第21話 キータパウンドケーキ、完成!

 できれば厨房で待っていたかったが、また熱が出たら大変だということで、ぼくは部屋に送り返された。

 

 焼き上がったら、ケーキが部屋に届けられることになっている。

 食べない分のケーキは、氷室で冷やしておいてねとお願いしてある。ぼくは焼き上がったばっかりのほかほかのパウンドケーキが好きだけれど、冷やしたパウンドケーキも美味しいのだ。


「ケーキがやきあがってきたときの、あまいにおいがすきなんだけどなー」


 厨房に甘い匂いが立ち込めてきた瞬間の喜びは、格別なものがある。

 長椅子にこしかけてケーキが届けられるのを待っているぼくは、唇を尖らせた。


「まあ、こうやっていつでも茶が淹れられるように、茶会の準備を万端にして待つのもいいだろう」


 向かいの席に座っているシルヴェストルお兄様が、笑った。

 ぼくたちの間にあるローテーブルの上は、すっかりお茶会の準備が整えられている。

 パウンドケーキが届けられ次第、カップに紅茶が注がれて二人だけのお茶会が始まる手筈になっている。

 たしかに、これはこれで優雅だ。


「ねーねー、オディロンせんせーもいっしょにすわろうよー」


 もちろん、オディロン先生も一緒に部屋にいる。

 ぼくは一緒にお茶会をする気だ。


「ご勘弁ください、お二人の殿下と席を並べるなど不遜に過ぎます」


 だが、オディロン先生は座らずに傍で立っている。


「ええー!」


 ぼくは唇を尖らせた。

 

「リュカ、この者がオレたちと共に席に着くのは落ち着かないことなのだ。許してやれ」

「うー、わかったぁ」


 まったく仕方ないなあ、もう。


「でもケーキはいっしょにたべるんだからね!」

「ええ、もちろん食させていただきます」


 オディロン先生はにこにこと答えてくれた。


「えへへ……はやくケーキこないかなぁ」


 ぼくは足をぶらぶらさせた。


「ふふ、本当にリュカは可愛いな」


 シルヴェストルお兄様は向かいの席からぼくの隣に移動してくると、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。

 頭を撫でられる感触が心地いい。


「髪がふわふわだな」


 細い指が、髪を梳いていく。気持ちよくて、うとうとしてしまいそうだ。


「お二人はとても仲がよろしいのですね」


 オディロン先生が微笑ましそうにコメントする。


「うん! おにいちゃまは、ぼくのじまんのおにいちゃまなの!」

「ふふん」


 ぼくの言葉に、お兄様は嬉しそうに前髪をくるくると弄り出した。


「それはとてもようございました。これからもどうか、仲良くいてくださいませ」

「うん? それはもちろんだよ!」


 ぼくたちの仲がいいと、どうしてオディロン先生が目尻に皺をくっきり刻むほどの笑顔になるのだろう。


「殿下、ケーキが届けられましたよ!」

「はっ!」


 考えようとした瞬間、ステラに声をかけられた。

 はっと目を見開いたぼくを見て、シルヴェストルお兄様が「ぷくく」と笑っている。


 パウンドケーキが切り分けられて何切れか皿に置かれ、二人のカップに紅茶が淹れられた。

 シルヴェストルお兄様はこのままぼくの隣でお茶する気のようで、カップとお皿の位置がセットし直された。

 もちろん、オディロン先生やステラやお兄様の護衛のアランの分のパウンドケーキもあるよ。


 パウンドケーキは、綺麗なきつね色だ。

 焼きたての甘い匂いが立ち上っている。切り口に何個か、キータの実の角切りが入っているのが見える。煮キータの実は、宝石のようにキラキラと黄色く光り輝いている。

 美味しそうだ。


「これがぱうんどけーきか。美味しそうな香りがするではないか」


 シルヴェストルお兄様も興味津々だ。


「中に入っているのが、キータの実でございますね? ほう……」


 オディロン先生は感心した溜息を吐いている。


 ぼくはフォークを構え、ごくりと唾を飲んだ。


「いただきます!」


 フォークを刺すと、先端が簡単にパウンドケーキに吸い込まれていった。

 一口分を切り取って、口へと運ぶ。


 舌にしっとりとした感触が触れた。

 たっぷりのバターの旨味と、ナミニの実によって与えられた甘みが調和している。

 しっとりとした食感を味わっていると、煮られたキータの実の、柔らかいけれどしゃっきりとした食感と出会う。キータの実はパウンドケーキそのものよりも甘くて、フォークが止まらなくなってしまう。

 なんて贅沢感のあるスイーツだろう。柔らかい食感と優しい甘みに、ぼくは至福を感じたのだった。


「はあ、しあわせぇ……」


 目を閉じて、ケーキを食べることができた喜びを堪能した。


「これは美味だな。クッキーとはまた違ったよさがある!」


 シルヴェストルお兄様も、子供みたいに声を弾ませている。


「キータの実が、こんなに美味しくなるとは……!」


 パウンドケーキを味わっているオディロン先生は、ほっぺが落ちそうな顔をしている。これは胃袋を掴めたのではないだろうか。


「成功だな、リュカ!」

「うん!」


 ケーキを作ることができて、オディロン先生の好感度も多分上がった。

 ぼくの計画は着実に進んでいるね、ふっふん!

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