第36話 アランに謝りに行く

「アラン、ごめんなさい」


 翌日、ぼくは騎士宿舎のアランの部屋を訪れていた。手にはお詫びの品を持っている。

 一人で出歩いて倒れたりしたら、と心配されたのでステラについてきてもらっている。

 シルヴェストルお兄様はいない。


「リュ、リュカ殿下⁉」


 扉を開けたアランは、ぼくの姿に目を丸くさせた。


「アランにあやまりにきたの」

「とりあえず、中へお入りください」


 アランに許可をもらい、ぼくとステラはアランの部屋の中へと入れてもらえた。

 アランの部屋は小奇麗だった。質素で物が少ない、ともいう。

 勧められて、ぼくは長椅子に座った。


「アラン、きのうは服をよごしちゃってごめんね」

「俺は気にしていません。殿下もお気になさらず。昨日のことは、すべて俺が悪いのです」


 アランは深く反省しているようで、自主的に謹慎していると聞いた。どうやら後悔しているのは、本当のようだ。


「これ、ごめんなさいのしるし」


 ぼくは手に持った袋を差し出した。

 中にはクッキーが入っている。


「そんな、よろしいのに」

「うけとって」


 ずい、と袋を押しつける。


「……わかりました。ありがとうございます」


 くす、とアランが笑って袋を受け取ってくれた。

 アランが笑ったの、初めて見た!


「たべてたべて!」

「今、ですか? なら一緒に食べましょう。お茶を淹れて参ります」

「お手伝いいたしましょう」


 立ち上がったアランに、ステラがついていった。

 お茶の準備ができあがるのを、ぼくは足をぶらぶらさせながら待った。


 少ししてステラがカップや皿を持ってきてくれて、アランがお茶が入っているであろうポットを持ってきた。


 ぼくとアランの分のカップとお皿が並べられ、コポポポと赤いお茶が注がれていく。二人分のクッキーが、お皿に綺麗に並べられた。ステラは盛り付けの才能がある。


「いっただきまーす!」

 

 手を合わせ、クッキーに手を伸ばした。


「うーん、いつもどーりクッキーはおいしー!」


 ヨクタベレール商会の作るクッキーは、なかなか美味い。城の料理人たちが作るものよりも、レベルが上だ。よほど研究を重ねているのだろう。


「何度かいただきましたが……本当ですね」


 アランもクッキーをかじり、かすかに表情を和らげている。

 

「あのね、アランはひとつかんちがいしていることがあるよ」

「俺が勘違い、ですか……?」


 ぼくの言葉に、アランは小首を傾げた。


「ぼくやおにいちゃまがスイーツをたべるのに、おーしつひはむだづかいしてないんだよ」

「え?」


 ヨクタベレール商会との商談のとき、アランはいなかったから知らないのだ。


「ぼくはちしきを売って、むりょーでスイーツをつくってもらっているんだよ。だからぼくもおにいちゃまもむだづかいはしていないんだよ。これはせーとーなほーしゅーなの」

「そうだったのですか? 俺は、それを知らずに王太子殿下を批判してしまった……」


 アランは俯いてしまった。責任感の強い人だなあ。


「ぼくね、アランの実家のおはなしききたいなー」


 ぼくは話題を変えることにした。

 

「俺の実家ですか?」

「うん、どんなとこのりょーしゅなの?」

「俺の父が納めているのは、ギミョーム地方のトゥーレット領です。巨大湖の近くに位置していて、自然豊かな場所ですよ」


 故郷の話をするアランの表情は、柔らかかった。ごく普通の青年に見える。


「きょだいこ?」

「ご存知ありませんか? この国が存在する大陸を二つに分けるような、大きな湖があるんですよ。湖から向こうは、外国です」

「へー! そんなのがあるんだ、おもしろーい!」


 聞いたことのない遠方の地の話に、ぼくは目を輝かせた。

 

 ゲームの中で、そんな設定があったような気もする。

 主人公はゲーム中盤に船で巨大湖を超えて、砂漠ステージで仲間集めをするのだ。


「ギミョーム地方は、昔からこの国の食料庫でした。ですが数十年前に農業用魔術が確立して、どこでも比較的簡単に作物が育てられるようになった結果、作物の価値が相対的に低くなっているのです。数十年かけて、ギミョーム地方は少しずつ貧しくなっていっています。……って、そんな話は殿下には退屈ですよね」


 クッキーを口にしながら、アランは恥ずかしげに笑った。


「ううん、そんなことないよ。トゥーレットりょーでは、なにをそだててるの?」

「それはもう、たくさん。一番多いのは、ヴァニン用のションバーの実でしょうかね。あ、ヴァニンというのはお酒のことですよ。赤ヴァニンとか白ヴァニンとか、聞いたことあります?」

「あるかもー」


 ぶどうに似たションバーの実を使ったお酒なんだから、ワインみたいなやつだろうなと頷く。


「我が家の城にはヴァニンの醸造所があって、使用人を雇うだけでは手が足りなくて、家族ぐるみで働いているんです。あと卵を産んでくれるルコッコも庭で育ててますよ」


 ルコッコというのはニワトリのような生き物……なのだと思う、多分。話に聞いただけなので、どんな生き物なのかいまいちわかっていない。


「ふーん……じゃあさー、卵黄があまってるんじゃない?」


 ぼくの一言に、アランは大きく目を見開いた。


「そうなのですが、なぜそれをご存知なのですか⁉」

「ふっふん。やっぱりヴァニンを作るのに卵白せーちょーをしてるよね」


 卵白清澄とは、ワインを作る過程で卵白を使って濁りを取り除く方法のことだ。卵白だけを使うから、ワイン醸造所では卵黄が余るのだ。


「殿下は博識であらせられますね。その通りですね、いつも卵黄が余ってしまって困っています」

「むふふ、その卵黄をつかったおいしいスイーツのレシピがあるけど、しりたい? 卵黄をしょーひできるし、名物にできたらおかねもちになれるかもよ」

「え、いいのですか⁉」

「その代わり、ぼくのおねがいをきいてくれる?」


 ぼくは小悪魔の笑みワルワルスマイルでアランを誘った。


「お願いとは……?」


 ごくりと唾を飲み、アランは聞いた。


「まずね、アランの実家でね、ナミニの実をたくさんそだててほしいの」

「ナミニの実ですか?」

「これからきっと、たりなくなるとおもうから」


 スイーツの美味しさが、貴族間で広まり始めている。

 砂糖をナミニの実で代用し続けるならば、需要が高まり高騰するだろう。

 次に、ぼくはナミニの実から砂糖を精製できないかと考えている。このままでは、冬が来たらナミニの実が使えなくなってしまうから。

 砂糖が精製できれば、可能性はさらに広がる。


「父と相談して考えてみます」


 アランは神妙に頷く。


「それからね――アランにぼくのごえいになってほしいな」

「俺が、リュカ殿下の……⁉」


 これが狙いで、ぼくは一人でアランに会いに来たのだった。

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