誰かがいる家
第28話 新しい相談
「新築の家でおかしなことが起こる……か」
柊一さんが隣でぽつんと呟いた。私は運転席でハンドルを握る暁人さんに尋ねる。
「ご夫婦ですか?」
「はい、住んでるのは若い夫婦です。入居してほんの二か月らしいのですが、その間に色々な不可解な現象に遭遇。我慢しきれず依頼したと」
暁人さんが運転する黒い車は、今しがた私たちのアパートを出たばかりだ。外は気持ちがいいほど晴れており、風が吹くと寒いが、日差しは温かで、外出日和だった。こんないい天気の日に、まさかおかしなことが起こる家に行くとは。
一昨日、廃ホテルでの調査を終え、柊一さんたちの仕事を手伝う決意をした自分は、早速次の仕事に取り掛かっていた。一日休みを挟み、新たな依頼に着手したのだ。
新築の家で人の声や足音が聞こえる、というざっくりとした内容は聞いていたが、詳しくはまだ聞けていない。朝、柊一さんの部屋に集合し、すぐに車に飛び乗ったところだ。
柊一さんは暁人さんからそれなりに話を聞いているらしく、説明してくれる。
「二十代の夫婦で、子供はなし。奥さんは今妊娠中で、それを機に仕事を辞めたから家にいることが多いらしいんだけど、しょっちゅう人の気配や声を感じるらしいんだ。ついには、やばいものを目撃しちゃったと」
「最悪じゃないですか……お腹に赤ちゃんもいるっていうのに」
おそらく、生まれてくる子供のために一軒家を購入し、引っ越しをしたのだろう。あとは生まれてくるのを待つだけという幸せな時間のはずなのに、怪奇現象に悩まされるなんて、可哀そうすぎる。胎教にもよくなさそう。
「旦那さんも感じてるんですか?」
「みたいだよ。まだよかったよね、奥さんだけそういうのを体験してると、妊娠中で気持ちが不安定だから……とか結論付けられて、うちに依頼まで来なかったかもしれないからね」
「ああ、たしかに……そうなると孤独感も増しますしねえ」
映画や小説に出てくるパターンで多い気がする。一人にだけ怪奇現象が起きて、他の家族は感じないから、徐々に精神を病んでいってしまう……みたいな流れだ。今回はそうならないようで安心ともいえる。
暁人さんが運転しながら補足した。
「今は昼間は実家に帰ってるみたいです。仕事が終わったら旦那さんが迎えに行って一緒に帰宅、夜は一応家に帰って、色々対処を頑張ってきたみたいです。これまでも、盛り塩をしてみたり、お札を飾ったりと、色々してみたそうですが、何も効果はなかった、と」
「塩とかお札って、効果ないんですか?」
「いいえ、ありますよ。ただ、状況や相手の力の強さで効果の出方は変わってくるんですよ。この前も言いましたが、霊と一言で言ってもいろんなパターンがあります。弱い霊なら十分効力があるでしょうが、強い悪霊などには、効かないこともあります」
「ってことは、やばいのがいる可能性大、ってことですね……」
私は背もたれにもたれ、天井を仰いだ。ホテルでの件、やっぱり怖くもあったから、今も少し怯えてしまっている。一体どんな霊がいるのかな、できればあまり怖くなくてすぐに解決できるものがいい。
今回は泊まり込みになるかもしれない、というのも聞いてあるので、大きなバッグにお泊りセットは色々入れてきた。着替えやメイク用品、それからおやつとかも。泊まり込みでお仕事をするだなんて、初めての経験だ。しかも、こんな男前な二人と一緒に。
柊一さんがスマホを眺めながら言う。
「建売りされていた家を購入したみたいだよ。周りにも数件、同じように建てられて売り出された家があるみたい」
「へえー……怪奇現象があるおうち、ってなると、勝手に田舎の古いお屋敷を想像しがちですけど、その家も周りも新しいならイメージがちょっと違いますねえ」
「そんなもんだよ。霊はどこにでもいるからね。まだ一時間くらいかかるよ、遥さん好きにしててね」
スマホをしまいながら柊一さんが言った。私は頷いたが、すぐにある疑問が浮かんだので、彼に尋ねる。
「そういえば、こういうお仕事の依頼ってどうやってくるんですか? ホームページを持ってるとか……?」
「ああ、僕たちは完全に紹介制だよ。怪奇現象の相談窓口みたいなのがあるんだけど、そこから紹介されてきたり、もしくは以前解決した人から口コミで噂を聞いたけど見てもらえませんか、みたいな」
怪奇現象の相談窓口ってどこ。そういうサイトとかあるんだろうか。怪しくて私なら手を出せないが。
「あとはそうだなあ、お寺とか神社からも紹介されたり。今回もそうだけど、まずお寺とかに駆け込む人って多いんだよね。寺によっては、住職に力の強い人がいてバンバン祓えるところもあるんだけど、そんな人はほんの一握り。そうじゃない人が対応しても、強い霊相手だと今回みたいに効かないことがある。そういうとき、うちに紹介してくれるってわけ」
「おお、なるほど……」
それならなんだか信憑性も高い。お寺の住職さんが『ここならきっとあなたの力になれますよ』と言ってくれるなら、みんなも信じて相談しやすいだろう。
そうやって柊一さんたちに仕事が回ってくるというわけか。そう思うと、やっぱり彼らってすごいんだなあ……。
黙って聞いていた暁人さんが口を開く。
「依頼の数は多い月もあれば少ない月もありますが、年間を通して見るとそれなりに繁盛していると思います」
「まあ、私にあれだけの時給を支払えるくらいですもんね……」
今乗っているこの車だって、確か結構お高いやつだ。かなり稼ぎはいいだろう。普通に生きていると怪奇現象に悩まされるなんて、創作の中だけの世界かと思っていたが、世の中には案外多いらしい。
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