第17話 再邂
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『異質』、その言葉がこの場所を言い表す一言だ。
地下に広がる灰色の無機質な空間はあのテーマパークの劇場とはまた違った恐ろしさを感じる。
「暗いから気を付けて進め」
「うん…………」
幅の狭い壁にはトマトジュースをぶちまけたかのような赤いシミが付着していたり、通り過ぎる扉からは時折男の人と思われるうめき声が聞こえるような気がして来たりする。
もしこの建物に七不思議があったらその内の五つぐらいはこの場所が話の舞台になりそうダ。
ここは天門台の後ろ暗い部分であると同時に人類を救い手になり得る最前線。数多のホシの死骸が眠る墓場であり研究者にとっては貴重なサンプルを多数保管している試験管。
天門台ニホン支部の地下十三階、収容区画。
この別世界のような空間をわたし達はある場所に向かって歩いていた。
「やはり怖いか? 足が震えているぞ」
「大丈夫ですヨ。これぐらいのこと普段の任務に比べればなんともなイ」
「ここのことじゃない。イブキと会うことが怖いかと聞いたんだ。君は直接見ただろうが彼女はつい先程まで死んでいたのだ。もしかしたら、と思ってしまうのも仕方ないことだろう?」
「……………………大丈夫。イブちゃんは強いかラ」
進みながら決意の言葉をエレン支部長に伝える。が、口ではこう言ったが本当はとても怖かっタ。
あの氷のような頬の冷たさ。焼け焦げた肌に、開かれなかった瞳。
全部が全部、イブちゃんが死んじゃっていたことをわたしに伝えていた。
怖い、怖いよ。胸が張り裂けそうになるぐらい怖い。
「でも、躊躇ったらまた消えちゃう………………」
「………………さあ、着いたぞ。この扉の奥に彼女がいる」
そうして収容区画の最奥、『Zー9』と書かれた部屋の前でわたし達は足を止めた。
重厚な鉄の扉、まるで猛獣を閉じ込める檻のようだ。
「ハト、改めて聞かせてもらうぞ。この扉を開けばイブキが眠っている。君はこの扉を開けるか? 今なら引き返すこともできるだろう」
エレン支部長は真剣な眼差しで見つめながら問う。
もちろんわたしの答えは決まっている。
「わたしはイブちゃんの親友なんだ。だから彼女に何があってもわたしが支えル」
「……………わかった。それでは入るぞ」
ギィという鉄が擦れる音と共に扉は開かれ、わたしはイブちゃんが眠る部屋へと一歩踏み出した。
最初に感じたのは肌色の光。廊下の暗い雰囲気とは正反対の目に優しいライトがわたしを出迎えた。
「う、眩しい…………」
とはいえ先程まで薄暗い廊下を歩いていたわたしの目にこの光は少し刺激が強かったので、手で光を遮り目を慣らしていく。
そうして徐々に光に目が慣れていくと、部屋の景色がゆっくりと映し出された。
綺麗な白い壁に囲まれ、中から微かな薬品の匂いが香り、見たことのない計器からは断続的に機械音が聞こえる。
一見すればただの病室だ。しかし一つだけ病室には決して置かれるはずのない物が置いてあった。
「
それはホシの動きを止めるための罠型兵器。わたしの十八番の得意武器であり、手足に等しい相棒、扉の近くにある起動スイッチを押せばすぐさま起動しそこにいる者を閉じ込める電流の檻。それがベッドの周りを囲うように四つ。まるで獣を縛る拘束具のように設置されていた。
そしてその中心で彼女は幸せそうな表情を浮かべながら眠っていた。
「イブちゃん…………!」
傷跡一つ存在しない綺麗なピンク色の顔、透き通るほどに美しく伸ばされた黒髪、そして微かに聞こえて来る寝息の声色。
その全てが生きているという証明。わたしの大切な親友がそこで生きていた。
「生きてる、イブちゃん…………」
心からの安堵の言葉が漏れる。
同時にその手を伸ばし彼女の手に触れた。
━━━━暖かい。まるで産まれたばかりの赤ちゃんの手に触れたような暖かさ。そしてイブちゃんが生きているというのが手を通じて伝わって来る。
「………………生きててくれたぁ」
よかった、本当によかった。溢れ出た涙で前がよく見えない。それでもわたしは彼女が生きていたことがただただ嬉しくて涙を流し続ける。
これで打ち明けられる。あの日の誓いを守ることができる。また二人で一緒に笑え合える。劣等感とか優越感じゃない、純粋な笑顔で。
━━━━イブちゃんと本当の親友になれるんだ。
「……………………ここに運ばれた時、彼女はヴィーナスから受けたであろう攻撃の影響で全身の皮膚が熱傷しており、一部の皮膚は壊死、吐き気がするほどに凄惨な姿だった」
「………………え?」
「心臓は強いショックにより停止、それにより脳への酸素供給も止まっていた。つまり、━━━━あの時の彼女は確かに死亡していたんだ」
エレン支部長の言葉は頭を鈍器で叩かれたかのような強い衝撃となってわたしを襲った。
「だがその死亡が確認された直後、彼女は息を吹き返した。それだけなら神からの奇跡として受け止められた。しかし先程まで確かに存在した傷跡や火傷が全て無くなっていたのなら話は違う。これは明らかな異常だ」
淡々と、しかし厳格なエレン支部長の説明の声。その一言一言がわたしの耳に入るたびに頭が強く揺さぶられる。まるで虫籠を揺らされて遊ばれる昆虫のように。
「異常は解明せなければならない。もし放置すれば人類に害を為すかもしれない」
「………………」
その言い方は、まるでイブちゃんが………………
「う、うぅん…………」
「………………何だと?」
━━━━━その時だった。ベッドからぼんやりとした小さな声が鳴り響いた。わたしとエレン支部長は声のした方へと顔を向けその声の主を見つめる。
声の主は先程の鉄の扉を開くようにゆっくりと瞼を開き、トロンとした瞳をわたし達へと見せた。
「ん…………あぁ、うわぁ…………」
「イ、イブ…………ちゃん?」
あやふやでおぼつかない声が部屋の中に響き渡る。その声色はわたし達の知っているイブキという人物像から大きく乖離していた。そんな普段の彼女とは程遠い様子にわたしは困惑しながら名前を呼びかけることしかできない。
しかし言葉が伝わったのか、彼女はベッドに横になりながらわたしの頬へと手を伸ばし。
━━━━━思いっきり頬を抓ったのだった。
「い、いてててて!」
「んあー、いへへ! んきゃあ!!」
思いもよらない痛みにベッドから後退さってしまう。
そんなわたしを見てイブちゃんは「ぶー!」と言いながら頬を膨らませていた。
わけがわからない! 一体何が起こったノ!?
「緊急事態だ、すぐに部屋から退室するぞ!」
「え? あのエレン支部長、ちょっト!?」
その時だった、エレン支部長はわたしの腕を強く引いて歩き始めた。この状況に困惑しているわたしはなす術なく連れていかれ部屋を後にする。
そして薄暗い廊下を足早に進み続け、地上へのエレベーターに乗ったところでわたしは解放された。
「あの、エレン支部長イブちゃんはどうして…………」
「ここでは話せない、詳細は私の部屋で話す。……………ドクター・ハロルドか。被験体Aが目を覚ました。至急鎮静剤の投与と検査の準備を。…………ああ、B1までの装備は認める。もし襲って来るようなら迷わず撃て」
エレン支部長は、わたしの問いに簡潔に答えると気丈な様子で電話で指示を出していた。
だけど、そんな彼女が激しい焦燥感に包まれているということを、額に流れる冷や汗が教えてくれていた。
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