第41話 あつい
三石さんたちの家だけに霊が出没する理由は何だろうか。他の三軒にあって三石さんにはない物。いや、逆かもしれない。他の三軒になくて三石さんにあるもの、ということか。何名が亡くなったのか具体的な数は分かっていないが、それなりに多い人数がこぞってこの家に集まってくる理由とは。確か子供も老人もいたはず、年齢だって性別だってバラバラだ。
家自体には問題はないだろう。同じ建築会社で同じ時期に建てられたものだ。使っている木材なども同じところから手配しただろうし、デザインだって似ている。そうなるとやはり、住んでいる人?
考えても出てこない答えに首をひねりながら、私もリビングへ続こうと前を向いたときだ。
自分の足元に、誰かが座っていた。
丸まった小さな背中が見える。しゃがみこみ、膝の間に顔を埋めている。一目で、大人ではないと分かる体格だった。
青いトレーナーを着ており、髪は短く切られている。細い首筋が見える。男の子だろうか? 顔が見えないので何ともいえない。
その子はただ私の足のすぐ前でうずくまっている。
周りは静寂に包まれていた。ほんの少し廊下を進めば、柊一さんたちがいるリビングがあるというのに、そんな感じはまるでない。家には人がいないかのように、静けさだけがある。
私の口からはかすかな息だけが漏れた。突然現れた見知らぬ子供に、ただ呆然と立ち尽くす。頭の中で上手くこの存在を処理できていないのかもしない。
間違いなく、生きている人間とは違う存在だ。自分の足にひんやりとした空気感が伝わってくる気がした。
弥生さんも一度、子供の後ろ姿を見て失神したと言っていた。その子と同一人物なのだろうか? 全く動くことなく、私の足元でひっそりといるだけだ。後ろ姿だけ見たら、まるで生きている人間のよう。
驚きと、もちろん恐怖心もあったが、相手が子供であること、そして火事で亡くなってしまったという事実を知っているため、可哀想と思う気持ちが大きく働いた。こんな小さな子が、火に包まれながら亡くなっただなんて。
「な、なにしてるの……?」
つい、そう話しかけた。暁人さんたちは廃ホテルで出会った霊たちと会話をしていたし、もしかしたら私も出来るかもしれない。そう思ったのだ。もしかしたらこの子から、三石家に集まる理由が聞けるかもしれない。
「ここで何してるの……?」
再度尋ねたが子供は何も反応がなく、全く動かない。柊一さんを呼んだ方がいい。でも呼んだらこの子が消えてしまう気がする。
少し迷った挙句、そっとその背中に手を伸ばした。
だが小さな背中に触れることはなかった。それより先に、突如自分を息苦しさが襲ったからだ。伸ばした手をすぐに引っ込め、自分の喉を押さえた。
しまった、と思う。
吸っても吸っても空気が体に入ってこないような感覚。同時に、喉が焼けるような熱さを覚える。痛くて、苦しくて、とにかく熱い。悲鳴を上げようとしてもそれすら出来なかった。恐怖心と焦りでパニックになり、そのまま膝を床についた。ひゅーひゅーとかすかな空気が漏れる音が、自分の口から漏れる。
喉を両手で抑えながら悶えていると、ふとすぐ目の前にいた子供が初めて顔を上げた。ゆっくりとその顔がこちらを振り返った時、自分の恐怖は頂点に達した。
顔は全て焼けただれており、元の顔の面影は全く感じられなかったのだ。
赤黒く変色した皮膚は痛々しく、恐ろしかった。それでも泣き声一つ上げず、ただじっとしている子供の姿があまりに異様で、私は出せない悲鳴を上げた。
声は出なかったはずなのに、リビングの扉が勢いよく開いた。そしてそこから、柊一さんの声が聞こえ、
「遥さん!」
私の名を呼んだ。
苦しさで涙を流しながらなんとか顔を上げると、彼は険しい顔でこちらに駆け寄ってくる。だがそれと同時に、そばにいた子供の姿がふっと消えてしまったのだ。
すると私の息苦しさもパッと戻った。懸命に息を吸い呼吸を落ち着けるが、周辺に焦げたような匂いが残っている気がしてぞっとした。
体が倒れ掛かったところで、柊一さんがそれを支えてくれる。
「大丈夫!?」
「あ……く、くるしか、た」
「とにかくゆっくり呼吸を繰り返して、落ち着いて。近くにいたのに気付くのが遅れてごめん。あれは間違いなく、あの火事で亡くなった子供だ」
「小さな、子でしたね……」
柊一さんは眉を顰める。
「あまりよくないな。長くこの世に彷徨ってしまったから、ちょっと良くない物になりかけてる。悪霊、と呼ぶには微妙だけど、なりかかってる。早く何とかしたいものだね」
一目であの子について分かったらしい。冷静な分析を聞きながら、私は驚いた。
「え、でもじゃあ」
「僕も小さな子を、しかもあんな形で亡くなった子を、食べたくなんてないよ」
悲し気に言ったのを聞いて少し安心した。そうだよね、悪霊だからと言ってすぐに食べたりしない、相手によって対応を考える、って前も言っていたじゃないか。
凄く辛くて、あんな思いを小さな体で味わったのかと思うと、あまりに辛い。その上食べられるなんてことになったら、悲しすぎる。
「遥さん大丈夫? リビングでちょっと横に」
心配そうに私を覗き込む柊一さんの顔がぼんやり薄れる。自分の涙でそうなっているのかと思ったが、それだけではなく、私はそのまま意識を手放してしまったようだった。
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