五十三話 【真夜中の語り】


 屋敷を後に今は竜車に乗って帝都ヴァルスケンへ向かっている。


「今夜はここで夜営します」

 竜車の御者は夜営の準備を始めた。

 簡単な魔生獣避けを夜営の周りに取り付けると、御者は竜車の竜に餌をあげている。


 ライアの侍女さんは服に付いているポケットからテーブルと椅子、そしてテーブルクロスを広げると、花が生けられた花瓶を飾り、シルバーのカトラリーを広げ、スープやパン、肉が並べられた。


「……その食事は何処から……?」


 俺の疑問に侍女さんが答えてくれた。

「姫様に下々と同じ食事はさせられませんので」

 侍女さんのメイド服のポケットは恐らくエイルの鞄と同じ様な使用なのだろう。

 料理の材料は屋敷から勝手に拝借してきたもよう……。

 そして手際良く料理を始め、テーブルに次々に並べられて行く。

 料理している手が見えない!!


「ケンジ様、ルルア様はこちらにどうぞ」

 更に椅子が出てくると、俺とルルアにも同じ食事が提供された。


「マリル、皆様にも差し上げて」

「……はい、かしこまりました」


 椅子はもう無いので、食事だけ皆んなに提供される。


「なんだか食べづらいね……」

「そうだな……」

 ルルアがそう言うと、俺もそんな気持ちになる。


「俺達も下に座って食べるよ」

 エイルやレアに合わせて俺もルルアも椅子を降りてに座る。


「では私もそちらで食事致します」

「……かしこまりました」

「ライアはテーブルで良いよ?」

「いえ、ケンジ様が下で食べるのに私だけ上で食べるわけにはまいりません」 

 そしてライアも座り食事が始まる。


 料理はどれも美味しく、侍女のマリルさんの腕が確かというのがわかる。


「おや? 皆んなもう食事を始めているのかい?」


 ラヴィンさんは辺りに魔生獣がいないか確認に行ってくれていた。


「いやー、それにしてもケンジ君が羨ましいよ」

「羨ましい?」

「こんな美女達に囲まれているのだから! 代わって欲しいくらいさ」

「ラヴィンさんにも応援してくれていた女性達がいませんでしたか?」


 武術大会で黄色い声援を送っていた女性達がいたはずだが?


「彼女達は僕がケンジ君に負けたらさっさといなくなってしまってね……」

「それはすいません……」

「ケンジ君が謝る事は無いさ。 僕もまだまだ修行が足りないって事だからね」


 ラヴィンさんのこう言う所が良い人だよな。


「さて、食事も終わったし、最初は僕が見ているよ。 次はケンジ君と交代で回していこう」

 この見ていると言うのは夜間に襲われないための見張りの事だ。


「わかりました」

 ラヴィンさんと二人で交代で見張りをしていれば問題ないだろう。


「それはダメです! 私も見張りします!」

 ラヴィンさんに異議を唱えたのは前に見張りでウトウトと寝てしまったエイルだった。


「私も見張りやります」

 ルルアも手を上げて意見を唱える。


「私はもちろんご主人様と見張りを致します」

 レアは俺に引っ付いて意見を言う。


「私がライア様の代わりに見張りを致します」

 マリルさんはライアな背後に立ち、俺を睨みながら手を上げる。


「ノンノン、レディ達にそんな事はさせられないよ。 この辺りの魔生獣なら僕ら二人で対処も可能だから、問題ないよ」

「そうだよ。 俺とラヴィンさんで大丈夫さ」

 ラヴィンさんと俺でなんとか皆んなを渋々納得させた。


「それじゃ、皆んな早く寝るんだよ。 夜ふかしはお肌の敵だからね」

 ラヴィンさんは焚き火の前に行き、腰を下ろした。


 エイル、レア、ルルアはテントで眠り、ライアさんはマリルさんが出したテントで眠る。

 竜車の荷台では御者の人が眠り、俺は地面に寝っ転がる…………。


 しばらく時間が経ったのち、ラヴィンさんに起こされる。

「ケンジ君、交代だ」

「……ん……わかりました……」


 ラヴィンさんと交代し、焚き火に薪をくべる。

 パチパチと薪の音が聞こえるだけの静寂。

 ラヴィンさん寝相悪いけど、どうやら眠ったようだ。

 時折、風で草木がガサっと揺れる。

 その度に少し身構えてしまうが、何事も無く平和だ。


 すると、足元に木の実が転がって来た。

 一つ、二つと意図的に転がしている様だ。

 転がってくる方を見ると、木の影から何かが手招きしているように見える。


 ゆ、幽霊か……?

 この異世界なら幽霊もいそうだけど……。

 ドキドキして動かないでジッと見ていると、ひょこっとアンが顔を出す。


「アン! どうしたんだこんな所で?」

「シー……」


 静かに来てと手招きされる。

 皆んなを起こさない様に静かにとアンの所へ。

 木に寄りかかっているアンの隣りで話を聞く。


「アン、どうしたんだ?」

「……ケンジと少し話しがしたくて……」

「話ってなんだ?」

 アンは星空を見上げながら口を開いた。


「……私が暗殺者って事は話した……よね?」

「聞いてるぞ」

「……私……元々フレデリカ家の長女だったの……」

「フレデリカ家?」

「……この帝都の南部にあった土地を管理していた家……」

 土地を管理……、と言う事は……貴族出身!?


「お嬢様じゃないか!?」

「……でもフレデリカ家はもう無い……。 ガスパに取られたから……。 今更興味無いけど、ガスパを倒してくれたからお礼を言っておこうと思って……」

 そうだったのか……、アンは貴族出身か……。


「でもなんで暗殺者なんてやっているんだ?」

「……それは……、お父様もお母様も殺されて……、私は組織に売られたの……。 そこで暗殺者として育てられたから……」

「そうか……、もうガスパも倒したんだし、暗殺者を辞めて戻ったらどうだ?」

「それは出来ない……。 今の私はケンジを狙っていると言う体で動いてる……、……だから無理」

「それで俺達に着いて来てるのか?」

「そう……」


 暗殺組織を潰せばアンは解放されるのだろうか?


「そうだ、アンって名前は暗殺者の名前だろ? 本当の名前は教えてもらえるか?」

「……本当の名前……、……いいよ……。 本当の名前は【フレデリカ・アン・ホワイト】……、もうアンで慣れたからアンで良い……」

「そっか、わかった。 それじゃアン、俺を殺すのか?」

「……ううん、そんなつもりは無いし、まだその時じゃ無い……。 ケンジに告白されたし……」

「告白……?」

「うん、あ、でも私、五番目とかでも大丈夫だから……」

「五番目とは?」

「ライア王女、エイル、レア、ルルアの次」

「いやいや、そんなつもり無い━━」

「あ、嘘だったら殺すからね……」

「え!!」


 なんとかアンの誤解を解こうと茶を濁し濁しで、アンと別れた。


「そろそろ交代の時間か……」


 焚き火に戻ると、レアが立っていて、告白についての質問攻めにあった……。

 アンの勘違いって事で説明したけど、大丈夫だよな……?


 俺がレアに正座させられている姿をラヴィンさんは不思議そうに見ていた……。

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