第191話 むし①
朝食後、シロとマリーはコハクを連れてアジト周辺の警備へと向かい、ザムザとオスカーはエリザベスの背に揺られサヴォイアへと旅立って行った。
洞穴族の二人も早々に穴掘りへ向かい、ミルは畑の手入れをしているようだ。
ちなみに畑は日当たりの良い小さな空き地を開墾し、基本クロとミルの二人が管理している。
ただ他の皆もそれぞれに自分の育てたいものをこっそり植えており、小さな畑はなかなか混沌とした状況になっているようだ。
あくまで趣味の範疇だが、水さえやれば放っておいても面白いほど良く育つので、密かな人気スポットになっている。
今朝はミルの話を聞いて、あのマリーまで興味を示しているようだった。
どうもイチゴなどを育ててみたいようだが……マリーが鍬を持って畑仕事をしているところをうまく想像できない。
「クロ、そっちの端持っておいてくれ――よいしょ!」
「ん~う~……ぐぎゃあ!」
そうして、俺はクロと二人で洞穴族用の日除けを作っている。
素人仕事なので少々心もとないが、麻布の端部を補強して紐を取り付けるだけなのでそう難しいこともない。
むしろアンカーを岩肌に固定する方が難しいくらいだ。
電動ドリルが欲しくなる。
なんとかタガネで岩肌に細い隙間を作り出そうとするが、道具の選択が悪かったのかなかなかうまくいかない。
途中で大きく欠けてしまい、程よい隙間を数か所作るだけで無駄に時間を食ってしまった。
クロの応援が無ければくじけていたかもしれない。
なんとか作り上げたニッチに、フック状に曲げた金属を何とか引っ掛けて固定していく。
ここでも思ったようにフックが引っ掛からず、何度もやり直すはめになった。
しばらくクロと手分けをしてカチャカチャと知恵の輪のようなことをやっていたが、だんだん面倒くさくなってきて、最終的にはフックの上からさらに別の金属片を打ち込むことで、無理やり固定させることに成功した。
鬼達が全力を出せば一瞬で引っこ抜けるだろうが、風や少しもたれかかったくらいでは、まず抜けないだろう。
ただ、繰り返し風にあおられたりすると、金属の方が先にやられそうではある。
ギゼラが暇なときに、もう少し頑丈なものと取り換えてもらったほうがいいかもしれない。
やや雑な仕事になってしまったので、こういうのは一緒にいる時にやれと怒られてしまいそうだ。
とはいえ、なんとかそれらしい形にはなった。
ピンと張った白い布地が風を受け陰影を作り出す様子は、帆船のような雰囲気で悪くない。
思わずクロと顔を見合わせ達成感を味わう。
「よし、格好良いな! あんまり覆いつくしても閉塞感があるし、なかなかバランス良いんじゃないか?」
「ぎゃ~うぎゃ~う」
「ははっ、おまえ何やって……おお~、久しぶりに小鬼っぽい」
クロが布地に自分の影を映して遊んでいる。
なぜか蟹股になっており、そのシルエットはまさに昔のクロそのもので、無性に懐かしくなる。
「いやぁクロ、お前と一緒に作業するのはやっぱり楽しいなぁ」
「ぼなす~!」
今ではなんでも器用にこなすクロだが、思い返せば出会った時は失敗ばかりしていた。
当時はとんでもない奴をひきとってしまったなどと思ったものだが、こいつと一緒にいるといつも愉快で、当時の静かで孤独だった暮らしが一気に明るいものへと生まれ変わった。
そして、それは今もやっぱり変わらない。
毎日これほど楽しく暮らせているのも、クロのおかげといっていいだろう。
ただクロが隣にいるだけで、失敗の多いおまけの人生も、特別な愛着を感じることができるのだ。
「おーい! た、たいへんだ~! クロ、来てくれ~!」
「ぐぎゃう?」
「なんだガスト、どうした? ビビは?」
クロと二人小さな達成感に浸りつつのんびりしていると、赤いローブに身を包んだガストが息も絶え絶えに転がり込んできた。
どうやら穴掘り中になにか問題が起きたようだ。
まさか崩落――。
「な、縄張り争いだ! 今ビビが抑え込んでくれてるけど、このままじゃ押し負けそうなんだ、助けてくれ!」
「えぇ……縄張り争いって、なにそれ?」
「ぐぎゃう~! ぎゃうぎゃうぎゃう~!」
「あああっ、でもクロ、殺しちゃだめだからな! あくまで縄張り争いだから! それに、どっちかっていうと俺達が割り込み過ぎたのが悪かったんだ――けど、もう後には引けねぇ!」
「な、なに……?」
「よし、行こう!」
「ぎゃぁう~!!」
どうやら崩落など、すぐさま命にかかわるようなことではないらしい。
それでも縄張り争いという言葉を使うからには、敵対、あるいは競争相手がおり、なにか尋常で無いことが起こっているのだろう。
果たしてクロと俺で対処できるのだろうか。
クロはすっかり悪い小鬼の顔になっている。
ナイフを振り回し雄たけびをあげ、やる気をみなぎらせている。
こういう時のクロは意外と好戦的で、やる気出しちゃうんだよな……。
しかもなぜかぴんくまで便乗して、クロの頭に飛び乗り、その髪をひしっと掴み、妙にやる気のある顔をしている。
「ぴんくはだめだぞ~。洞窟内でぶっ放すと俺達も死んじゃうから……ほら、大人しくしてような」
「ぴ、ぴんくは……まずいな」
そっとぴんくをすくい取り、胸ポケットにしまう。
ほぼ間違いなく、ぴんくは不貞腐れた顔でポケットの底からこちらを睨みつけているだろうが、敢えてそちらは見ないようにする。
どうにも俺の昔からの仲間達は蛮勇に過ぎる。
「と、とりあえずビビが心配だし、行くか!」
「ぎゃ~う~! ぎゃうぎゃうぎゃう~!」
「だな!」
一度三人で顔を見合わせると、一斉に走り出す。
果たして俺がついて行って意味があるのかはわからない。
だが、正直……ちょっと面白そうだ。
あの岩肌にいったい何が住んでるのだろうか。
縄張り争いというのにも興味がある……。
う~ん、俺も結局ぴんくやクロと同じなのかもしれない。
「ボ、ボナス、お、お前意外と足早いな」
「ん~……よし! ガスト、背中のれ!」
「えっ、ええぇ!? う、うん……し、尻が~!」
「女みたいな悲鳴上げるなよ」
「お、俺は女だ~!」
走り出してすぐに、ガストが遅れ気味になる。
やはり歩幅が圧倒的に短い。
ローブも動きやすく作られてるとはいえ、走るのに適しているとは言えない。
ひとまずガストに背を貸し、その尻を引っ掴むようにして負ぶっていく。
普段の態度はでかいくせに、その身体は驚くほど小さく軽い。
見た目にそれほど差異は感じないが、やはりビビの方が全体に体つきはしっかりしている気がする。
小さな腕を首に回し、遠慮がちに体を預けてくる。
妙にしおらしいな……。
「それで……ガスト、いったい誰の縄張りなんだ?」
「ああ、今揉めてるのは虫だな。通気と採光用の穴を掘ったんだが――、それで縄張りを荒らしちまった」
「虫か……大きい?」
「そうでもない、大きいのでも俺達くらい」
「お、大きいな……いっぱいいる?」
「そんなにいないぞ、全部で百匹くらいじゃないか」
「い、いっぱいいるな……勝てるのかな?」
「俺とビビじゃ押し負ける。けど、クロがいたら余裕だ。多分戦いにもならないぜ」
「ぎゃう~! ぎゃうぎゃう!」
「そ、そうか……もしかして、他にもあそこに何か住んでるのか?」
「うん? ああ、多分だが、けっこういろんなのがいるんじゃないかなぁ。変な鳥とかたまにこっちを覗き込んでくるぜ」
「い、いろいろいるのか……」
さすがに喋りながら移動していると苦しくなってきた。
それにしても、このアジトにはまだまだ俺の知らない生き物がいろいろと住んでそうだ。
特に小さな生き物たちはとても用心深く、めったに姿を見せないのだ。
夜中によく徘徊するクロやコハクなどは、たまに謎の生き物をムシャムシャしていることもあるし、アジトの生態系にも詳しい気もするが、それでもやはり一部に過ぎないだろう。
「ビビ! 応援だ! クロ連れてきたぞ!」
「ぎゃ~う~! ぐぎゃぎゃう! び~び~!」
「ガンガン凄い音してるけど、本当に大丈夫なのかよ……あれ? 意外に明るいな――」
駆けつけた勢いのままに、皆で穴の中へと飛び込んでいく。
視界に飛び込んできたコハクの彫刻に、思わず腰を抜かしそうになりつつも、前回より少し明るくなった室内を見渡す。
「く、蜘蛛かよ……」
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