第89話 クロの褒美

 狭いテントの中に連れ込まれた俺の肩の上に、白く細いクロの腕が乗っている。こんなに細腕なのに凄まじい力だ。


 ガシッ、ギギギギギッ!


 試しにクロの手首を掴んでみたが、まるで大地に根を張った巨木のように全く動かせない。


「ぐぐっ、う、動かない……」

「ほほほ……無理じゃな。力比べでわらわに勝てるはずもなかろう。ペロッ、どうしてくれようか」


 端正な口が開くと赤い舌が見えた。そのままクロは自分のくちびるをペロッと一回転させる。まるで捕食者のように。


(あれっ? これってまさに捕食姫プレデターじゃないか? 何で俺の周りにはグイグイくる女子ばかりなんだぁああ!)


「くっ! 誰か、誰かいないのか!」


 四人を眠らせてしまったのを後悔しても、もう遅い。だが、俺は最後の希望を見付けようと周囲を見回した。


「フヒっ、フヒヒっ……」

「あれ?」


 すぐ隣にアルテナがいた。ちょっと……いや、かなりフヒっているが。


「お、おい、アルテナ、クロを何とかしてくれ」

「これは、い、良いものを見せてくれそうでしゅ」

「は?」

「やっぱりアキしゃんは最高れす……」

「おい、アルテナは何を言ってるんだ?」

「フヒっ、アキしゃん総受け……」


(ん? ソウウケ? って、もしかして……)


 総受け。必ず俺が受けになる。つまり、全てのキャラから攻められる……。


「総受けって、そういうことかぁああああ!」


 好きな趣味は誰に遠慮することなく楽しむよう言った手前、今更止めることなどできない。

 しかし、まさか俺が攻められるのを見て興奮するとは。

 冒険者ギルドの受付嬢といいアルテナといい、男が攻められるの見て興奮する女子多過ぎ問題だ。


(アルテナはフヒってるから助けは期待できない。ここは俺が何とかするしかない。例えそれが、圧倒的戦力差があろうとも)


「だがしかし、俺は屈しないぞ! レイティアたちに誓ったんだ! 絶対に幸せにすると!」


 俺はハッキリと言い放つ。大切な人を守るのだと。

 艶っぽい表情をしていたクロだが、俺の言葉で雰囲気が変わった。


「そなた、やはり面白い男じゃな。金や権力でも動かず、わらわの色香でも動かぬか」


「俺は……ハズレスキルの支援職サポーターで、攻撃スキルのない冒険者だった。そして俺はパーティーを追放され、路頭に迷っていたんだ。そんな俺を温かく迎え入れてくれた皆には恩がある。俺は……俺はバカだが恥知らずじゃない! 恩を忘れて金や権力でクロさんの側役にはなれないんだ!」


 すうっ――――


 クロの目が据わる。


「やはりそなたは良いな。このわらわを前にして肝が据わっておる。ここでそなたが金や権力や色香に惑わされる俗物であったのなら、わらわは興味を失い骨も残らず食い殺していたであろうな」


「く、食う? ガチで食うのか……?」


「それに……そなた面白いスキルを持っておるようじゃ。ほう、これは珍しい」


(スキルだと!? 俺のスキルを鑑定したのか? アイテムの鑑定なら鑑定士のスキル持ちはいるけど、他人のスキルを鑑定するなんて凄い希少なのでは?)


「お、俺のスキルが分るのか?」


「おうおう、わらわは世界のことわりを統べ森羅万象に干渉する神に等しき存在。不可能など無いのじゃ」


 世界のことわりとは一体何のことだ。クロは何者なんだ。


「スキル【専業主夫】か、料理を生み出すスキルのようじゃが、本質はそこではない。あらゆる属性を取り込み分解再構築……固有結界魔法により再現……。これは興味深い」


「俺のスキルの原理が分るのか?」


「なるほど、そういう訳じゃったか。嫁属性……心と体を重ねて……。これは面白いぞ。ならば賭けをしようではないか」


「賭け……?」


 クロが俺に体を密着させる。


「わらわからの褒美じゃ。受け取るが良い。その力を活かすも殺すもそなた次第。もし、そなたが力に目覚めれば、この世界を制する伝説的勇者になれるであろう。しかし、そなたのスキルは加護と呪いが表裏一体じゃ。賭けに負ければ……わらわの絶大な力で身を亡ぼすであろう」


「は? はああ!? 何を……。も、もしかして……嫁の加護を……」


(クロは俺に何をした? スキルを解析し原理を理解したはず……。加護と呪い……。も、もしかして!?)


「これでわらわもアキの嫁じゃ。まあ、今夜は添い寝だけで許してやろう」


「おい、何をした? おい!」


 クロは俺に手足を絡ませたまま眠ってしまった。あんなに怖い存在なのに、寝顔は意外と可愛い。とか、そんなことを考えている場合じゃない。


「あふっ、ね、眠い……れす」


 バタッ!

「うわぁああっ!」


 寝惚けたアルテナまで俺の上に倒れ込んできた。


「おい、起きろアルテナ。そこで寝るとマズいって!」

「ごにょごにょ……フヒヒっ、わらしは無職魔王になるぅ」

「なに言ってんだこの子は? 中二病か!?」

「わらし二十歳はたちれすぅ……むにゃむにゃ」

「俺より年上かよっ!」


 その夜、俺はクロとアルテナにガッチリ両側からロックされたまま眠ることになった。二人の底知れぬ魔力を感じ全く体を動かせないまま。


「このパターンはマズい! 本当にマズいんだぁああああああああああああ!」


 そして俺の意識が遠のき眠りの国に沈んだ。


 ◆ ◇ ◆




 チュンチュンチュン――


 朝の静寂の中に小鳥のさえずりが聞こえる。いつの間にか眠ってしまったようだ。


 ガバッ!


 起きて先ず自分のスキルを確認した。


「だ、大丈夫だ。スキルは覚醒してない。嫁の加護も増えてないぞ……」


 原理は分からないが、クロの加護が付いていなくてホッと胸を撫で下ろした。

 ただ、クロの言葉が引っかかる。


「褒美を受け取れ……世界を制する絶大な力……。何のことだ?」


 クロにばかり気を取られていたが、俺は重要なことを忘れていた。そう、酔わせて眠らせた彼女たちである。




 朝食を作ろうとした俺を待ち構えていたのは、ジト目で俺を見るお姉さんたちだった。


 ジィィィィィィィィ――

(くっ、皆に怪しまれている気がする)


 不意に、俺の耳元に顔を寄せたレイティアがささやいた。


「ねえ、アキ君? 夜は何処に行ってたのかな?」

「ギクッ!」


 ビックリして体を硬直させた俺に、アリアが首筋をクンクンしている。


「アキちゃん、他の女の匂いがする……」

「ギクギクッ!」


 俺の反応を見たシーラが、わなわなと体を震わせている。


「アキっ! あ、あんたまさか……」

「や、やってない! 何もしてないから」


 実際に何もしていない。クロに襲われかけたが、結局何もせず眠っただけだ。

 そんな俺の状況を面白そうに見ていたクロが、まさかの救いの手を差し伸べてきた。


「アキは何もしておらぬぞ。この男、意中の女子おなごを想う気持ちは本物じゃ。わらわの誘惑に屈せぬとは見上げた心意気じゃぞ。褒めて遣わす」

「「「えっ!?」」」


 クロが否定したことで、お姉さんたちの態度が一変する。


「うんうん、アキ君が浮気するわけないよね。ボクは信じてたよ」

「おい、レイティア。さっき怒ってなかったか?」

「細かいことは良いだろ。アキ君♡」


 レイティアの機嫌が直った。むしろ上機嫌だ。


「さすがアキね。アタシは信じてたし」

「おいシーラ。さっき疑ってただろ?」

「うっさいわね。細かいことは良いのよ。ふふん♡」


 シーラも上機嫌になった。


「アキちゃん♡ 他の女の匂いは私の匂いで上書きしないとね♡」

「あ、あの、アリアお姉さん、マーキングは控えてください」


 アリアも上機嫌だが、この機に乗じてイケナイコトをしようとしているようだ。


「ほら、朝食を食べたら出発しよう。早く調査を終えて帰らないとな」


 クロの態度の変化や昨夜の発言が気になるが、実際に何もしていないのだから問題無いだろう。

 ここは華麗にスルーして先に進むしかない。

 ジールが『がるがる』と唸っているが、そっちも当然スルーだ。


 ふとその時、シーラの様子がおかしいのに気付く。


「あ、あああ……」

「おい、シーラ?」

「ややや、ヤバいわよ。何よこの数は……」

「おい、どうした?」


 シーラの慌てぶりをみたクロがボソッとつぶやいた。


「ほう、もう察知したのかえ。さすがハイエルフの魔力探知能力じゃな」


 ガタガタガタガタガタ――


 シーラが小さな体を震わせながら声を上げる。


「凄い大軍よ! 千、二千、いや、もっと。三万以上! これどうなってんのよ! 凄い数の魔物の群れが近付いてくる!」


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