第16話 彼女は俺が守る2

 グジュグジュと奇怪な音を立てながらジャイアントトロルの体が再生している。

 レイティアの一撃が大ダメージを与えたはずなのに、このモンスターの再生能力はそれを上回っているというのか。


「グガガァアア! ブッツブス! オマエラ、ゼンインブッツブス!」


 ドスンッ! ドスンッ! ドスンッ!


 擦過音さっかおんのように空気を震わせる声で喋りながら、ゆっくりとジャイアントトロルが近付いてくる。


「どどど、どうしよう! ボクの攻撃が効かない」


 レイティアが取り乱した口調になる。


「大丈夫だ、落ち着いて」

「アキ君」


 レイティアを抱き寄せて後退する。一旦アリアたちと合流だ。


「トロルの再生能力は絶対ではない。必ず再生を上回る攻撃を受ければ倒せるはずなんだ。作戦を変えよう」


「どうするの?」


 シーラが俺の目を見つめる。


「先ず、さっきと同じようにレイティアが剣技を叩き込みボスを一刀両断にする。そこでシーラは再生能力を上回る電撃系魔法でとどめを刺すんだ」


「分かったわ!」


 次に俺はアリアと向き合う。


「アリアはシーラの攻撃と合わせるようにして火炎魔法で攻撃だ。トロルの肉体を焼けば再生しないはずだから」


「うんっ! やってみる」


 二人と頷き合ってから、再びレイティアの腰を抱きしめた。


「レイティアお姉ちゃんならできる! よく狙うんだ」

「ああ、アキ君に言われると何でもできそうな気がするよ」

「その調子だ。行こう!」


 俺の合図でレイティアが前に飛び出した。


「行くぞっ! アキ君成分で元気百倍! うぉおおおおっ! 竜撃斬ドラゴニックスラッシュ! どっせぇええええーい!」


「グガァアアアアアア! ブッツブス! クラエェエエエエ!」


 ジャイアントトロルの大剣が振り下ろされるのと同時に、レイティアの剣技が炸裂した。僅かにレイティアの剣が速い。

 それは敵の腕を切り落としながら体を両断する。


 ズババババババババババ!

「グギャァアアアアアアアア!」


 大ダメージを負ったジャイアントトロルが膝をついたところに、詠唱していた二人の魔法が叩き込まれた。


「大気と大地の精霊に命ず! 古の契約に基づき神雷の雨よ降り注げ! 神罰の雷ジャッジメントサンダー!」

「地獄より顕現せし炎は万物敵を灰燼に帰せ! 地獄の業火ヘルファイア!」


 ズババババババババババババーン!!

 ゴバァアアアアアアアアアア!!


「ゴボボボボボボッ! ゴォ、ゴンナバズデバァ! グギャァアアアアアア!」


 予想以上に強烈な二人の魔法で、ジャイアントトロルの体がブスブストと燃えながら消滅してゆく。

 ただ、破壊力の強い大魔法により天井や柱がぶっ壊れて崩落する。ガラガラと音を立て俺たちの上に。


「や、やったぞアキ君っ!」


 俺の目の前で喜ぶレイティアの上に、破壊された天井の欠片が落ちて行くのが見えた。それは、まるでスローモーションで彼女の美しい笑顔の上に迫るように。


「危ない! レイティアァアアアアアア! ぐえっ!」

 ドッカァアアァーン!


 俺の体が勝手に動き、レイティアを崩落から救うように突き飛ばす。そこで俺は背中に強烈な痛みを感じ視界が暗転した。




「――――――――アキ君っ!」

「――――――――アキちゃん!」

「――――――――アキぃいい!」


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。

 元パーティーの奴らのような罵倒ではない。

 俺を必要とし心配する声だ。

 ああ、俺はツイている。

 こんなにも俺を必要としてくれる人が居るのだから。

 ははっ、前はツイてないと思っていたのにな。

 信じていた仲間に裏切られ……追放されて。

 でも、今は違うんだ。

 俺は――――


「ぐええっ! くっ、苦しっ! おい、離せ! 締めるな、レイティア!」

「うわぁああああぁん! アキくぅううううぅん! 死ぬなぁああああ!」


 目を覚ますと、ムッチムチでパッツパツに張りのあるレイティアの巨乳に埋もれて窒息寸前だった。


「お、おい、生きてるから! 力いっぱい抱きつくな!」

「えっ、あ、アキ君! 目を覚ましたんだねっ!」

「ああ、自分に付与魔法をかけていたから大丈夫だ」

「良かったぁああ! アキ君、アキ君、アキくぅうううぅん!」

「ぐえぇええええ!」


 念のため自分にも付与魔法で肉体強化と防御力強化をしていて助かったようだ。これも嫁属性【魔族の加護】のおかげだろう。


「むしろレイティアに絞殺されるんじゃないかと思ったぞ」


 そう言って回復ポーションを飲む。全快とはいかないが、これで痛みは楽になった。


「あ、アタシの魔法のせいで……」

「シーラのせいじゃないよ。気にするな」


 伏し目がちにションボリしているシーラの頭を撫でる。


「もうっ、心配させないでよ、アキちゃん」

「アリアお姉さんも泣かないで」

「あふっ♡」


 涙を流しているアリアの頭も撫でる。


「アキ君……ボクを助けるために犠牲に……」

「レイティアの可愛い顔に傷がつかなくて良かった」

「うううっ♡ な、なな、何を……」

 きゅんっ♡ きゅんっ♡


 レイティアの顔が真っ赤になった。


(あれっ? また俺セクハラ発言しちゃった? でも、女の子の顔に傷が付いたら大変だしな。まあ、全員無事だったし良しとするか)


 レイティアが挙動不審なのが気になるが、俺たちにはまだやることが残っている。


「よし、魔石を回収して戻ろう。グリードたちが見当たらないから、行方不明になったのはここじゃないな。帰りは違うルートを通ってみようか」


 俺が立ち上がると、レイティアが横から支えてくれる。


「おい、一人で歩けるぞ」

「心配なんだ。手伝わせてくれ、アキ君」

「ま、まあ、そう言うなら……」

「あっ♡ アキ君の手が温かい」

「おい、何で手を繋ぐんだ?」


 レイティアの目つきが妖しい。指を絡ませ恋人繋ぎをされた。


(か、勘違いするな! これはきっとスキンシップだ。レイティアは距離感がバグってるしな)


 レイティアに肩を借りながら歩き出すが、さっきからアリアの顔が怖い。まあ、いつものことだが。


「ねえっ! やっぱり怪しい。アキちゃんってレイティアちゃんと仲良いよね? キ――」

「キスしてないし寝てもないです。何も無いから」


 先に言っておく。ちょっとだけヤンデレ入っていそうなアリアが怖いから。


 ◆ ◇ ◆




 行きとは別のルートを通りダンジョンを進んでいると、通路が崩落した個所に出くわした。

 ポッカリと大きな穴を開け、下の階層まで続くのでは思わせるほど深い。


「これは、床が崩れたのか?」


 穴の中を覗き込むと、下から微かな声が聞えた気がする。


「――――けてぇくれぇえ……」


 気のせいじゃなかった。今にも死にそうな息も絶え絶えの声が、ダンジョン内に弱々しく響いていた。


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