怪談『ハツカダイコン』と、真相『大地の実り』
こんな怪談がありました。
『ハツカダイコン』
近所で農業祭があって、地元産野菜と一緒に二十日大根のタネも買って来たんです。
ベランダ菜園で、季節の野菜を少しずつ育てています。
小ぶりのプランターに、二十日大根のタネを
他の野菜より発芽が早いので、タネ蒔きの翌々日にはハート形の可愛い双葉がたくさん出てきました。
とても状態の良いタネが安価に買えたと喜んでいたら、発芽の翌日……。
1本だけ、本葉が茂っていたんです。
二十日大根は20日で収穫できると言われる小さな大根ですが、栽培環境がよくてもタネ蒔きから30日はかかってしまう場合がほとんどです。
発芽の翌日に葉が茂るほどのスピード感はありません。
見た目は確かに二十日大根の葉です。
でも、1本だけ突然の成長をした芽があり、妙な遺伝子操作を疑ってしまいました。
さらに翌日。妙な生き物を目撃しました。
野菜を育てているベランダに目を向けると、赤い大根が歩いていたんです。
赤色の長大根のような生き物が、歩いてベランダを横切って行きます。
目が点になりました。
大根や人参は、深さの足りないプランター栽培だと先端が二股に分かれやすいそうです。
でも、人の足のような太さの赤い大根と、急成長していた二十日大根のつながりは連想できませんでした。
根先が二股に分かれた大根に似た妙な生き物が、ベランダを横切ったのだと思ったんです。
その生き物は、ベランダの柵を跳び越えてどこかへ消えてしまいました。
外に何も居ないことを確認し、恐る恐る窓を開けました。
ベランダの柵の向こうにはもう、動くものの姿は見当たりません。
でも、二十日大根のプランターから本葉が茂っていた1本が消え、大根のような太さの穴が開いていたんです。
ファンタジー野菜のマンドラゴラは叫ぶのでしたっけ?
ベランダを横切ったラディッシュ色の大根は静かでした。
プランターには、通常速度で育つ二十日大根たちが残っています。
大きくなったら食べても大丈夫なのか、わかりません。
――――という、怪談の真相は?
『大地の実り』
赤い大根が、白い大根を抱えて来た。
静かな寺の本堂。
開けたままの木戸から、立派な赤い大根がトコトコと歩いて来たのだ。
根先が足のように、二股に分かれている。
よちよち歩きの子どものような背丈だが、どう見ても大根だ。
虫食いのひとつも無さそうな葉茎が、青々と茂っている。その数本が腕のようにしなり、1本の白い大根を抱えていた。
抱えられた白い大根は赤い大根より小さく、普通の野菜らしい。根先は別れておらず、動く様子もない。
怪談会の準備をしていた青年カイ君は、座布団を抱えたまま目が点になっていた。
床の上をトコトコと歩く、赤い大根を目で追っていく。
赤い大根は白い大根を抱えたまま本堂を横切り、本尊の前に立った。
やわらかな動きでペコリと頭を下げると、野菜や果物の供えられた台に白い大根を置く。
もう一度、赤い大根は本尊に頭を下げ、くるりと向きを変えた。
赤い大根は、自分を見つめるカイ君にもお辞儀をした。
顔は無く、もちろん口のようなものも見当たらないが、
『どうも、こんばんは』
と、赤い大根は言った。
シャキシャキとした音の混じる、みずみずしく不思議な声だ。
――しゃべった!
と、声を漏らしそうになるのを堪え、カイ君は、
「こんばんは」
と、答えて頭を下げた。
『豊作の願われた地へ、願いの届いた
「……そちらの白い大根が、印ですか?」
『その通りです』
青葉を揺らして、赤い大根は頷いた。
「それはそれは、ありがとうございます」
お礼を言うべきかどうかもわからないが、カイ君は、
「これから、ここで怪談会が行われます。よろしければ参加なさいませんか」
と、怪談会に誘ってみた。
赤い大根は、腕のようにしなる青葉をひらひらさせ、
『いえいえ。みなさん、驚かれますから。今年など農家で発芽するはずが、民家の植木鉢に顔を出してしまって、私を見た人間も目が点になっていましたよ。私は豊作の神の使いなのですが、オバケと勘違いされましてね』
と、話した。
確かに、とは言わずに、カイ君は、
「そうなんですか」
と、答えておいた。
『では、失礼します』
赤い大根がぺこりとお辞儀したので、
「はい。お立ち寄り、ありがとうございました」
と、カイ君も頭を下げた。
短い足でトコトコと床の上を歩き、赤い大根は本堂から去って行った。
カイ君が本尊の前を見れば、野菜や果物に混ざって、白い大根が違和感なく追加されている。
「……よし。準備しよう」
どこへともなく頷き、カイ君は怪談会の準備をすすめた。
赤い着物の日本人形が歩くという怪談があるなら、赤い大根が歩いても怪談だ。
幽霊や不思議な存在による怪談会。
怪談を話さずに、立ち寄っていく存在も居る。
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