第37話 大きな謎
その質問に、宇野さんは分かりやすく視線を逸らす。頭をぼりぼりと掻きつつ、困ったように話す。
「まあ、元々は長いこと駐車場だったんですがね。まあ、こんなところで駐車場なんてあんまり使う人もいなくてね。だだっ広い駐車場に車が数台止まっているような状況だったんだけど」
「駐車場だったんですね」
柊一さんは初めて聞いた、という反応を見せた。宇野さんは頷く。
「その時何かあったんですか?」
「いや、その時じゃない。それより前だ。いや、正しく言えば前の前、か」
宇野さんがやや声を潜めて言ったのを聞いて、やはり駐車場より以前に何かがあったのだ、と驚いた。柊一さんたちが言っていたことは当たっていた。
暁人さんが厳しい表情で訊く。
「何があったんですか?」
「駐車場の前は、ただの空き地で、子供たちの遊び場になってましたよ。今とは時代が違うからね、昔はそういう空き地がよくあって、子供は勝手にそこで遊んでいたものだ。でもその時から、あそこは妙な噂がありまして……」
「噂、といいますと?」
鋭い目で暁人さんが問うと、言いにくそうに宇野さんが答えた。
「夕方になると生きてる人間とは思えない何かが出る、って……」
「生きてる人間とは思えない……?」
宇野さんは周りを見回し、さらに声を潜め、厳しい顔つきで言った。
「空き地になる前は、あそこには個人病院がありました。寺田さん、という夫妻がやっていてね。二階が住宅、一階が診療所。とってもいい先生で、いつも人が多く集まっていました。でも、あんなことが……」
「あんなこと?」
ついに私も声を出して聞き返した。宇野さんはやや俯き、でもしっかりと答えた。
「近くに住んでたちょっとこう、精神的に異常のある男がいましてね。寺田さんたちは根気よくその男の診察もやってたみたいなんですが、逆恨みなのか何なのか、ある日昼間に病院に火を付けまして……私もすぐ裏だから早く気づいて、消防に連絡して消火活動に参加したんですが、火が付いたのが入り口付近だったみたいで、逃げ出すのに時間がかかったみたいで……何名かそのまま亡くなってしまったんです」
私は息を呑んでその言葉を聞いていた。つまり放火事件があったのだ。
「寺田さん夫婦も亡くなりましたし、中で診察を待っていた方も何名か亡くなって、結構な人数が犠牲になりました。男は逮捕されたけど、精神疾患があったから動機すらあいまいなままでねえ……。そのあと、しばらくしてただの空き地に。事情を知ってた大人たちは近寄らないように子供に言っても、子供は聞きませんからね。遊び場として使われていたんですが、さっきも言ったように夕方になると人影が現れるとか、誰かの声がしたとか噂が立つようになって」
「そんなことがあったんですか……」
暁人さんが悲痛な声を漏らした。放火事件があり、何人も犠牲になったとは。
ふと、三石さんたちの目撃情報には、子供や女性、老人のような人など、幅広くあったことを思い出す。やはり、その放火で亡くなられた人たちがいまだに残っているのだろうか。
「そこにまず駐車場が出来ましてね。使う人も少ないけど、駐車場になったことで子供たちは遊ばなくなり、変な噂もいつの間にか消えていたんです。最近新しい人もどんどん入ってきてるし、逆に私みたいな年寄りは減っていく一方ですから。だからまあ、穏やかになったと思ってずっと安心していたんですが、まさか住宅が建つなんてねえ。昔の話だし、何かがいるとしたら、もう静まってくれてるといんだけど」
私たちは自然と視線を合わせた。
やはり、駐車場になる前からここには何かがいたのだ。そこを住宅に変えてしまったため、三石さんの家でおかしなことが起きてしまっている。恐らく、放火により突然命を奪われてしまった悲しみで成仏できない霊たちがいるのだろう。
暁人さんが丁寧にお辞儀をした。
「貴重なお話ありがとうございました」
「ああ、いや変な話をしてすみませんね。放火があったのは昔の事だし、変な噂があったのも空き地の頃だから、心配しすぎなのかもしれない。それ以外は住みやすいよ。私だってすぐ裏で人が何人も亡くなったのがショックで土地を売ろうかとも思ったけど、そのほか住む環境はとってもいいんです。人も優しいしね」
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
「いい家が見つかるといいですね」
ようやく話を切り上げ、私たちは宇野さんの家から離れた。三石さんの家に戻りつつ、私は深いため息をつく。
「柊一さんたちが言ってたこと、合ってましたね……やっぱり駐車場になる前が問題だったんですね」
暁人さんが考えながら独り言のように言う。
「かなり昔の事件のようでしたね……一度ネットで調べてみますが、もしかしたら情報は少ないかもしれないな……いや、被害が大きい放火なら、大きく報道されてそうだからそれなりに残っているかも」
「一度三石さんの家に戻りますか?」
「そうしましょう」
そう話している私たちの少し後ろで、柊一さんが何かを考え込んでいるのに気が付いた。私は首を傾げて顔を覗き込む。
「どうしましたか?」
「……大きな謎が残ると思わない?」
「え?」
そう言った柊一さんは、四軒並ぶ家をじっと見つめ、黙り込んでしまった。
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