

 物語におけるやられ役のモブなんかではない。


「さっさとぶちのめして、嵐を止めんぞ!」


 彼らがスプリガンと戦っている理由は、この不自然な嵐の元凶を止めるため。

 イングランド南西部のコーンウォール地方に伝わる妖精スプリガン、その逸話において大嵐を呼ぶというものがある。

 カトルカールからの報告で知った怪塵対策特殊班エディターの采配により、彼らが出撃し、戦っている。


「カトルたーん! マイちゃーん! サプちーん! 無事でいてくれえ!」


「クロックじゃなかったジッターは?」


「男の子だろ! 自力で生き延びろ!」


「前時代的な差別!!」


 口汚く、あるいは警戒にお喋りしながらもその手は、歩みは忙しくなく止まらない。

 彼らは知っている。

 今もこの嵐の中で戦っているヒーローたちが、何と戦っているのか伝えられている。

 今すぐにでも助けに行きたいが、自分たちの装備と相性が悪すぎる。


 能力の相性を踏まえても、公認メジャーヒーローたちが勝てなければ誰だって勝てない。

 奴と戦えるような強いヒーローは、あそこにいるメンツしかいないのだ。

 だからアウルマクスではなく、奴が用意しただろう怪塵たちを掃討するように指示された。

 子どもたちが戦っているというのに助けにいけない大人たちの情けなさを怒りに変えて、一秒でも早く嵐を止めるために戦っている。


 嵐さえ止まればもうこれ他に優先順位ないよね? ないな! 助けにいくわ! と隊員たちの八割は考えていたし、一割五分は嵐が止まれば不利を悟って退却とかしねえかなと思い、残りの五分は彼女たちは強いから普通に勝つやろと信じていた。

 彼らはただ祈っている。自分たちの中の人名前も知らないでいるだろう少年少女たちの無事を。

 カメラを向けられなくても、知らなくても、ただ祈っている。


 どうかお約束のハッピーエンドになってくれますようにと。







 ◆




 嵐が、風が、雨が避難所の壁を激しく打ち続けている。

 警報から避難してきた市民たちはいつものように思い思いの場所を取って座り込んでいた。

 無数のケーブルが伸びる発電式の充電器を使い、スマホを見ている。


「おいおい、マイ・フェア・レディどうなってたの!?」


「さっさと勝ってくれよ!」


「このヴィラン強すぎね?」


「政府はいつまでかかんだ、こっちは仕事があるっつうのに!」


「さっさとヴィランぐらいぶち殺せよなー」


 アウルマクスの映像ジャック、さらにマイ・フェア・レディたちの注目を集めるための公共放送に投稿されているタブレットの画像。

 本人たちが見たいものを次々とタップし、切り替えながらも、大衆たちが見ている。

 まるで見世物のように。

 まるで無責任に。


 そんなガヤたちを背にした避難所の片隅で渡鳥兄妹が同じように、いやそれ以上に必死にキーボードを叩いていた。


「くそ、佑駆なにやってんだよ! ばか、ばか! アホンダラ!」


「まだ既読はつかないか……海璃、次はこっちの文面を頼む」


 海璃カイリが罵りながらチャットアプリに文面を打ち込む。

 荒々しくも的確に指を叩き込むのは、スマホに接続する外付けのキーボードだ。

 岳流が開いているのは同じようにスマートフォンと、同時に画面を見るために持ち込んできた今どき珍しいラップトップパソコンだ。

 岳流が調べて思いつく限りのミダス王の逸話や、過去のニュース、ネットに転がるアウルマクスの情報などなど使えそうなものを書き込んでいく。

 読みやすいように要約や、簡略化した図などを駆使した情報整理は長年クロックをサポートし続けた椅子の男チェアマンとしてのノウハウで。


 それを書き込んでいた海璃の手が唐突に緩んで、止まった。


「おい、海璃?」


「……なんで、だよ」


 音が止まったのに気づいて、目を向けた岳流が見たのは涙を流してスマホを握りしめる妹の姿。

 大粒の涙がこぼれ落ちる


「なんでまだ戦わされてんだよ……」


 ボタボタと画面を濡らしながら海璃は嘆いた。


「もうヒーローは……やめたって、やめるって言ったじゃねえかよ……」


 手が痛いほどにスマホを握りしめる。

 けれど、海璃の貧弱な腕力では罅一つ入らない。タッキングによる避難勧告と位置情報の通知制度が定まってから、世界基準で耐久力を上げられて例え持ち主が死んでも壊れないことを目的とされた情報端末だった。

 防水防塵性の端末は、少女の涙を受けても何も変わらない。


「なんであいつばっかり……」


 悔しかった。

 認められなかった。

 何もかもヒーロー共が悪い。

 カトルカールのライブに見に行くなんていって、そしたら襲われてるから助けにいくなんていった。

 それから連絡が取れなくなった。


 そんで心配してたらいきなり大嵐で、伝説のヴィランで、そして何故か佑駆がいた。

 三人に隠れて少しだけしか映ってなかったけれども、海璃たちが見間違えるわけがなかった。

 自分たちが支えて、応援して、自分たちの幼馴染のたった一人のヒーローを見間違えるわけがなかった。

 時銀佑駆クロックが戦っている。

 メンタルが弱くて、なにかあったらすぐ落ち込んで、けれどもすぐにケロっとしていて、困った人がいたら見過ごせなくて、無駄にスポーツ万能で、学校の成績は普通で、帰宅部でそこまで目立つこともないそんな探せばどこにでもいそうないいやつで。

 ヒーローが大好きで、良いことをするいい人が大好きな海璃の好きな人だった。


 渡鳥海璃はヒーローが好きだ。それでもってヴィランは嫌いだ。

 それは画面の向こうにいるかっこいいとか、みんなの味方をしてるから市民としての義務みたいなもんとして応援している。

 悪党がぶっ飛ばされて、正義の味方が勝つのを嫌いな奴はいない。いるとしたら悪党か、自分に危害が加わらない前提でひねくれている奴だろう。目の前に現れて、ヴィランや怪塵に手から食われそうになったことがあったり、目の前で飛び降り自殺していく子どもたちを目撃してから言えと思ってる。しても言うならぶん殴るだけだが。

 けれど、いくら好きでもなりたいとか、なってほしいなんて思ったことはない。

 幼馴染の佑駆がヒーローに、非合法の人助けをしているのだって本当は反対してる。

 ただ止められないから、彼が死なないように、頑張れるように手助けしている。


 そして、いつだって無事に戻ってきてくれるように祈っている。

 だからヒーローを辞めるって言ったときは寂しかったけれど、それ以上に嬉しかった。

 もう必要はないんだって。

 どんだけ頑張っても報われないような、現実に結果が出てようが、佑駆が報われないなら何の意味もないから。

 だから何もかも画面の向こう側になるって。

 平和な日常が来るんだって。

 そう信じていたのに。


「なんでだよ!」


 理不尽だった。

 また戦いに巻き込まれてる。

 あいつが戦わないと、勝てないとどんだけ死ぬのかわからない。

 そんな大事件に巻き込まれている。


 もうヒーローじゃなくていいはずなのに、なんで。


「信じよう」


 その肩を優しく岳流が叩いた。


「……兄貴」


「あいつは強いのは俺たちが一番知って「あーやべえ、やべえって!」


 誰かが大きな声で叫んでいた。

 渡鳥兄妹が目を向けた先にいるのは自分たちと同じ避難民。

 彼らは誰も彼もスマホを覗き込んで、思い思いに言葉を発している。


「さっさと勝てよ」「おいおい他のヒーローこねえの?」「新しい新技だ、かっけえー」「これはバえる」「ずっと流れ止まってるんだけど、これどうなってんだ?」「俺の家までこねえでくれよ」「がんばえーカトルたーん」「やばいってなんか姿見えなくなったんだけど!」「サプライズしかもうおらん!」「サプライズって強いの?」「知らん! マイ・フェア・レディのおまけじゃん」「メジャー以外さっさと前でろ! 給料貰ってんだろ!」「金だらけで感覚が麻痺ってくるぜ」「あ、終わった」


 好き放題に喋っている。

 画面越しに好きに喋っている。

 そんな奴らに、海璃は無性に腹が立った。


「ちょっと言ってくる!」


「待て」


 立ち上がろうとした妹の肩に手を置いて、止める兄。


「ここで口を出して意識なんて変わると思うか? 俺もお前も扇動家ではない」


 カッとなっている海璃と比べて、岳流は冷静だった。

 避難所の空気は冷えている。

 外から降り注ぐ豪雨でもそうだが、雰囲気そのものが冷たく、和みの一欠片もない。

 こんな状態で荒れて燃えだした論調の中に、水をかけるような喧嘩を売ればたちまち袋叩きにされる。

 誰が正しいじゃなくて、感情として主流になっている空気に逆らうのが悪だと殴りつけるのが容易に見て取れた。


「だったらこのまま指を加えてみてろっていうの?」


「指はキーボードに向けていろ」


「?」


 岳流はただの高校生だ。

 佑駆のようなヒーローでもないし、非社会的な経験を積んだり、隔絶したセンスを持っているわけではない。

 だが、ヒーローの椅子の男をしてきたことだけはある。

 ラップトップパソコンを操作し、エミュレーターも作動させて、無数に違うブラウザを立ち上げる。

 打ち込むコメントも事前に用意し、キーを叩くだけでいれられる。


 



「流れを作る、目立つ閃光は誰よりも得意だろう――クロック」



 誰も応援していないヒーローを、二人は誰よりも信じている。



 だから――その逆転のクライマックスを逃すことはなかった。


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