第4話

 自らの純白の翼から、一枚、透き通るガラスのように繊細な羽を抜きとる。


 中指と人差し指でそれをつまみ、手の甲からフッと息を吹きかければ、まるで命を吹き込まれたかのように、ひとりでに雲を巻き上げ、雲を纏わせていく羽。


 ディーテは無感情にパチリと指を鳴らした。


 すると、ポムッ、という音とともに、雲を纏って大きくなっていっていた羽が、ひとつの姿見となってディーテの目の前に現れた。


 ディーテは、出現させた姿見の前で、難しい顔をした自らの頬を両手で包み、もにょもにょと揉んだ。


 ナイフで削ったかのような涼やかな眦の切れ長。狐のような吊り目に、高い鼻根から真っ直ぐ伸びた優美な忘れ鼻。薄く、やや横に広い薄紅の唇。陶器のように滑らかで、温度感に欠けた白磁の肌色。光の加減によって濃淡を変える紫の髪。


「やっぱり、ランジュ様とは真逆だよなぁ……」


 女神の紡いだ神秘の姿なだけあり、ディーテの素顔もまた、並外れた美貌であることに違いはない筈だ。


 しかし、今の人間界における美の基準とかけ離れた姿であることは、本人にも否めなかった。


 美の基準、即ち、ランジュの容姿と言えば。


 つぶらで大きく、甘やかに垂れたアーモンドアイ。ツンと高い鼻先に、小鼻などあって無いようなもので。ぷっくりと瑞々しく、小さな紅唇のアヒル口。透き通るような玉肌をやや紅潮させ、まるで子猫のようないじらしさすら感じさせる。周囲の光を集め、どんな暗闇でも燦然と輝くパパラチアの紅髪。


「どうしても、ランジュ様の真似をしないといけないのかな……」


 何度口にしては嘆息したか分からない言葉を、今日も口にせずにはいられなかった。


 スウ、と、大きく深呼吸。ゆっくり息を吐くと同時、瞼をそっと伏せて、両腕を胸の前でクロスさせる。


 さながら、バレエのターンのように、身を翻しつつ飛び上がるディーテ。


 すると、雲を巻き上げながらバサリと広がった翼が、メキメキと音を立てて、ディーテの全身を包んでいった。


 火花のような光が舞う。羽毛の隙間から漏れ出る翼力は、零下の雲上にも劣らぬほどに冴えたプラズマのようであった。


 クルリと1回転、元の位置、姿見の目の前に着地。


 ディーテは、恐る恐ると言ったように目を開けた。次第、その肩がわなわなと震え始める。


「違う……違うっ! ランジュ様はこんなじゃない……! ランジュ様はもっと、もっと……!」


 ハッ、と、息を呑む。ディーテは慌てて変容を解いた。こんな出来損ないを、自分以外の目に触れさせるなど、恥以外の何者でもない……そんな焦りであった。


 ドォ……そんな轟音と共に、3翼のフリルが、ディーテの背後に現れた。その余波によって、ディーテが出現させた姿見は氷塵と散っていく。


 ゆっくり振り返ったその先で、クスクスと笑う三原色。


 その中心にいる一翼は、ディーテの世代の首席であり、期待の新星と呼び声高い、マゼンタの髪のフリル……ミュスカであった。


「ごきげんよう、落ちこぼれ。今日も元気に居残りかしら」


「やだなあ、ミュスカ。分かり切ったことを聞いてどうすんのさ」


「そうですわ、翌月の雷舞でデビュタントが決まった私たちと違って、この子ったら、いまだにまともな変容ができないんですもの。この子が居残りじゃない日が来るとしたら、それはアルテアが目覚める時に違いなくてよ」


 成績トップなんだから、落ちこぼれになんか構わなければいいのに……そんなことを思いつつ、ディーテは眉を顰める。


 しかし、そんな不遜なディーテの態度がどうにも気に食わないのが、ミュスカなのである。


「ちょっと、私たち、デビュタントが決まったって言ったのよ。聞こえなかった?」


「……聞こえたけど。よかったね、おめでとう」


「同世代の私たちがデビュタントを果たすのに、アンタは第一の試練の巣立ちすらクリアできてないのよ。恥ずかしいと思わないの」


 マゼンタの髪をバサリとかき上げ、威圧するミュスカ。その後ろで、シアンの髪のモフィと、イエローの髪のピオニュがくすくすと笑う。


「徒党を組んで落ちこぼれを馬鹿にする暇があったら、デビュー雷舞のために鍛錬すればいいのになって思う」


 しかし、自慢げな3翼に対し、ディーテは心底心配するような瞳でそう言い放った。

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