第23話 親子

「あ!そういえば!」


 みんなと他愛ないことを話しているときに、僕はあることを思い出した。


 突然、僕が大きな声を出したことでみんなが驚いて目を見開く。


「どうしたんだムシキ?」


 お父さんが三人を代表して尋ねてくれるが、僕の思い出したことはあまり考えたくないものだったから非常に躊躇ってしまう。


 だけど、僕は意を決して一息ついてから口を開く。


「あのね……ここに来てから2、3時間だと思うのですが………今の竜皇国って……どんな状況なのかな……?」


 そう、僕が躊躇っている理由は、ということだ。


 つまり、僕が封印されていると思っているカレンが



 ―――この国を火の海と化しているかもしれない。



 もしそうだったどうしよっ!!


 テオドールだけではなく………無関係な国民さえも………。


 あぁぁああああ!!そう考えただけで………ブルブルブルブル………。


 恐怖のあまり激しい身震いをしていると、ソールが「ムシキ」と僕を呼んで現実の世界に引き戻してくれた。


「この空間は時間の干渉を受けないわ。だから安心しなさい」


「えっ……本当に」


 ソールはこくりと頷き肯定した。


 それを知って、まず僕がしたことはお父さんとお母さんの今の姿と昔の姿を比べることだ。


「じ―――っ」


「ムシキ?急に俺たちのことを見て……」


「ムーちゃん!もっと私のことを見てください!ほらほら!」


 僕に凝視されて不安になる父と見せつけるようにポージングをする母。


「………!」


 確かに、見比べてみると変わっていない。


 ソールの言う通り、時間の干渉を受けていない。


 ということは、僕の想像が実際に起こることは無い!


「はぁ~良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす。


 そんな僕を見てお父さんは「何だったんだ……あれは……」と呟く。


 一方、お母さんは両手を頬に当てもじもじとしながら妄想の世界へ旅立っていく。


 面白い―――それが僕の家族だ。


 僕は思わず頬を緩ませてしまうが、真剣な表情に戻す。


 ソールに聞きたいことがあった。


 それは―――とても重要なことだ。


「ソール」


「えぇ」


 僕が真剣なことを察知してか、ソールも真面目に聞くために傾聴の姿勢を取る。


 ソールは、先ほどこの空間は時間の干渉を受けない。


 つまり―――


「僕がここにいることを望めば、ってことだよね」


「………」


 ソールは沈黙した。


 おそらく、真実を告げてしまえば僕の意志が揺らぐことを恐れてしまっているかもしれない。


 それは自分と同じように―――過去に囚われ続けるということを示している。


 ソールは、そう考えているのだろう。


 だから、僕はソールに笑顔を向ける。


「大丈夫だよ」って伝えるように。



「…………!」



 ソールは顔をハッとする。


 ……伝わったのだろう。


 そして、ソールは僕の瞳を真っ直ぐに見て微笑んで口を開く。


「可能だわ。あなたがここにいることを―――望めば……だけどね?」


 ソールはいたずらっぽく笑う。


 僕は少し腹が立った。


 だって―――


「ソールは僕の答えがわかっているのに……そんな意地悪なことしないでよ!」


 プンプンと僕が頬を膨らますとソールが「ふふ……ごめんなさい」と言う。


「もう……ううん、それよりも」


 僕は、未だに困惑する父と妄想に浸る母へ視線を向ける。


「ムシキ……頑張って」


「ソール……」


 ソールが、少し寂し気な笑顔で応援してくれる。


 それを見て僕も自覚する。


 ここにいられるのも。


 お父さんとお母さんと会えるのも。


 ―――これが最後なのだと。


 僕は二人の元へ近づく。


 最後の別れと感謝を伝えるために。


「お父さん、お母さん」


「あっ、ムシキ。さっきのあれは何だったんだ?」


「あら、ムーちゃん。また私のことを観察したくなりましたか?」


 二人の疑問に、僕の勇気と気が抜けそうになる。


 相変わらずだな……二人とも……結構、シリアスなトーンで言ったつもりなんだけど……。


 でも―――二人らしいや。


 だから思わず「あははっ!」と笑ってしまった。


 当然、二人は笑うところなどあったのかと疑問を浮かべた表情をする。


「な、何だ……!急にムシキが笑ったぞアリア……」


「そう…ですね。まぁ可愛いので良いではありませんか」


「そういうものか?」


「そういうものです!」


 二人もお互いを見て笑い合う。


「………」


 この光景を見て―――永遠に続けばいいのにと願いそうになってしまう。


 だけど―――僕には助けたい人がいる。


 叶えたい夢がある。


「二人に言いたいことがあってさ……聞いてくれるかな?」


 お父さんとお母さんは、笑い合っていたがそれを止め僕の方へ体を向ける。


 その表情は真剣だった。


「………っ!」


 ……親の表情でもあった。


 それを見て、僕は泣きそうになってしまう。


 これで……本当に最後なんだ……。


 お父さんとお母さん……家族で笑い合うのも、家族に褒めてくれるのも、家族が傍にいてくれるのも……。


 だけど、僕は泣きはしない。


 二人に安心してほしいから。


 僕は一人になってしまうけど、友達や先生がいるから孤独じゃない。


 何より―――大切な……助けたい人がいるのだから。


『ムシキさん』


 僕はレフィーナさんを頭の中に浮かべ決心の思いを強くする。


 ―――揺らがないように、現実から逃げないように……負けないように。


 だから、僕はお父さんとお母さんに伝えたい。


 僕の夢を!


「僕……助けてあげたい人がいるんだ」


「「………」」


「そして……その人と……!」


 僕は、涙が溢れるのを必死に堪えるために強く拳を握る。


そして、言うんだ!



「――――竜騎士になりたいっ!」



「「………!」」


 僕の誓いの言葉がこの空間に響き渡る。


 お父さんもお母さんも驚きはしたが、すぐに微笑みかけて僕の言葉を待っている。


 これが本当に―――最後なんだ。


「だから……僕は………ここを出るよっ……」


 ついに、その言葉を口にした僕に計り知れない悲しみが襲ってくる。


 だけど、僕は二人の自慢の子だと誇れるようになりたいから


 ―――笑顔で告げた。


「「………」」


 お父さんとお母さんの間に沈黙が流れると突然、二人が僕のことを抱き締める。


 ―――声を震わせ泣きながら。


「お父さん……お母さん……?」


 僕は二人を不安にさせるようなことを言ってしまったのかな?


 そんなことを思っているとお父さんが口を開く。


「ムシキの夢……応援するよ……だから……何があっても……負けるな」


「うん……絶対に負けない………叶えてみせる」


 そう、僕は誓いの言葉を紡ぐとお父さんは小さく笑った。


 すると、お母さんが「ムシキ」と僕を呼んだ。


「私たちを……助けるために……頑張ったあなたを………誇りに思います」


「お母さん……家族を助けるために……頑張ることなんて……当たり前だよ」


 僕がそう言うと、お母さんは悲しみを含んだ声で続ける。


「ですが…それは……ムシキを縛ることになってしまいました……」


「………っ!」


 そんなことはない!


 僕は二人を助けたくて……また一緒にいたくて……笑って過ごしたくて……縛られているだなんて―――一度も思ったことは無い!


 僕は自分が助けたくて頑張って生きて来たんだ!


「それはちが―――」


「いいからお母さんの話を聞け」


 僕がお母さんの『縛る』を否定しようとした瞬間、お父さんが僕を軽くたしなめる。


 僕はうんと頷き、お母さんはお父さんに微笑みかけていた。


「ムシキ……今のムシキは自分のために生きようとしていますね……」


「うん……レフィーナさんを助けて………一緒に竜騎士になりたい」


 そう言うとお母さんが「はい……」と微笑みかえて僕の瞳を真っ直ぐ見て告げる。


「私たち親は、自分の子には自分のために生きて欲しいと願っています……」


「うん……」


 「だから、親としての夢を叶えてくれた、あなたがいてくれて」


―――私はとても幸せです。


 その瞬間、必死に堪えていた涙が溢れ出てしまう。


「うぅ…っぐ……うぅ……」


 僕が泣き出してしまうと二人は優しく抱き締めてくれる。


 それは―――僕が小さい頃によく泣いていた時にしてもらっていたことだ。


 心の中が温かさで一杯になる。


 幸せなのは……僕の方だよ。


 こんなに愛してくれて、寄り添ってくれて、褒めてくれて。


 小さい頃は自分が不幸だと思い込んでいた。


 だけど、違ったんだ。


 僕は確かに幸せだった……恵まれていた。


 それ今、この瞬間が―――教えてくれた。


 だから、一生懸命に生きよう。


 それが僕にできる―――最大限の親孝行だ。


 そう心に誓いながら、二人を抱きしめ返した。



 すると、二人の間からが立っていた。



「………!」



 僕は急に現れた少年を見て驚くが、すぐに口角を上げてしまった。



 なぜなら、僕たちに向かって―――満面の笑みでありがとうと伝えていたから。



 しかし、瞼を開けた瞬間、彼はどこかへ消えて行った。



「さようなら……」



 小さく……そう呟いた。

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