第32話 完成バターサンド

 新しいスイーツを生み出すにあたって、もうぼくが厨房まで向かう必要はない。

 ヨクタベレール商会にクッキーとパウンドケーキとバターサンドのレシピを渡し、細かい作り方は城の料理人たちから聞くように指示したからだ。

 優雅に城で生活を送っているだけで、スイーツが完成するのだ。

 

 カミーユにレシピを渡してから、一週間後。

 カミーユが完成品を携えて訪ねてきた。


 シルヴェストルお兄様とオディロン先生と、あと今回はステラと護衛のアランも呼んで試食会を開催することにした。


「まずは、ションバーの実のナム酒漬けをご賞味くださいませ」


 皿に数粒ずつ、ナム酒漬けされたションバーの実が盛られていく。

 ラムレーズンならぬ、ナムションバーがどんな味になったのか気になっていたのだ。

 バターサンドだけでなく、ナムションバーも持ってきてくれるなんて気が利く。


 ナム酒にひたひたに浸されていたようで、皿に盛られたションバーはしっとりと濡れている。

 これは食べすぎると、ぼくの四歳児の身体では酔っ払ってしまうかもしれない。


 最初にぼくとシルヴェストルお兄様が、フォークに刺してナムションバーを口に運んだ。


「ラ、ラムレーズンのあじだ!」


 前世の記憶にあるラムレーズンと、ほぼ同じ味だった。強いて言えば、前世のラムレーズンよりもお酒っぽい風味が少し強いのが違いだろうか。

 美味しい! 噛み締めながら、にっこり笑顔になってしまう。


「まさか、ションバーの実を酒に漬けたらここまで美味になるとはな。これは酒が好きな大人にも好まれる味だな」


 シルヴェストルお兄様も、ナムションバーの味に笑顔を見せている。

 大人たちもナムションバーを食べ、目を丸くしたり、相好を崩したりしている。

 好評だ。


「ご満足いただけたようで、何よりでございます。それでは、次はバターサンドをご賞味くださいませ」


 銀の丸い蓋が被せられた皿が、皆の前に給仕される。

 カミーユが執事然とした恭しさで、ぼくのお皿の蓋を取った。


「わあ、バターサンドだぁ!」


 イメージした通りの、まるで六〇亭のやつみたいなバターサンドがそこにあった。


 フィリングを挟むきつね色の二つの生地は、もちろんクッキーだ。

 それからクッキーに挟まれた真っ白なフィリングに、ナム酒漬けされたションバーが混ぜ込まれている。

 

 バターサンドのフィリングには通常、ホワイトチョコレートが使われる。当然、この世界にはホワイトチョコレートなど存在しない。

 けれども心配はいらない。

 前世の自分はスイーツを食べられない代わりに、密かにスイーツのレシピを読み込むのが趣味だった。それでスイーツを食べた気になろうとしたのだ。

 前世の自分が読んだレシピの一つに、ホワイトチョコレートの代わりにかぼちゃを使用したレシピがあったのだ。

 つまり、適当な野菜かフルーツをフィリングに使えばいいのだ。

 

 今回レシピにフィリングの材料として書いたのは、目玉の模様が怖かったミタマの実だ。あれは甘いお芋みたいな食感だった。かぼちゃっぽいとも言えるかもしれない。

 そこで、ミタマの実をすり潰してバターと混ぜてフィリングにしなさいとレシピに書いた。

 果たして、成功しているだろうか。


 ごくり。

 覚悟を決め、一見美味しそうに見えるバターサンドを手に取った。

 ぼくはバターサンドを、一口食べた。


 クッキー生地はフィリングを挟んだことにより、しっとりとした食感に変わっていた。

 肝心のフィリングの味は……


「ん~、ほっぺがおちる~!」


 とっても甘くて、口の中に触れた途端に溶けて消えるようだった。ナムションバーの風味とバターの旨味が、バターサンドを甘いだけのスイーツで留まらせない。

 

 前世で食べたことのあるバターサンドとまったく同じ味とはいかないけれど、大成功だ!

 味が違うと言っても、まずいわけではない。スイートポテト版バターサンドって感じで、これはこれで前世の世界でも人気になりそうな味だ。


「これは、なんという美味しさだ……!」


 シルヴェストルお兄様が衝撃を受けている。

 他の人たちも、似たような反応だ。


「リュカ殿下、ありがとうございます」


 バターサンドの美味しさに皆が身悶えする中、カミーユがお礼を言ってくる。


「試作段階で、ワタシもバターサンドの味見を行いました。味わった瞬間、私は生涯で一番のときめきを感じました。ええ……殿下のことを崇拝したいくらいに。ふふふふふ」


 カミーユはちょっと妖しい笑みを浮かべた。

 崇拝だなんて、大袈裟だなあ。


 カミーユを手を伸ばしてくる。

 頭をなでなでしてくれるのかなと思いきや、ぼくの金髪にさらりと触れた。

 他の誰も気づかないくらい、さりげなく。

 

「うん、よろしくね!」

「ええ、ええ、ぜひともご贔屓に!」


 ぼくの髪から離れたカミーユの中には、一本の金髪が収まっていたように見えた。

 君、今、ぼくの髪の毛を懐にしまわなかった?


 まあいっか、きっと気のせいだよね。


 こうしてバターサンド作りは大成功、しかもヨクタベレール商会にスイーツを作りまくってもらえることになったのだ! めでたしめでたし!

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