第13話 念願のスイーツ
やがて、クッキーの群れが完成した。
中にはとてもクッキーには見えない代物もあったが、とにかく完成した。
料理人たちは、パン作りでオーブンを使うことに慣れている。焦げてしまったクッキーもあったが、オーブンから出火するほどの大失敗をした者はいなかった。
焦げたクッキーは端に避けて、クッキーとは思えないほど膨らんでしまったものも避けて、クッキーっぽい見た目に焼けたものを一つ、手に取った。
「ほう、これがリュカの望んでいたクッキーか」
シルヴェストルお兄様も、綺麗な見た目のものを手に取った。
本当にクッキーが焼けたのだろうか。
この世界でも、スイーツが食べられるのだろうか。不安と期待に、心臓が高鳴った。
「いただきます!」
ぼくはクッキーに齧りついた。
サクッ。
小気味いい音が鳴り、口の中に甘みが広がった。
「クッキーだ……!」
理想のクッキーより少し膨らんではいたが、たしかにクッキーの味をしていた。
ちょっとボソボソしている。やや固い。でも甘くてパンとは違う味で、これはたしかにスイーツと呼べるものだと感じた。
自分は今、スイーツを食べている。
ナミニの実を砂糖替わりにする作戦は、成功だ。
「へえ、パンとはまったく違う食べ物だな。なるほど、これは美味い。ナミニの実を入れたりしてどうするんだと内心思っていたが、ナミニの実ほど甘ったるくない。ちょうどいい。いくらでも食えそうだ」
シルヴェストルお兄様が目を輝かせながら、二個目のクッキーに手を伸ばしていた。
「果物のように甘いのに、果物ではない。クッキー……不思議な食べ物だ」
「ふふ、それがスイーツだよ」
彼もクッキーの虜になってくれたようでなによりだ。嬉しくて、にっこりと笑った。
「そうか、これがスイーツ……リュカの食べたかったものか」
「うん!」
ぼくも二個目のクッキーを手に取り、齧りついた。
「おーいしい!」
この世界に来て初めてのスイーツに、ぼくは満面の笑みを浮かべたのだった。
中にはこれはクッキーというより、スコーンだろというくらい膨らんでしまっているものもあった。
複数のクッキーがくっついて巨大クッキーになってしまっているものもあった。
巨大クッキーはシルヴェストルお兄様と笑い合いながら、二つに割って食べた。
そうしてぼくたちは、褒美を与えるに相応しいナンバーワンクッキーを決める作業を行った。
「それにしても、果物と違って喉が渇くなクッキーは」
お兄様が呟いた。
「一緒にお茶も飲みたくなるね」
ぼくは笑顔で頷いた。
「茶だと……なるほど、そうか。喜べ料理人ども、仕事が増えるぞ」
何を思い付いたのか、シルヴェストルお兄様が悪い顔でニヤリと笑った。何を考えているのかわからないけれど、ワルワルな顔にぼくはぼうっと見惚れたのだった。
「お母様に新種の甘味として紹介すれば、茶会の席で使われるようになるかもしれん。その時のためにせいぜいクッキー作りの腕を磨いておくんだな」
なるほど、クッキーはお茶によく合う。
この世界では焼き菓子もなしにお茶会をしていたなんて、信じられない。スイーツのないお茶会なんて、ルーのないカレーだよまったく。
「かしこまりました、誠心誠意尽くして#シルヴェストル殿下の開発された__・__#クッキー作りに邁進いたします」
「は……?」
料理長の発した言葉に、空気が凍りつくのを感じた。
「オレの開発した……? 貴様は今まで、何を見ていたんだ?」
もともと吊り上がっているシルヴェストルお兄様の目がさらに吊り上がり、料理長をナイフの切っ先のように鋭く睨みつけた。
「リュカが甲斐甲斐しく貴様らに指示を出してやっていただろうが。病弱で病み上がりのリュカが、走り回って! どう見てもクッキーの作り方を理解しているのは、リュカの方だっただろうが」
ドスの効いた低い声で責め立てられ、可哀想に料理長はぷるぷると震えている。
シルヴェストルお兄様すごい、借金の取り立ても上手そう。
「オレの弟を舐めているのか? まだ四歳だからって舐めているのか? そうなんだろう? オレのリュカはクッキーの作り方を開発した天才なんだ。発言を訂正しろ。オレの弟を軽んじることは許さん」
シルヴェストルお兄様が説教しながらぼくの身体を軽く抱き寄せ、ぽんぽんと頭を軽く撫でてくれた。まるでどれだけ大切にしているか、見せつけるかのように。さっきは、手を繋ぐのもぎこちなかったのに!
それにしてもまさかお兄様がぼくのことを、天才とまで思ってくれているなんて。誇らしくて気恥ずかしくて、顔が熱くなってしまう。
「申し訳ございませんッ! 決してリュカ殿下を軽んじたつもりでは……ッ!」
料理長は床に這い蹲って謝罪した。
大の大人なのに、子供に怒られて涙を流している。
「あはは……は」
思わず笑ってしまったら、身体がふらりと揺れた。
あれ、なんだか本当に顔が熱い。そういえば、身体が怠いや。
もしかして……身体の具合、悪いかも。
「おにい、ちゃま……」
ふらりとぼくの身体は、その場に崩れ落ちた。
「リュカ⁉ どうしたリュカ、おい⁉」
料理人を睨みつけていたときとはまったく違う、焦った赤い瞳が視界に映った。
あははは、あんなにワルワル王子様なのにぼくが倒れたくらいで本気で困ってる。おかしいの。
なんて思っているうちに、意識が途切れた。
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