時の止まった島で、龍神は自らの死を希う~頼りない眼鏡男子のアイツが超チート魔神化して大剣の使い手となった理由~
kayako
第1話 魔獣とポニテと優柔不断眼鏡
白い月へ舞い上がる、紫紺の血飛沫。
俺が背中に装着した『翼』から飛び出した大出力の雷撃が、一撃で『奴』を仕留めた瞬間だ。
訓練と称しながらこんな戦闘に駆り出され、何回目になるだろう。
ちょっとは気に入っていたサックスブルーのワイシャツが、大量の返り血で完全に紫になっちまった。
背に装着した『翼』を翻しつつ、俺は風向きを慎重に読みながら地表に降り立った。
同時に俺の背後で、今の今まで暴れ狂っていた『奴』が、どうと音を立てて倒れていく。
冷たいコンクリの地面に倒れた異形。どうにか人間の形状はしているものの、頭部からは計4本もの醜い角が不規則に生え、腕も胸も脚も、全身の筋肉という筋肉が異様に膨れ上がり。
ほぼ全ての皮膚が、真っ黒に染まり切っている。
紅に染まり、爛々と輝く眼球。二つの眼球の間、額にあたる部分には、恐ろしく澄み切った大きな青水晶が出現していた。
そいつは――
まさに怪物。
俺たちが通常、『魔獣』と呼ぶもの。
左腕だったはずのあたりに僅かに残った、紫のブラウスの残骸。それだけが、奴が元は人間だったという微かな証明だった。
それを今、俺はこの手で何とか成敗した。
周囲のビルが散々に崩れ落ち、怪我人も多数出た果てに――だが。
魔獣は既に俺の『翼』を使用した一撃によって、完全に地に伏している。
しかしまだトドメにはならない。奴の額に輝く、青水晶を破壊するまでは。
それを見透かしたかのように、上空から場にそぐわない、能天気な声が鳴り響く。
「ナーイス、
行っくよぉー!!」
俺のすぐ横を駆け抜けてきたのは、栗色のポニーテールと大きな桜色のリボンがちょっとは可愛く見える、セーラー服姿の少女。
――いや。少女というには実は若干語弊があるので、一応ポニテと言っておこう。
とにかくそのポニテが、ゆうに身長の3倍ほどの長さを誇る巨大鎌を軽々と操りながら、その切っ先を容赦なく青水晶に打ち降ろした。
背中に担いでいた時点では普通の長さに見える鎌。それをあいつがいざ構えた途端に巨大化するさまは、何度見ても目を疑う。
――とはいえ、俺自身も似たようなものだが。
月光の中、夥しい紫と共に舞い散る、無数の硝子片。
それは魔獣の青水晶が破壊され、完全に魔獣が沈静化した証明でもある。
「やった、やったぁー!
巴クン、またもやお手柄ダネっ♪」
しゅうしゅうと嫌な臭いを伴いつつ蒸発していく、魔獣の体液。
それを背にしながら、鎌を手にしたままポニテは飛び上がってはしゃいでいた。
勿論俺と同じように、返り血をそのセーラー服に散々浴びながら。
毎度ながら血なまぐさい光景ではあるものの、こうして褒められるのは
――やっぱり、悪くねぇ。
しかし、若干得意になった俺の気分をそぐように。
背後から、おずおずとした声がかけられた。
「巴君、やっぱりすごいなぁ……!
今晩でもう、100体目の魔獣討伐だよね。新人としては滅多にないハイペースだって」
小声でそう言いながら、俺たちが臨時の避難所にしていた廃ビルの陰から、ひょっこりと顔を出してきたのは――
エメラルドグリーンのやたら大きい瞳が印象的な、眼鏡でスーツ姿の男。
顔立ちはそこそこ整っているものの、どちらかといえばイケメンというより童顔の優男というイメージが強い。
飛び散った魔獣の体液や水晶の欠片を慎重に確認しながら、そいつは手元のタブレットでそそくさと戦闘データを分析し始めていた。
その背中にはご立派な大剣が装備されているものの、こいつがその大剣をまともに使えたことは一度もない。
俺より一応年上らしいが、仕事上は俺と同期である。
そして俺と同じく、魔獣退治の力を持つ人間。
――の、はずだが。
「おい、
俺は苛立ちを隠せず、そいつに呼びかけた。
「いくら新人ったって、お前だって俺と同じ。地域守備局に入ってもう1か月だぜ?
なのに今日も、何で後方支援だけなんだよ。先輩からはとっくに、神器使用の許可は出たはずだろ?」
そいつ――
八重瀬
「い、いや、だって……
僕は魔獣のデータ分析を主業務に、っていう話で呼ばれたわけで。
巴君たちみたいに、バリバリ前線で戦えるような人間じゃないし……」
またコレだ。
こいつの、どこか優柔不断なもの言いにはいつも苛々させられる。
「データ分析だったら、本部のオペレータがいくらでもやってくれる。
その大剣は飾りかよ?」
「う……」
その時、険悪なムードになりかけた俺たちの間に、強引に割って入る声。
「まーまー、もういいじゃん♪
巴クンも八重瀬クンも、メッチャ頑張ったんだし。そこまで被害も広がらなかったんだから」
さっきのセーラー服ポニテが、ニコニコと朗らかに話しかけてきた。
こいつは俺より業務上は2年先輩だが、俺とは同年代の高校生だ。
「
兄貴がこの前ケガしたばっかだってのに、よくそんな」
「それよりそれより!」
ポニテはポニテを楽しげに揺らしながら、地面に飛び散った魔獣の血を指さした。
「この紫色見てたら、さつまいものモンブランが食べたくなっちゃったー♪
守備局の近くで美味しいお店見つけたんだよ。巴クン、明日一緒に行かなーい?」
こいつが普通の女子高生なら、願ってもない誘いだったが――
血と肉がぼたぼた滴る鎌を背中に構えたまま、目を輝かせて言う台詞じゃねぇよな。
**
時は2040年。
この国――日本は今、『魔獣』と呼ばれる謎の怪物が各地で跋扈している。
元は普通の人間だったはずの存在が、額に水晶を埋め込んだ異形『魔獣』と化し、暴走してはあらゆる災害を引き起こす。
数百年もの昔からたびたびこいつらは発生していたそうだが、政府によりその存在と発生過程は秘匿されていた。勿論、正体が人間であることまで含めて。
だが、この魔獣どもがやたら大量発生し始めたのが、ほんの数年前。
魔獣の大量発生により当然国は荒れ、混乱に陥った。
魔獣化の原因は一応、世間的には『不明』とされているが――
俺たちは知っている。その原因が、過労と人間関係の不和からくる度重なるストレスであることを。
さらに言えば、殆どのケースが何故か、会社関連のトラブルに起因している。例えば超ブラック労働、パワハラ、モラハラ、理不尽な解雇などなど……
魔獣は一度暴れ出すと手が付けられない上、元が人間だ。
普通に通常火器で退治してしまうと、人間を殺害するのと変わらない。その上火器が役に立たないケースも多いときた。
それ故、『魔獣を殺さずに沈静化させ、かつ、人間に戻す』――
その力が何よりも必要とされた。
そこで政府は『地域守備局』と呼ばれる、魔獣の発生予防及び殲滅を目的とした超法規的組織を設立。
その中でも俺たちの所属する『心療課』は、魔獣撃退可能な力を持つ人間を集めて結成された、いわば魔獣討伐専門部隊である。
力とはすなわち、血。
政府の調査によれば、魔獣に対抗できてなおかつ人間に戻す為には、特殊な血液が必要らしい。
その血を持つ人間は、やたらと数が限られている。
だからこそ――
16歳。まだピッチピチの男子高校生であるはずの俺、
進路をどうするかで悩んでいたら、いきなりグラサンに黒ずくめのスーツどもが家にやってきたあの時は家族全員、腰を抜かしてたな。誰かがまたヤバイ借金でもしたのかと。
そしたら『この国を救う為、由自様のお力をお貸しください!』とそいつらに土下座され、ほぼ無理矢理連れ出された。
――それが俺の、血で血を洗うブラック労働生活の始まりだった。
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