第80話 超魔力の少女と無魔力の女

 多くの魔族が住む北方領域と境界を接するアストリア王国北部の広大な森には、大きなダンジョンが存在している。

 なんでも千年以上昔の高位魔族が作ったと伝承が残っているのだ。


 このダンジョンから主にモンスターが発生しており、冒険者の討伐クエストの対象となっていた。

 ただ、最近では森の北部から大量の魔物が発生しているようで、冒険者による討伐が追い付かない状態だ。


 このままでは魔獣スタンピードになりかねない。そう、王国東部グロスフォードの時のように。


 俺たちパーティー閃光姫ライトニングプリンセスは、国王直々の重要クエストの為、北部の森を抜け魔族領域の調査をしようとしていた。


 勿論、スタンピードだけではなく、新魔王や黒竜王の動きを探る為でもある。



「ふうっ、やっと北部森林域に入ったか。もうすぐ魔族領域に入るから気を付けよう」


 俺は後ろを振り返って声をかけた。


「アキ君、そろそろご飯かな?」


 レイティアが腹ペコヒロインみたいなセリフを言っている。


「レイティア、さっき食べたばかりだぞ。もうちょっと進んでからにしよう」

「そ、そうだったかな? あと、お姉ちゃんだぞ」

「はいはい。お姉ちゃんお姉ちゃん」

「心がこもってないぞ。もうっ」


 そうなのだ。どうも彼女たちが俺の料理を食べてからというもの、まるで依存症のようになってしまっている。俺のスキル【専業主夫】は、料理を食べた女性をとりこにする危険な能力でもあるのか?


「くぅ、くやしいけどアキの料理に負けちゃうし。体が欲してるのよね」

「ああぁん♡ アキちゃんが欲しいのぉ♡」


 シーラとアリアも依存症っぽい。アリアは違う意味の気もするが。


 そして、さっきから黙って話を聞いていたジールが口を開く。


「くっ、どうもお前は私の分だけ雑によそう気がするのだが」


 そういえば、くっころ・・・・女騎士ジールも一緒だ。前回のグロスフォードでのクエストに引き続き、今回も臨時メンバーになっている。


「雑になんかしていないぞ。皆平等だ」

「そんな訳あるかっ! 今朝だって、私のミソシルだけご飯にぶっかけてあったぞ!」

「あれはねこまんま……おじやという料理だぞ。美味かっただろ?」

「た、確かに美味であったが……。くぅ、何か納得できん」


 ちょっとジールで試してみたが、ミソシルとご飯を一緒に煮込むと凄く美味しいのだ。これからはメニューにしよう。


「ところで、ふと思ったのだが。ジールって竜化できるんだよな?」

「ああ、私は誇り高き上位竜だ」


 そこで俺は気付いた。


「ならドラゴンになったジールの背中に乗って行けば、森を抜けるのもひとっ飛びなのでは?」

「そ、そう言えば……」

「おい」

「ひゅーひゅー」


 ジールはそっぽを向いて口笛を吹いている。吹けていないが。


「まあ、あまり目立つものマズいからな。ここからだと魔族領域が近いからドラゴンに乗るのは止めておこうか」


 これからは王国領内で移動する時はジールに乗ろうと思う。


「くふぅ♡ 私に首輪をつけて羞恥の飛行をさせる気なのか……。相変わらず鬼畜な男よ……」


 ジールが何か言っているがスルーだ。


 ◆ ◇ ◆




 この森と魔族領域との間には険しい山脈が幾重にも重なっており、アストリア王国とヘイムダル帝国の国境付近にある渓谷が魔族領域への通り道となっている。


 俺たちが渓谷を通り魔族領域に入った頃にはレベルもかなり上がっていた。

 ここまで大量のモンスターを倒しながら進んだからだ。


「現在、俺のレベルが52、レイティアが66、アリアが70、シーラが93か。かなり上がったな」


 支援職サポーターである俺が52まで上がったのも凄いが、他のメンバーもかなりの上級者だ。元から強いステータスがレベルアップで凄まじいものになっている。

 シーラに至っては伝説級冒険者レベルな気もするが。勇者パーティーにいても不思議ではない。


「私はレベル77だ。どうだ凄いだろ!」


 ジールが勝ち誇った顔をしている。何か悔しいのでスルーしておいた。


「くっ、貴様だけだぞ。この上位竜の私を無視するのは。だがそれが良い♡」



 日が傾き木々の隙間から見える空が赤く染まろうとした頃、シーラが何かに気付いた。


「ちょっと待って! 何か居るわ!」


 目を凝らして前方を見るが、何も見当たらない。

 シーラの研ぎ澄まされた地獄耳……じゃない聴覚や、エルフの優れた魔力探知に掛かったのだろうか。


「気を付けて進もう」

「ええ」


 俺はシーラを守るよう前に出た。



 大きな石が転がっている川沿いを進むと、何かを言い合う複数の声が聞えてきた。


 ガヤガヤガヤガヤガヤ――


 岩の陰に身を隠しながら、そっと人の集まっている方向を覗いてみる。


「がははっ! 何でこんなところに若い女が居るんだよ!」

「おっ、魔族の女じゃねーか!」

「こっちの女は地味で色気が無ぇなあ」

「でも、こっちの黒髪の女はすげえ美人だぜ!」


 聞こえてきたのは、二人の女を取り囲んだ男たちの下世話な会話だった。


(んっ、あの騎士たちの甲冑にある紋章はヘイムダル帝国か? 何で帝国軍がこんな所に……)


 こんな山奥の渓谷に帝国の騎士が居るのも変なのだが、それにも増して変なのは二人の女の方だ。


 一人は小柄で地味な印象の少女。ボサボサの紫色をした髪で顔が良く見えないのだが、印象としてはお世辞にも強そうには見えない。

 おどおどとした態度とツノを隠すように頭を抱えた姿が、余計に男たちの嗜虐心しぎゃくしんを誘っているようだ。


 もう一人は長い黒髪の女。白く艶めかしい肌に黒く美しい髪が印象的だ。長いまつ毛の色っぽい目には赤い瞳がギラギラと輝き、只者ではない雰囲気を醸し出している。


(魔族の少女と謎の女? 何者だ? 帝国軍に絡まれてるみたいだし、これ助けた方が良いのか?)


 人族の味方をした方が良いのか、それとも魔族の味方をした方が良いのか。通常ならば人族の味方をするのが当たり前と人は言うだろう。

 しかし、俺は理不尽にイジメられている方を助けたい。


 まだ状況が飲み込めない。少し様子と見ていると、彼らの下品な会話が聞えてきた。


「おい、何か言ったらどうだよ!」

「黙ってちゃ分からんだろが! 貴様らは何者だ!」

「まあ良いさ。ちょうど俺の愛人にする魔族を探してたんだぜ」

「ぐへへ、こっちの小っせえのは色気が無ぇが、あんたは色っぽいな」

「ちょ待てよ! 俺もこっちの黒髪が良いぜ!」


 騎士たちは女の品定めをしている。もしかして、乱暴しようとしているのか。


「そなたら、余程命が惜しくないと見える。わらわに色目を使うとは愚かな男じゃな」


 黒髪の女が口を開いた。見た目通りの美しく響く声だ。ただ、少し古風な言い回しをしている。


 ガタガタガタガタガタ!


 その一部始終を見ていたシーラが、突然震え始めた。信じられないといった顔でその光景を見つめている。


「どうしたんだ、シーラ?」

「あ、ああ、あれ……」

「何だ?」

「あの魔族……凄い魔力を感じるのよ」

「魔族? 黒髪の女性か?」

「違うわよ! あっちの小さい少女よ」


 シーラが指を差した方を見るが、おどおどした弱そうな少女しかいない。


「見たところ弱そうだけど……」

「見た目に騙されちゃダメよ! あれは支配級悪魔アークデーモンなんて目じゃないわ」

「はあ? 支配級以上って言ったら、君主級悪魔デーモンロードか魔王しか……」


 とても魔王のようには見えない。どちらかといえばアリアの方が魔王っぽい。おっとそれは禁句だ。


「あっちの黒髪の女の方が強そうに見えるけどな」

「あの黒髪はもっとヤバいし! アタシの魔力探知でも全く分からない」

「は?」

「無魔力なのよ!」


 無魔力……。つまり、本当に魔力が無いのか、それとも魔力探知に掛からないよう自身で魔力を抑えているのか。


「超魔力の少女と無魔力の女か。いったいどんな組み合わせなんだ?」


 よく分からない状況だが、このまま見過ごす訳にもいかない。むしろ事件が起きそうな気さえする。

 もう俺たちパーティー閃光姫ライトニングプリンセスの行くところ、まさに大事件しか待ち構えてないかのようだ。


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