フィナーレ(1)/ここからが




 レプラコーンに運ばれている。


「はな、せ……!」


 レプラコーンの肩を叩く。

 だけど、水晶で出来てる巨体は動かない。律儀にジッターを運んでいる。


「はなしてくれよ!」


 どうする? 

 どうやって外す?

 時間を止めるか?

 いや接触してるレプラコーンごと動けるようになるだけ、せめて一瞬でも離れていれば時間差が付けらえるのに。

 壊せる方法はなにかないか。


(くそ! 俺がまともに戦える俳優アクトレスだったら!)


 ジッタークロックの”力”、使えるのは時間を早く動くだけ。

 時間停止と素早く動くだけ、それ以外には何も出来ない。

 何のモチーフなのかもわからない。

 だから出来ない。

 何も出来ない。


(それが、言い訳になるかよ!)


 考えろ、考えろ、考えろ。

 時間を止めずに考えろ、今止められたら一緒に運ばれる、距離が離れる。間に合わない。

 今すぐひねり出せ、アイデアを思い浮かべろ。

 この妖精から、靴屋の妖精レプラコーンから脱する手段があれば……


(靴屋の妖精?)


 ゴーグルを目につける。

 抱えられてるだけで両手は動かせる、それでみた。

 レプラコーンの両手にはサプライズが出した手袋、雨水に濡れてボサボサだが多分毛糸っぽい手編み。




 うーん? 国内で有名なヒーローのモチーフ?

 そうだなあ、シンデレラに、ターザンとピーターパン、あとグレーテルとかフランダースだろ。

 関西なら魔法の編み棒とか、あーあとあれだ。

 靴屋の小人さんってあるぞ。あれ知ってるか? 3つぐらい話があるんだけど、有名な寝てる間に靴を作ってくれるやつがあってな。

 あれ続きがあるんだわ。

 靴を作ってくれている小人に対してお礼として、靴屋さんが小人たちに小さな服をあげるんだ。

 そうしたらいなくなってしまうんだけど、残された靴屋さんたちは幸せになりましたっていう話でね。




 確かしもべ妖精とかの元ネタでもある。


(もしかして)


 手を伸ばし、ジッターを掴んでいるレプラコーンの手袋を勢いよく引きちぎった。

 ずるりとそこから体が崩れた。


「悪い!」


 もう片方の手袋も外し崩れ去るレプラコーンの残骸に一言詫びて、跳び出す。


 サプライズが、アウルマクスに追い詰められている。



「カット!」


 ――GO・REDN・TIMEゴー・ルデン・タイム――


 撮影発音シューティング・ボイスと共に時を止める。

 煌めく光、砂金が舞うような時間停止の世界。

 降り注ぐ雨が、一列に、無限に、剣山のように立ちはだかる。

 茨の檻の中に閉じ込められたよう。

 時間停止した世界における障害がこれだ。

 舞い散る砂はその場で停止して食い込み、降り注ぐ雨水は変幻自在に鋭く刺さる刃物で、火は触れたものを焼く熱を有している。

 だから事故現場や火事の中ではろくに役に立たなかった。


(ここから歩けと?)


 手を伸ばす、固い岩のような感触の雨。

 凍てついた氷のように冷たい。


(いやムリだ)


 それでも手を伸ばして、掴む。

 掴んで、歯を食いしばりながら掴む。


(だから!)


 解除し切れてない水飛沫、刃物のような形に皮膚が切れる、痛みを感じる。

 両手から血が滲んで――解けた。

 血に触れた硬直した雨が瞬く間に地面に落ちる。

 血が、自分から溢れ出る

 

「いけ!」


 血まみれになりながら突き進む。

 サプライズの目の前まで駆けつける。


 伸ばされたアウルマクスの手から、サプライズを押し飛ばして。



    「さらば「させるかあああああああ!!」


 その伸ばされた手の前に、自分の体を滑り込ませた。


 アウルマクスの手が体に触れていた。





 ◆




 手が触れた感触があった。


「?」


「やべ!」


 身体をねじり、ジッターが地面の上を転がる。

 慌ててジャケットを脱ぎ捨てる。


「あっぶねえ!?」


 触れられた背中に当たる位置からジャケットが黄金になっていた。

 まるで金細工のようにコ?トンと音を立てている。


「ジッター!! 無事か?! どこか金に!」


「大丈夫、せー「速度のせいか?」」


 間境を音もなく踏み越えて、偽鍮王が立っていた。

 しなるように振りかざされた手を、しゃがむように避けようとして。


(違う、狙いは!)


 突き飛ばされて立ち上がっていないサプライズ!

 迷いもなく、偽鍮王の打撃を――ジッターが血まみれの手で受け流す!


「てぇ!?」


 腕がもげるかと思った衝撃。

 手から溢れた血が金色に染まる。溶けた金のように染まるが、


「なに?」


 偽鍮王が声を漏らす。

 上げながらも鷲が飛び上がるような鋭い前蹴り。


「つぁ!!」


 ジッターが声を漏らす。

 痛みしか感じない手を握りしめて、足首、膝、腰、背中からの両腕を突き出して受ける。

 雨が大気と共に爆ぜた。

 ジッターの身体が放物線を描いて、数メートル後ろへと吹っ飛ぶ。

 ――のを、水飛沫を上げながら堪える。


「つええ……!」


 下手な怪塵の攻撃よりも重く鋭い。

 文字通り純金製の蹴りで骨まで軋んだ。


「じ、ジッター……手が」


 今の攻防の間に転がって来たのだろう泥だらけのサプライズが、ジッターを見上げる。


「大丈夫だ。くそ痛えが……なんともねえ」


 血まみれで擦過傷だらけだが、無事なジッターの両手を見た。

 へばりついた砂金だらけのジッターの手。


 


「あいつの手は、人間を金には出来ないみたいだな」


 それなら厄介だが。やりようがある。


「そんなわけがないだろう!? ミダス・タッチは人も黄金にする! 食べ物も、家も、自分の娘だって黄金に変えてるんだ!」


「えっ ならな「我が愛しき娘マリーゴールド


 混乱を遮るように、重く唸る言葉が被せられた。

 アウルマクスが突き出した脚を伸ばしたまま、首を傾げる。


「”少年少女のためのワンダ・ブックA WONDER BOOK FOR BOYS AND GIRLS.”。ナサニエル・ホーソーンによって付け加えられた一文にはこう叫ばれている」


 その足が舞台ポジション踏んだゼロ


「わしの大事な、大事なメアリゴウルドよ! 彼は叫びました、しかし彼女の返事はありません。なぜなら彼女は、金の彫像になってしまったのです!」


 大仰に両手を広げ、活々と叫ぶ黄金の仮面王。

 その目元は隠れて見えない。

 笑っているのか、それとも泣いているのか、それすらも黄金に隠れて見えない。


「この逸話は瞬く間に世界中に広がり、今やミダスタッチのあらゆる悲劇を超えたおぞましきエピソードとして知られている。そう、の齎す呪いはそれだけの説得力がある」


 けれども、その仮面越しの目はジッターに――未だ誰もモチーフを知らない俳優アクトレスを見つめている。


「なぜお前は金にならない、クロック。”時は金なり”とでも?」


 理由なんて、ジッターには――クロックにはわからない。

 彼自身すらも自分のモチーフはわからないのだから。


「さあな。動いて走る二宮金次郎かもしれないぜ?」


「それはまた勤勉だ。素晴らしいな、だが違うだろう」


 ジッターの言葉に、首を左右に振って偽鍮王は告げる。


「お前のモチーフは色々と考えていた。時間と空間のパラドックス・”アキレス”、相対性理論の認識変化・”アインシュタイン”、掴めぬ幸運の前髪・”カイロス”、素晴らしきヒーロー・”エイトマン”、境界科学フリンジサイエンスたるジョウント・”虎よ虎よ”……幾つも考えていた、が」


 指を立てる。


「確証が今見えた」


 ピタリとジッターを指差す。

 まるで名探偵の解き明かしのような仕草。


「それは”金の剥がされる物語”」


 王は解き明かす。


 己が息子のような名を告げた。









「”幸福の王子”」










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