第29話 先生の占いと商談

 翌日はオディロン先生の授業がある日だった。

 ぼくはもちろん体調を崩すことなく、無事に授業を受けられた。


「オディロンせんせー、おねがいがあるの」


 ぼくは授業が終わった後にお願いした。


「おや、なんでございましょう? 殿下のためならば、なんでもいたしますよ」


 オディロン先生は、にこにこと笑みを深めて答えてくれた。言葉通りなんでもしてくれそうな雰囲気だ。


「あのね……」


 ぼくは計画の一部始終を彼に話した。

 こっそりこしょこしょ。


「ほう、そんなご計画を……。もちろん、協力いたしましょう!」


 悪戯をたくらむ子供のような笑みで、請け負ってくれた。


 カミーユを占う機会は、思いのほか早く訪れた。

 新鮮なションバーの実を分割納品することになっていたけれど、ションバーの実第二弾をカミーユが直接届けに来たのだ。よほど顔の覚えをよくしたいのだろう。


「ションバーの実をお届けに上がりました」

「わーい、カミーユだあー!」


 部屋までわざわざ届けに来てくれたカミーユに、ぼくは駆け寄る。


「ねえねえ、ぼくといっしょにおちゃして~?」


 ステラがションバーの実を受け取っている間に、ぼくは甘えた声を出して誘った。


「おや、ワタシがお茶の相手でよろしいのですか?」

「うん!」


 ぼくの発言を受けて、ステラたち使用人らが急遽お茶会の用意を整えていく。その間に、使用人の一人に「オディロン先生を呼んできて」と頼んだ。

 美味しい紅茶を飲み、持ってきてもらったションバーの実に舌鼓を打つ。なんて優雅な時間だろう。


 ただ、ぼくが求めているスイーツは新鮮なフルーツだけではないのだ。新たなスイーツを手に入れるために、計画を進めなければ。


 お茶をしながら、カミーユに質問をいくつか投げかけ、オディロン先生が来るまでの時間稼ぎをする。


「おや、これはこれは」


 少しして、オディロン先生が素知らぬ顔をして現れた。


「授業の時間なのですが、お茶会中でしたか」

「それでは、私はこれで退散いたしましょう」


 カミーユが席を立とうとするのを、オディロン先生は素早く制止した。

 

「いえ、それには及びません。授業の時間など、少しくらいずれても問題はないのですから」

「あのねー、オディロンせんせーは占いができるんだよー。カミーユも占ってもらうといいよー」


 あどけない声で、カミーユを占いへと誘導する。


「いえ、そんなこと悪いです。占術士の方に占ってもらうには、通常お代が必要になるものです」

「いえいえ、そう言わず。占いの一つくらい安いものです。占ってさしあげましょう。さあ、手をかざしてくださいませ」


 カミーユは遠慮するが、ぼくとオディロン先生はふたりでにこにこ顔で圧をかけていく。


「そういうことならば、是非お願いいたします」


 圧に負けてくれたのか、占いを受けると言ってくれた。


「それでは、右手を見せてください」

「はい」


 右手を差し出したカミーユに、オディロン先生は手をかざす。それから先生の手が光り出した。ぼくの時と同じ占い方だ。

 オディロン先生は目を閉じている。瞼の裏側に、未来が見えているのだろうか。


「ほう……なるほど……」


 オディロン先生は笑顔を浮かべている。どうやらいい未来が見えていそうだ、とぼくは成功を確信した。


「見えました」


 光が収まり、オディロン先生が目を開ける。


「どのような未来だったのですか?」

「おそらく十年ほど後の未来だと思われるのですが、カミーユ殿は年をとってもお美しくあられましたね」

「お客様に見苦しくしないようにしているだけで、見た目に特別気を遣っているわけではないのですが、美しいと言われると気恥ずかしいですね」


 カミーユは照れたような笑顔を浮かべる。

 うんうん、それで? とぼくは期待に満ちた目で続きを聞く。

 

「それから、商売も成功されているようでした。新しい商品を取り扱い、貴族の方々から注文を受けておりました」

「ほう、新しい商品とは……?」

 

 カミーユの目の色が変わった。

 見た目の話などよりも、商売の方によほど興味があるのが見て取れる。彼は生粋の商人だ。


「それはスイーツと呼ばれるものでございました。スイーツを王にも献上なさっていましたよ」

「スイーツ……?」


 スイーツの単語に、カミーユは目を瞬かせる。


「私が見た未来は以上です」


 にこりとオディロン先生が微笑んだ。

 スイーツを作りまくって献上しまくってくれているだなんて、素晴らしい未来だ!

 どうやらカミーユと協力しても大丈夫そうだ、と確信を得たのだった。


 もし未来が変わったとしても、その兆候はオディロン先生が感じ取ってくれるはずだ。


「商売の成功とは、これ以上ない吉報です。それにしても、スイーツとは一体なんでございましょうかね。新しい果物でしょうか?」


 顎に手を当て、考える仕草をするカミーユ。

 ぼくは腰に手を当て、鼻息を鳴らした。


「ふっふん。まあ、あたらしいフルーツといえなくもないかな」

「おや……殿下はご存知なのですね。スイーツとやらを」


 カミーユは目を細めた。口元は笑みを形作っているが、視線が鋭くギラついている。


「ぼくにきょーりょくするって約束してくれたら、教えてあげてもいいよ。スイーツのつくりかた!」

「スイーツとは、作るものなのですか?」

「約束してくれないと、これいじょーはおしえられないなあ」


 得意げに胸を張る。ぼくってやり手の交渉人みたい!


「『協力する』とは、具体的にどのような内容を指すのでしょう? それがわからなければ、お約束はできかねます」


 それもそうか、とカミーユの言葉に思い直す。

 どう協力してもらうのかぐらいは、教えてあげてもいいだろう。

 

「あのね、ぼくがスイーツのつくりかたを教えてあげるからね、カミーユにはスイーツをつくりまくってもらいたいの。つくりまくってもらったスイーツは売っていいから、ぼくにてーきてきにスイーツをけんじょーするんだよ!」


 これこそが、ぼくの考えた計画の全貌だ。

 名付けて、他人にスイーツ作らせまくって食べまくり計画。

 城の料理人たちに作らせまくるだけでは飽き足らず、ヨクタベレール商会にもスイーツを作らせまくり、ぼくは何の苦労もせずにスイーツを食べまくることができるという恐ろしい計画だ。


 こんな恐ろしい計画を考え出してしまうなんて、ぼくにもワルワル王子様の才能があるかも。


「……それだけでよろしいのですか?」

「ほえ?」


 カミーユの言葉に、ぼくはきょとんとする。

 首を傾げたぼくに、カミーユはくすりと笑った。出来の悪い生徒を見守る教師のような、困った笑みだ。


「それが売れる商品ならば、我が商会で製造するのは当然のことです。オディロン様の予言通りに貴族の方々に注文をたくさん受けるような商品なのに、納品するのが現物だけでいいなんて破格の安さでございます。普通は利益の何割を納めること、といった風に決めるものですよ。それを踏まえて、本当に現物の納品だけでよろしいのですか?」


 お、お、お、お金も取っていいの⁉ そんな美味しいシノギが存在していいの⁉

 予想だにしない指摘に、ぼくは完全に慌ててしまった。


「え、えーと、えーと、おにいちゃまとそーだんするので、いったんもちかえらせてください」


 持ちかけた側なのに持ち帰ることになってしまった。


「ふふ、ワタクシどもも検討をしたいので、また今度結論を出しましょう。次の『会合』の日取りは三日後くらいでどうでしょうか?」


 会合、という言い方にぼくは商談相手として認識されたことがわかった。


「うーんとこんどはおにいちゃまもくるから、おにいちゃまのよてーがかくにんできたら、れんらくするね」


 熟練のワルワル王子様なシルヴェストルお兄様なら、カミーユとも渡り合えるはず。

 全幅の信頼の元、今度から絶対にお兄様がいるときだけ商談をしようと心に決めたのだった。

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