怪談『トイレの鏡』と、真相『トイレと鏡』
こんな怪談がありました。
『トイレの鏡』
誰も居ない場所で、鏡に幽霊が映るという怪談がありますよね。
その逆があったそうです。
Aさんが、百貨店で買い物をしていた時のこと。
婦人服売り場の奥にあるトイレに立ち寄ったそうです。
入り口から左側に個室が並んでいて、右側に水道がある普通のトイレです。
一番奥の個室が使用中だったので、Aさんは一番手前の個室に入ったんですね。
Aさんがトイレを済ませて個室から出ると、奥の個室に入っていた人もゴソゴソと服の音をさせて、水を流す音も聞こえたそうです。
もう出て来るなら奥側の水道を空けておこうと、Aさんは入り口側の水道で手を洗っていました。
キーッとドアの開く音が聞こえ、スニーカーのようなキュッキュッという足音が出て来ました。
でもその足音は、水道に向かわず出口へ進んだそうです。
手を洗わないの!?
と、驚いてAさんが鏡越しに見ると、足音の主が映っていません。
角度の問題ではなく、足音が真後ろを通っても映りません。
不思議に思い、振り返って直接見てみると、女性の後姿があったそうです。
夏らしく肩を出して、ロングのワンピースを着ている女性は、同じ階にあるファッション雑貨のお店の紙袋を手にしていました。
なぜ鏡に映らなかったのでしょう。
Aさんの姿も背後の個室も鏡に映っているのに。
ゾッとしそうな話ですが、掃除も行き届いた明るいトイレです。幽霊という存在は、すぐに思い浮かばなかったとのこと。
鏡に映らず、目視はできる幽霊も居るのでしょうか。
幽霊や不思議な存在も案外、身近で生活を共にしているのかも知れませんね。
―――という『怪談』になっている幽霊さんのお話を聞いてみましょう。
『トイレと鏡』
幽霊によって暑さ寒さを感じる者も居れば、死後の体感温度に変化がない者も居るらしい。
隙間風も冷たい秋の夜の怪談会。
話し手の女性幽霊は、ノースリーブのワンピースを身に着けていた。
女性幽霊に寒そうな様子はない。
「誰も居ないのに、鏡には映ってるっていう怪談がありますよね。私は、その逆なんです」
そう言って、ワンピースの女性幽霊は話し始めた。
どういう訳か、幽霊になっても時々トイレに行きたくなるんです。
飲み物も食べ物も口にしていないのですけど。
そして、トイレの鏡には私の姿が映らないのに、生きている人に直接見えてしまうんです。
なぜかトイレの中でだけ、私の姿が生きているように見えてしまうんです。鏡には映らないのに。
姿が見えるだけなら、普通にトイレを利用していると思ってもらえるのでしょうけど。
鏡に映っていないのを同時に目撃されると、ビックリさせてしまうじゃないですか。
そのことに気付いてからは、人に見られないように気を付けています。
大抵のトイレには鏡があるし、誰も使わないような汚れた公衆トイレは気が滅入るんですけどね。
でも、幽霊なのにトイレへ行きたくなる理由も、鏡に映らないのに生きている人に姿が見えてしまう理由もわからないんです。
怪談会MCの青年カイ君は、話を聞き終え、
「死後の状態は様々です。トイレに行きたくなったり、特定の場面では生きている人に姿を見せることができたり。個人差が大きいそうですよ」
と、言った。
「ちょっと不便です」
頷いたり首を傾げたりしながら、ワンピースの女性幽霊は答えた。
「この怪談会が行われている寺の、駐車場にもトイレがありますから。あまり掃除が行き届いている訳でもないんですが、良かったらお使いになってください。水道に鏡は付いていないので」
「あっ、本当ですか? 助かります」
そう言って笑顔を見せると、ワンピースの女性幽霊はぺこりと頭を下げた。
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