四十一話 【薔薇の貴公子】

 ついに武術大会が始まった。

 俺は八番の番号を引いたので四組目だ。

 一組目の試合は暗殺者アサシンのアンが対戦相手の筋肉マッチョメンにあっさり勝った。

 そして二回戦目。

 今度は犬の獣人族と見た目が魔法使いっぽい人の対戦だ。


 犬の獣人の方は片手剣と小さめの盾を持ち、魔法使いっぽい人は杖に魔導法術機ガルファーが付いている。

 魔導法術機ガルファーから火の玉が連続で飛び、獣人は小刻みに躱し、盾で防ぎながら間合いを詰めて行く。

 結構他の人の戦い方って勉強になるな。


 一進一退の攻防が続いているのを選手様の観客席で見ていると、急に耳元で囁かれた。

「私の死合いどう……だった?」

 ゾクゾクっと背中に寒気が走る。

「ひぃ!」

 思わずのけぞってしまった。

 そこにいたのは暗殺者アサシンの【アン】だ。

「逃げなく……ても……」

「あ、え〜と……、試合、試合ね。 凄かったよ! あんなに体格の違う相手をあっさり倒しちゃうんだから」

「……でしょ」

 褒められて嬉しくなっているのか、モジモジと腕を組んで動かしている。

「あなたと戦わないといけないから、私の所まで死なないでね。 私が殺さないといけないから」

 なに物騒な事を言ってるんだ?


「なんで俺を狙うんだ?」

「依頼を受けちゃったから……」

「誰に?」

「それは内緒……」

 暗殺者アサシンだし、依頼者をそう軽々しく言えないよな。

「俺がアンに勝ったら教えてくれたりしない?」

「……私に勝てたら……? 勝てないよ」

 凄い自信だ。

「万が一って事もあるだろ?」

「……わかった……。 もし私が負けたら依頼者を教える。 そして私は自害する」

「いやいや、自害する必要ないだろ!?」

暗殺者アサシンの掟。 何があっても依頼者の事は話してはいけない。 もし話したら自害しないといけない……」

「なら、話さなくていい」

「そう? どうせ負けた方は死ぬんだから別にいいんだけど……」

 なんだ……? 死ぬの怖く無いのか? 死が軽過ぎないか?


「まあ、私が勝つからね……、それじゃ死合いで……」

 それだけ言うとスタスタと控え室の方へ戻って行った。

 負けられないが、絶対に殺さない。 自害だってさせるつもりも無い。

 どうやろうかと考えていると、いつの間にか二組目、三組目の試合が終わっていた。

 そして俺の試合が始まる。


 対戦相手は羽帽子に片腕をマントで覆いながら登場し、観客席には女性が数人、黄色い歓声を飛ばしている。

 男はその歓声に応えるように手を上げ髪をかき上げると、更に歓声が強くなる。

「ふふ、可愛い子猫ちゃん達、見ていてくれ! 僕が華麗に勝利する姿を!」

 なんだこのキザな奴は……。


「キミも一回戦目から僕に当たるなんてついてないね。 降参するなら今のうちだよ」

 話し方もなんだか気持ち悪い奴だな。 でもここにいるって事は実力はあるんだろう……、多分。


「死合い開始!」


「僕の子猫ちゃん達が待ってるからね。 早く終わりにしたいんだよ。 さっさと降参してくれたまえよ」

 キザな男は細剣レイピアをスラリと抜くと、素早い突きで攻撃してくる。

 俺も剣で何度か弾くが、服と皮膚をかすめていく。

「僕の名前がまだだったね。 僕は薔薇の貴公子【ラヴィン】さ。 冥土の土産に覚えておいたくれたまえ!」

 薔薇の貴公子……、痛い奴か?

「俺も名乗らせてもらうよ。 俺の名は━━」

「いや、男の名前なんて覚える気無いからいらないよ!」

 こいつーー!!


 攻撃のたびに、いちいち女性の歓声が飛び交うのはウザい。

 でもその歓声に負けず劣らず、三人は俺を応援してくれている。

「おやおや、キミにも女性レディの声援があるとは……ね……」

 ラヴィンは俺の応援をしてくれている、エイル、レア、ルルアを見て動きが止まる。

「へ、へぇ〜……。 な、なかなかの女性レディ達じゃ無いか」

 俺の仲間のレベルの高さに驚いてるな。

 エイルは可愛さがあって、スタイルも良い。 レアはスレンダー美人。 ルルアは超可愛い。 そっちの女性陣にも負けず劣らず、少数精鋭だ!


「よし、僕が勝ったらあの子達の面倒も見てあげるから、さっさと死んでくれたまえ!」

 なんか無茶苦茶な事言って攻撃してくるぞ。

「お前なんかに大事な仲間を渡すか!」

 俺の一撃はキザ野郎の細剣レイピアをへし折った。


「どうだ!」

 これで相手は武器が無くなった。

「ふふふ、甘い!」

 キザ野郎は折れた細剣レイピアを取り外し、マントから新しい細剣レイピアの刀身をはめ込んだ。

「こうなるのは想定内さ」

 そしてマントのある片腕を後ろに組み、半身になって、フェンシングの様に構えると、それだけで「キャー! キャー!」と黄色い歓声が飛ぶ。

 や、やりにくい……。


 だが、細剣レイピアのスピードにはついて行ける。

 マントに隠している分の武器を全て破壊すれば俺の勝ちになるはずだ。


「そろそろ華麗にキメさせてもらうよ」

 ラヴィンの動きのスピードが上がり、突きのスピードも早くなる。

 さっきより捌けず、バックステップでなんとか防ぐが、闘技場コロシアムの壁に追いやられてしまった。

「さあ! 華麗にキメるよ!」

 相手の攻撃は突きがメイン。 タイミング良く左右のどちらかに躱せしてカウンターを決めれば勝てる!


美しき薔薇のビューティフルローズ舞いスプラッシュ!!」

 マントで覆っていた片腕を前に出し、腕にある腕輪型の魔導法術機ガルファーから無数の火の玉が飛び出すと、その火の玉を目にも止まらぬ速さで細剣レイピアを振るう。

 火の玉の火が線となり繋がって大きな一輪の薔薇を形作る。

 その薔薇の範囲は広く、壁に薔薇の印が出来上がっていた。

 俺は攻撃の為に左側に避けたつもりだったが……、細剣レイピアの剣速に負けていたようで、右足がスダズタに切り裂かれていた。


「どうかな? もう負けを認めても良いんじゃ無いか? そんな足では僕の華麗な技は躱せ無いよ」

 降参するつもりは無いが、確かにこの足でさっきの技が来たら躱せるかどうか……。

 傷ついた足を後ろにして見えない位置まで持ってくる。

 これで再生するまで時間を稼ぐしか無い。


「おや? まだやるつもりですか? 女性レディ達には血を見せたくは無かったんですがね。 仕方ありません」

 余裕のある笑顔で近づいてくる。

 間合いに入ったらやばいな。


 俺に一歩一歩近づいている間、観客席ではレアが今にも飛び出しそうな所をエイルとルルアで抑えていた。

「あの男、殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

「ケンジさん! なんとかしてくださーい!!」

 ルルアの声で観客席を見ると、レアから黒いオーラが見えるようだ。

 これは絶対に負けられない。


 あの技は腕や手首のスピードだけでは出来ないはず……。

 他にも何かあるはずだ。


 あの技を破るため、まだ考えがまとまっていないが、技の間合いに入ってしまいラヴィンは技を出す体制に入った。

「さあ、これでフィナーレだ! 美しき薔薇のビューティフルローズ舞いスプラッシュ!!」

 既に足は再生している。

 俺は高く飛び上がると、パワーアップのお陰か技の詳細が見えた!


 そうか、細剣レイピアの刀身に弾力があって、そのしなりを利用してたのか!

 最初の刀身は普通に固い刀身だったからわからなかった。

 これもラヴィンの技の一つか!

 俺は着地と同時に斬り込む。

 ラヴィンは華麗なステップで捌くが、細剣レイピアに当たると少し曲がる。

 どうやら正解だったようだな。


「もう足が治ってるとは……。 ポーションでも持ち込んでいたのかい!?」

 剣速は向こうの方が早い。

 だが、接近して戦えばさっきの技は使えないだろう。

 体に傷を負いながらも押して行く。


「くっ! 邪魔ですね。 しかし、近づいたら技が出せないとでも?」

「出せないだろうさ」

「そうですね、僕の華麗な技、美しき薔薇のビューティフルローズ舞いスプラッシュは無理ですね。 ではこれならどうです!」

 ラヴィンは素早く俺の右側に移動する。 それに釣られて右を向いてしまう。 ラヴィンが動く前の所から火の輪が飛び、完全にラヴィンを追う形を取って体が開いた状態で当たり飛ばされた。

「うっ! ぐっ! な……にっ!」

「どうかな? 僕の悪魔の花冠デモンズ・リースは!」

 しまった、距離をとられた!


 半身になり片腕を背中に回す構えは武器戦闘に良くある。

 その背中に回した片腕にある腕輪の魔導法術機ガルファーを発動させたのだろう。

 自分の体で発動を見せない様にし、タイミング良く体を避け火の輪から注意をそらさせる。

 厄介な技だ。


美しき薔薇のビューティフルローズ斬りスラッシュ!!」

「なに!!」

 魔導法術機ガルファーを使わず、剣だけで技を使ってきやがった!

 魔導法術機ガルファーを発動しない分早い!!

 先に発動の長い技を見せてから、発動の短い技を使うか。

 さすがこの大会に呼ばれただけの事はある。

 だが今回は魔闘気まとうきを全身に巡らせ防御を高めた。

 そのお陰で、致命傷にはなっていない。

 細剣レイピアの刀身がしなるせいもあるだろう。


「思ったより固い体をしてますね、まだ見せたくは無かったのですが、とっておきで倒させて頂きます!」

 ラヴィンは距離を取った。

 まだ別の技があるのか? それともハッタリか……?


 ラヴィンはマントを空中に放り投げると、魔導法術機ガルファーで火の輪を円形に五つ作り出す。

 その火の輪を一つづつ飛ばしてくる。

 これはただの魔導法術機ガルファーによる攻撃か?

 そこにマントから外れた細剣レイピアの刀身が落ちてくる。

悪魔と薔薇のデモン・ローズソーン!!」

 落ちてくる細剣レイピアの刀身を細剣レイピアで打ち、飛ばしてくる。

 だが一直線しか来ないなら躱せ……るっ……!


「がっ……はっ……!! 軌道が……変わるだと……」

 飛んで来た細剣レイピアの刀身は先に放たれた火の輪に触れると軌道が変わり、三本の刀身が俺の左腕、右胸、腹部に突き刺さった。

 しかも二本は火がついた刀身だ。


 俺は膝をつき剣を落とした。


「さ、もう良いでしょう。 降参かな?」

 ラヴィンは俺の顔の前に細剣レイピアを突きつける。

「……そうか……な……」

「う〜ん、どうやら死にたいらしいね。 僕は男にかける情けは無いからね。 このまま突き刺してあげるよ!」

 ラヴィンの細剣レイピアが俺の頭をかする。

 俺はギリギリで躱し、剣を直ぐに拾い下から払い上げた。


「……ふ……、まさか……、ここから逆転する……なんて……かはっ!」

 俺の剣はラヴィンの腹部を逆袈裟斬りで斬った。

 が、ダメージで力が入っていないので、腹を少し斬った所で止まっている。


「僕も……まだ未熟……。 甘かったね……」

 俺は剣を杖代わりに立ち上がり、ラヴィンはその場に倒れた。

 ラヴィンの戦闘不能とみなされ試合には俺が勝つ事が出来た。

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