第2話 一念発起

 戦闘空間せんとうくうかんが消える。

「ありがとうございました!」

 あかい服の少女は、さわやかにお礼を言った。

 青年は、黒い格子柄こうしがらの服に戻っている。畑の通路に置いていた荷物を持ち、マンザエモンのいる小屋に歩いていく。

「いいお弟子さんですね」

「ナツゾラさんには分かるじゃろう? 彼女に足りないものが」

 師匠ししょうはいつになく真剣だった。

「心が成長すれば、肉体と精神体を分離できるときが来るかもしれませんね」

「そうじゃろう、そうじゃろう。ところで、ヤヨイを一緒に連れていってやってはくれんか?」

「残念ながら、私には用事があるので」

「そうか。残念じゃのう」

 二人は、ヤヨイの意見を聞かずに勝手に話を進めようとしていた。少女がほおをふくらませる。

「ちょっと、ずうずうしいですよ。師匠ししょう

「いえ、気にしていませんよ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 禿頭の年配男性は調子が良かった。

「私にできるのは、能力者の聖地せいちについて話すことぐらいですね」

 少女の瞳は輝いている。

「詳しく聞かせてください! ナツゾラさん!」

 いまにもメガネの青年に飛びかかりそうな勢い。相手に気圧される様子はない。

「船で北の国へ渡り、列車で大陸を渡った先の東の国。聖地せいちと呼ばれる町はそこにあります」

「凄そうなところですね」

「ええ。私よりも強い者がいますよ」

 さらりと言ったナツゾラ。

「ワクワクしてきますね!」

 ヤヨイは、無意識にこぶしを握りしめていた。目に炎を宿す。

「青春じゃのう」

 師匠ししょうはしみじみと呟いた。

「すぐではないと思いますが、気が向いたら私も行きます」

 わずかに表情を曇らせて、ナツゾラが微笑んだ。


 麦わら帽子姿のヤヨイが、畑を耕す。

 ナツゾラとマンザエモンは話をしていた。ヤヨイは休憩するために、二人のいる小屋へと向かう。

 メガネの青年は疑問を口にする。

「ところで、こぶしを使って戦っていませんでしたが」

「武器相手に、どうすればいいんですか」

「まだまだじゃな」

 しばし、縁側で和やかな会話が繰り広げられた。

 ナツゾラはお礼を言って去っていく。東からの日差しを浴びて、姿がどんどん小さくなっていく。

師匠ししょうって、本当にすごかったんですね」

「昔の話じゃよ」

 師匠ししょうは、古びた写真を見つめていた。

 タンスの上の写真立てに、心なしか悲しそうな顔をした少女の姿があった。白黒写真のため髪は白く見える。

模擬戦もぎせんでもやるかのう」

「はい! お願いします!」

 ダメージを与えるのではなく、有効打を規定数与えたほうの勝利。

 精神力を消耗した弟子への配慮で、勝負でも手加減している。師匠ししょうは優しすぎた。


 翌日。

 まだ日は出ていない。

 あまり高くない山の上にある、和風の平屋の前。

「ありがとうございました」

「寂しくなるのう」

 黒に近い深い紫色むらさきいろの服を着た師匠ししょう。言葉には、感情がこもっていた。

師匠ししょうのすごさは皆に伝えておきましたから。きっと、弟子にしてくれって言ってきますよ」

「まあ、なんだ。いつでも戻ってきなさい」

 すこし照れた様子で言って、年配男性が優しそうな笑顔を見せた。

 十代半ばの少女は、軽く頭を下げる。

「いってきます」

 荷物を背負ったヤヨイは師匠ししょうの家をあとにし、坂道を下っていく。作業着をはいていないので、健康的なふとももがちらりと見える。

 日が顔を出すときは近い。じょじょに明るくなってきた。小さな鳥が、ホーホケキョとさえずった。

 田舎の風景を眺めている少女。さみしそうな表情ではない。

 ヤヨイは、時間よりも早く乗合自動車のりあいじどうしゃの停留所にやってきた。一日に数本しか運行していない。

 南を向いて、まんなかに白線の引かれていない道を見つめる。

「寂しくなるね」

 椅子に座って待っていた少女に、同じくらいの歳の少女が話しかけた。

「戻ってくる頃には、ヤヨイより強くなってるからな。見とけよ」

「同じく」

「これから弟子にしてくれって言ってくる」

 四人の少年少女たちは、思い思いの言葉を伝えた。

 目からこぼれ落ちそうな輝きをこらえて、立ち上がるヤヨイ。

師匠ししょうは優しいから、厳しくしてくださいって言ったほうがいいよ」

 四人が何かを言う前に、乗合自動車のりあいじどうしゃがやってきた。二十人は乗れそうな大きさ。

 荷物を背負ったロングヘアの少女は、運転手しか乗っていない細長の車に乗り込んだ。整理券を取る。

 車が北へ向かって走り出した。

 一番うしろの席に座った少女は、窓の外の少年少女たちの姿が見えなくなるまで、手を振っていた。



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