中編・映画館にて


「お待たせ。アイスティーだったよね?」


 ドリンクのカウンターから戻ってきた江住の両手にはそれぞれポップコーンがある。

 ただし、右手にはトレイに乗ったMサイズのキャラメルポップコーンと、ドリンクが1つ。

 左手には特大サイズのバケツのような紙容器に入ったミックスポップコーンだけ。


 江住はトレイを美夜に手渡す。と言う事は……


「江住君、ドリンク飲まないの? 喉乾かない?」


 あんなに大量のポップコーンを飲み物無しで食べるなんて、と内心驚く。


「大丈夫。ここのポップコーン、めっちゃくちゃ美味しくてさ~。実は俺、映画館グルメのマニアでもあるんだよね。っていうかそっちがメインかも」


 いつもは大人っぽく微笑むのに、年相応のニヤリとした笑みを見せる江住に、またも美夜はドギマギしてしまう。


「是非横尾さんにも食べて、美味しい! って共感して貰いたいからこれは俺のおごり」

「えっ、それは駄目だよ!! お金出すから!」

「いいよいいよ。でも今回だけ。次回からは完全割り勘な」

「えっ……」


("次回からは"って、次も2人で映画に行くチャンスあるの?!)


 トレイを持ったまま固まる美夜。そのまま先を行く江住がこちらに背中を向けぼそりと呟く。


「……それに、後で横尾さんも食べさせて貰うしね」


(……ああ、やっぱり妄想と現実がごっちゃになってる。江住君がそんな事言うわけないのに。

私を食べさせて貰うって……それって……きゃあああああーー!!)


 ~・~・~・~・~・~・~


 映画は意外にもファンタジーの話だった。西洋風の魔法や剣の世界で、迫力満点のCGやアクションシーンが随所に出てくる。

 しかし友情や恋愛要素を絡めた感動するシーンや、ちょっとした笑いどころも時折交え、飽きさせない。


 元より真剣に映画を見るつもりだった美夜は話に引き込まれた。

 そのまま集中したかったのだが……


(腕が、腕がぁ……)


 大きなポップコーンを抱えた江住の左腕が、美夜の右腕にあたっている。

 美夜はノースリーブ、江住は半袖なので、二の腕の肌が直に触れている状態だ。

 美夜はその部分がじりじりと焼け付くように熱く感じた。


(くっついてるのは嬉しいけど、どうしよう……わたし、汗かいてないかな)


 右横をチラ見すると、やはり横目の江住と目が合い、慌てて目線をスクリーンに戻す。

 江住は特に気にした様子もなくポップコーンを食べているようだ。

 美夜も自分のポップコーンを手探りでつまんだ。甘いキャラメルをまとった香ばしいポップコーンが口の中で溶ける。

 その甘さが脳に行ったのか、今までドキドキするばかりだった美夜も少し冷静になれた。


(……くっついてるのはご褒美! 今は映画に集中!)


 今、余計な事を考えて映画を楽しめなかったら確実に「次回」のチャンスはやってこない気がしたからだ。

 美夜は目に力を込めるようにスクリーンを見つめた。


 そんな美夜を横目で一瞬だけ確認して江住は再びポップコーンをつまむ。

 彼が注文したのはバケツの中に仕切りがあり、三種類の味が楽しめるミックスだ。


(うん。今のドキドキ感も悪くなかったけど次はもっと興奮するかな? 確かもうすぐ敵の飼う魔獣が主人公に襲いかかるシーンだったっけ)


 魔獣の爪が主人公の身体にかかり、彼がうめき声をあげ倒れる。更に魔獣が大きな赤黒い口を開け、呑まれるかという刹那、味方によって救出される。手に汗握る場面だ。


 しかし江住はその映像を殆どぼんやりとしか見ずに、ポップコーンを咀嚼する。

 焦がしたようなほんのりとした苦味とスパイスのような刺激的な香りを感じながら、ほう、と小さく満足の溜息をつく。


(ああ……美味い。やっぱり映画館で食べるのは、色んな味が楽しめて最高だな)


 また一粒口に入れる。今度はキャラメルポップコーンだ。

 画面は主人公を助けるために現れた精霊の姫が傷ついた彼を癒そうと、愛の告白をして口づけるシーンに移っている。


 江住はその甘さに涙するかと思うほど感激して震える。

 いや、実際には涙は出ない。彼の身体は感激に涙するようには出来ていない。

 が、そんな表現が浮かぶほど今食べたものが美味かったのだ。


(……これは極上品だ。まずいな。クセになりそうだ)


 今のはまさに甘美と言える味わいだった。しかし食べすぎては色々と不都合が起きる。

 江住は今日はもうこれで止めようと、ポップコーンのバケツを右手に抱え直し、一気に口に放り込んだ。


 ~・~・~・~・~・~・~


「最高だった~!! 今まで映画はいつもスマホかパソコンで見てたんだけど、映画館って全然違うんだね!」


 映画館の隣のカフェに入った後、満面の笑みで感想を語りだす美夜。

 元々感情が顔に出やすいのもあり、映画を面白かったと言う言葉に嘘偽りがないのがわかる。

 江住はそれを見ながらカフェラテを飲み、微笑んだ。


「気に入って貰えたみたいで良かった。横尾さんが昔ファンタジー系の児童文学にハマったって言ってたから、この話はいけるかなと思ってたんだ」

「うん! 先が読めなくてハラハラしたし、精霊の姫様、めっちゃキレイで……」


 そこまで言って美夜は急に赤くなり勢いが萎む。キスシーンの時の事を思い出したのだろうか。

 江住は一応確認してみようと、左手を伸ばしてテーブルの上の美夜の指先に触れた。

 美夜は一瞬ビクリとしたが、真っ赤なまま抵抗する素振りはない。何よりも指先から拒絶や疑惑ではなく、喜びと驚きの感情が伝わってくる。


「え……江住…くん?」


(良かった。やっぱりバレてはいないみたいだ……それにしても横尾さんは…)


 江住は内心ほっとするとともに、その甘美な感情に欲望を刺激されそうになったが、ぐっとこらえて手を離し、いつもの落ち着いた微笑で話しかける。


「急に黙っちゃったから、どうしたかなと思って。気分は大丈夫?」

「大丈夫大丈夫! めっちゃめちゃ元気!!」

「そっか良かった。精霊姫の女優さんが気に入ったなら、来月公開の恋愛映画に出演してたと思うけど」

「えっ……それって」

「来月、一緒に行く?」


 美夜は目をキラキラさせて首を何度も縦に振る。

 その様子をほほえましく、また、と思いながら、江住は来月の予定について話を進めるのだった。

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