第14話 ついに部屋へ

 僕たちをつけてくる? つまり、後ろに誰がいる? 私たちをずっと見ていた??


 丁度二階にたどり着いたところで三人足を止める。暁人さんが振り返った。


「あーあれ? まあ、ちょっと力強そうか」


「危害を及ぼすってレベルじゃないと思うけど、執着されても気分が悪いよ」


 二人の会話がどこか遠くに感じた。心臓が痛い。


 指摘されれば、背後に何か視線を感じる気がした。誰かがじっとこちらを見ている、そんな気がする。振り返ってみようか、でも怖い、見ない方がいいかもしれない。


 でも好奇心というものも、私の中には存在している。暁人さんが追い払うという姿を見てみたい。


 暁人さんが一人階段を降り始める。そこでついに、私は思い切って振り返ってみた。


 何もいない。


 がらんとした階段が見えるだけで、他の存在は見当たらない。必死に懐中電灯を動かしてみるが、私には捉えることが出来ない。


 だが暁人さんはまっすぐ階段の中央まで足を運び、そこで立ち止まった。そしてポケットから何かを取り出す。じいっとそれを見つめていると、出てきたのは小さな瓶だった。中に白い物が入っているのが見える。


 あれはもしや、霊を祓うといわれている塩では……と一瞬気分が高揚したが、暁人さんが握っている小瓶が、見覚えのある形をしていたのできょとんとした。あれは私の実家にも置いてある、食卓塩ではないか。


 そして彼は、その瓶のふたを開けると、その場にぱっぱっと軽くかけたのだ。まるで味が薄かったので料理にかけました、そんな様子で。ほんの少量が舞い散り床に塩が落ちる。それだけ行うと、彼は蓋をしながらこちらに歩み寄ってきたので、つい大きな声を上げてしまった。


「え、除霊ってそんなんですか!? 食卓塩かけるの? 料理じゃあるまいし!」


 私がそんな風に驚くと、隣で柊一さんがお腹を抱えて笑った。いや、笑い事じゃない。お経を読むとか、その場にそれっぽく手をかざしてみるとか、塩を撒くにも、もうちょっとやり方があるだろう。


 柊一さんが笑いながら言う。


「あの瓶が持ち運びするのにちょうどいい大きさだったんだよ。中身はちゃんと僕たちが準備した塩だから、特別なものなんだよ」


「そ、そうなんですか。でもあんな軽くかけただけで?」


「今いた霊はそこまで強くなかったから、あれで十分。念のため追い払っただけだから。もっと強くなるとああはいかないよ」


「はあ、そんなもんですか……」


「見えなかったの?」


 聞かれて強く頷き、顔で柊一さんに言う。


「私は見えませんでした! やっぱり見えない体質なのかも。さっきの赤いやつだって見間違いで」


「まだ分からないよ。霊の中には力の強さの差が大きい。それに相性というものもあるからね、今の奴が見えなかったからと言って、他の霊も見えないとは限らない」


 きっぱり断言されてしまい、肩を落とす。自分はみえない人間だってわかれば、少しは恐怖心が和らぐかと思ったのだが、そう簡単には分からないようだ。


 私たちに追いついた暁人さんが柊一さんに言う。


「脅すなよ、柊一」


「あ、ごめん、そんなつもりはなかったんだよ。見えても大丈夫、僕たちがいればね」


 申し訳なさそうに言ってくる彼に力なく微笑んでみせ、私たちはまた階段を上り始めた。


 三階一番奥の部屋が、犯行現場との噂だ。三十年前とはいえ、人が殺された現場に行くのは心が苦しい。刺された、ということは血痕なども残っているのだろうか? 想像し震え上がったと同時に、ふと車の中の暁人さんのセリフを思い出す。


「そういえば、事件後も一応営業してたんですよね、このホテル。ということは犯行現場も綺麗にリフォームされてそうですよね!? そうじゃないと貸出せないし」


「普通、殺人事件が起こった部屋は封鎖しませんか? 客に貸し出すような場所ではないでしょう」


「あ、そっか……じゃあ、現場はそのままかもしれない……」


「とはいえ、血まみれの部屋をそのまま置いておくというのも考えにくいでしょう。業者に清掃ぐらいは入ってもらったのでは」


「あ、それもそうですよね」


 暁人さんとそんな会話をしながら、ついに三階へたどり着く。見れば、長い廊下がずっと続いていた。茶色のドアが一定間隔に置かれている。ごくりと唾を飲み込んだ音が反射した気がした。


「さーて、一番の現場にいこっか」


 柊一さんが軽く言いながら足を踏み出したので、私もそれに続いた。


 廊下は一階ほど足場は悪くなかった。汚れがすごいのは確かだが、ゴミや瓦礫が散乱していないので、それだけでずいぶん歩きやすい。時折、ドアが開けっ放しになっている客室があったので覗いてみると、小さなベッドが置きっぱなしになっているのが見えた。


 ついに奥まで辿りついてしまうと、すぐに柊一さんが声を上げた。


「なるほどねえ。ここが現場っていうのは間違いなさそうだね」


 驚きで彼が見ていた先に視線を動かすと、懐中電灯の灯りに浮かび上がる部屋のドアノブが見えた。そこには何か札がぶら下がっている。ほとんど擦れて見えにくくなっているが、『立ち入り禁止』の文字がぼんやり読み取れた。


 他の部屋と扉は同じだし、客室番号も振られている。間違いなく客室のはずなのに、立ち入り禁止。それを意味することは、私でもわかる。


 隣では、暁人さんが厳しい顔で扉をじっと見つめている。柊一さんがドアノブに触れた。


「開けるよ。遥さん、とにかく離れちゃだめだよ」


 言われなくても離れたくない。私は頷いて懐中電灯を握りなおした。

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