第197話 ヴァインツ村とボナス商会
結局昼食は村の広場で食べることになった。
あまりに人が集まりすぎたのだ。
ただ久しぶりの来訪というだけで、ほぼ全村民がボナス商会を歓迎してくれている。
「こうして皆さんの様子を見ていると、復興がうまくいったことを実感しますね、ボナス」
「だなぁ。ラウラも達成感があるだろ?」
「ええ、この村の復興に関われたことを誇らしく感じます」
食材を手に集まってくる村人の様子を見ていると、だいぶ復興が進んだことを実感する。
この村でも再び野菜や果物など、豊かな農産物が採れるようになってきたようだ。
「それにしても、量も種類も凄いですね~」
「黒狼に襲われていた頃の状況を思うと信じられないな」
「交通の便が悪くて、モンスターや盗賊などの危険はありますが、その問題さえ乗り越えられれば資源に恵まれた村ですからね」
「海も山も近くて、この辺じゃ珍しく雨まで降るもんな」
今では干した海藻や魚、貝類などの海産物も安定的に作っているようで、一部はサヴォイアでも販売しているらしい。
住民たちの衣服も以前よりずっと良くなっているので、サヴォイアでの商売も順調なのだろう。
街で一時期避難所暮らしをしていたのも上手くはたらいているようだ。
さらにヴァインツ傭兵団の存在もあって、移動や商売の安全も担保されている。
「せっかくここまできたのですから、水を差されないようにしなければなりませんね。期待していますよ、ボナス?」
「貴族とどう付き合えば良いのか、正直あまり自信がないなぁ。まぁでも、こっちには魔女が付いているから大丈夫だろ?」
「私も貴族は苦手です……」
俺とラウラがそんな話をしている間に、広場に大きな鉄鍋がいくつも持ち込まれ、早速調理が始まる。
サヴォイアの避難所でよく見た風景だ。
ミルを中心に女達が集まり手際よく調理を始める。
昔と少し違うのは、その輪の中心にはミルだけでなくザムザもいることだ。
ザムザを取り囲む年かさのお姉さま方は実に楽しそうだ。
鳥型モンスターをザムザが切り分ける手際に、黄色い歓声があがっている。
「それにしても、ボナス商会のみんなはすごい人気ですね」
「ああ、シロやギゼラもこの村との付き合いは長いしね」
広場の一角では、シロやギゼラに小さな子供たちが大量に群がっている。
全身に小さな子供をくっつけながら、まだ歩けないような子供の面倒まで器用に見ている。
いつも優しいシロは、さらにとろけるように甘い表情で子供をあやしているし、ギゼラはどこで覚えたのか、手際よくおむつ交換までこなしている。
その一角だけ保育園のようだ。
今ではサヴォイアでも人気の二人だが、この距離感で接してくるのはヴァインツ村の子供達だけだろう。
大きな鬼に小さな子供たちが群がる姿はなかなか面白い。
鬼の保育士さんだ。
コハクも子供達には大人気だが、姿を見せていないところを見ると、今は何処か別の場所に避難しているのだろう。
「クロさんはどこ行っても人気ですね」
「ほぼ喋れないはずのあいつが、結局一番コミュニケーション能力が高いんだよな」
クロはその根っからの明るい性格で、基本的に何処へ行っても老若男女から人気がある。
特にこの村でのクロの扱いは特別で、その気安い態度とは反対に、心の底から尊敬している連中も多いらしい。
黒狼を相手していた頃からずっと、俺の知らない所でも村人たちをいろいろと助けていたようだ。
確かに暗く気分が沈んでいるような時でも、ただクロが側にいるだけで前向きになれたりする。
当時過酷な状況にあった村人にとって、クロの存在はいっそう救いになったはずだ。
「それにしても、クロは洞穴族連れて何やってんだろ?」
「紹介して歩いてるのでは?」
「なるほど……確かに、あれは先輩面するときの顔だな。ガストのやつ、妙に緊張してて面白いな」
どうもクロは洞穴族を連れて、村人に紹介して歩いているようだ。
なぜか行く先々で干し果物などの簡単なおやつをもらい、少し困惑している。
確かに三人とも背も低く、大きめのローブを羽織っていると、なんだか子供が遊んでいるような微笑ましさを感じる。
ハロウィンみたいだな……。
「マリーはヴァインツ傭兵団の人に囲まれて……独特の雰囲気ですね」
「あいつら、目をキラキラさせちゃって……憧れの存在なんだろう。傭兵団やってるとマリーの武勇伝なんかいろいろ聞こえてくるだろうし、実際ああやってただ突っ立っているだけでなんか格好良いもんなぁ……アジトでのだらけきった姿を見せてやりたくなる」
「ふふふっ、マリーがあんなに気を緩める姿なんて、私も初めて見ましたよ」
「完全に脱力してるもんな。オスカーは……相変わらず、あいつはおっさんたちに大人気だな」
「ほとんど家の修理や改装の相談ですね」
「あれは食後に村中連れまわされそうな雰囲気――おっ、そろそろ料理できたのかな?」
「そうみたいですね! あの鳥、顔は怖かったですけど、どんな味なんでしょう……」
「さぁさぁ! ラウラ様、ボナス様どうぞ!」
早速第一段目の料理が出来てきたようだ。
数枚の大皿へ移された料理が広場に集まった人々へと配られていく。
俺とラウラの前には村長が皿を持ってきてくれた。
皿が重すぎたのか、手が微妙に震えていて不安になる。
「なぁ村長、いまさら様付けなんてむず痒いよ」
「お二人とも、ご婚約おめでとうございます。この村の恩人であるお二人が結ばれて、村長として大変喜ばしく思います」
「べ、べつに何も変わることはありませんけどね!」
「ああ、ありがとう村長。俺も自慢の婚約者ができてうれしいよ」
「ボ、ボナス!?」
どうせこれからいろいろな場所で同じようなことを言われるのだ。
祝われるにしろ、からかわれるにしろ、これくらい堂々と自慢するくらいの方が良いだろう。
変に謙遜したり恥ずかしがってばかりでは面白くない。
ラウラが恥ずかしさで身もだえするくらい言ってやろう。
「わ、私も――幸せですよ、ボナス」
などと思っていたら、本当に幸せそうな笑顔を返され、思わず俺が恥ずかしくなってしまった。
ラウラのことは心から尊敬しているし、心身ともに魅力的だとも思うが、俺自身果たして彼女を女性としてうまく受け入れられるか、正直不安にも感じていた。
だが、実際そんな心配はいらないようだ。
俺だけに向けられたその笑顔に胸を掴まれてしまった。
「ラウラ様も――そういう表情をなさるのですね。いやぁ良かった良かった」
「えっ、な、何か変でした!?」
「ラウラがきれいだってことだよ。さぁ、はやく食べよう! これはなかなか美味そうだぞ」
「き、きれ……」
「そういえば村長、食後にいろいろ相談したいんだけど良いかな?」
「もちろんです。サラにも同席して……そういえば、サラの姿が見えませんね?」
「ああ……、今は少し羽を伸ばしてるのかもしれない。その内戻ってくると思う……たぶん」
「そうですか。傭兵団長になってから、サラはとても頼りになっているのですが、昔から少し変わったところのある子でもありまして……」
それからしばらく、村長からサラの幼少期、その武勇伝の数々を聞きながら、ミル達の作った食事を楽しんだ。
気色悪い鳥だったが、その顔に似合わず上品な赤身で、臭みのない美味しい肉だった。
確かにこれは良い値段が付きそうだ。
上手くロゼ色にローストしても美味そうだ。
これならまた帰りに一、二匹狩って帰っても良いかもしれない。
可食部が多いのもまたうれしい。
「村長、それで地図の擦り合わせもしたいんだ。サラとザムザ……マリーにもあとで参加してもらおうか」
「地図ですか?」
「ああ、今日の午前中マリー達がこの村周辺を調査して、気になるところを地図に描き込んできてくれたんだ」
「私も最近はあまり村の外へは出なくなって、お力添えできるかどうか……」
「そっちはサラに聞くから良いよ。村長にお願いしたいのは、村の名簿と村内の地図について、現状との整合性を確認しておきたいんだ」
「それでしたらお任せください。新しく子供の生まれた家や住む場所を変えたものもいますからね」
「サヴォイアから転居してきた人物なんかもいたら教えて欲しい」
「わかりました。おまかせください」
基本的に村民の構成はそれほど変化してはいないが、やはり数名サヴォイアから移住してきたものもいるようだ。
村民の名簿を作っておいて本当によかった。
タミル帝国と敵対している今、変なのが紛れ込まないようとりわけ注意しなくてはならない。
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