第5話 そばにいるから
3章 親子の絆
第5話 そばにいるから
まるで時間が経つのを忘れてしまったかの様に、
日傘が無ければ暑くて耐えられなかっただろう。渚沙は時折バッグに忍ばせたペットボトルのお水で水分補給をする。それでも額や首からつうと汗が流れて行く。
竹ちゃんは大丈夫だろうかと心配になる。暑いのは竹ちゃんも同じなはずだ。
「竹ちゃん、お水いらん?」
渚沙が聞くと、竹ちゃんは無言で首を振った。喉の渇きを感じないほどに、ハウスの中に集中しているのか、それともあやかしだから大丈夫なのか。判らないが、いらないと言うのに無理に飲ませることはできないだろう。
そうしているうちに、カピバラハウスの前に人がちらほらと集まり始める。親子連れが多い印象である。小さな子を乗せたベビーカーを押している女性もいる。
ふれあいタイムの時間が近付いているのだ。幼稚園ぐらいの年齢と思しきお子さんが、待ち切れないと言う様にうろうろしたりしている。平日だからかそう多い人数では無い。
ハーベストの丘では1日2回、ふれあいタイムを設け、カピバラたちに直に触れ合うことができるのだ。有料の餌をあげることもできる。
竹ちゃんはあやかしなので、本来ならこんな金網はすり抜けることができる。それでもまるでそれに遮られる様に、竹ちゃんはここから動かない。
我が子に駆け寄りたいのでは無いだろうか。渚沙はそう想像するのに、やはり竹ちゃんはじっとしたままなのである。傍に行っても気付いてもらえないから。もしかしたらそんな諦めの気持ちがあるからなのでは、なんて思ってしまう。考えすぎだろうか。
「竹ちゃん、もうすぐふれあいタイム始まるから、中入ってみようよ」
渚沙が小声で言うと、竹ちゃんはしばらく考え込む様に目を閉じ、やがてこくりと頷いた。
以前に気付いてもらえなかったことは、きっと竹ちゃんに孤独感を与えた。トラウマの様なものもあるのかも知れない。せっかく永らえたというのに、竹ちゃんは絶望したかも知れない。
渚沙は竹ちゃんに辛い思いをさせたいわけでは無い。それでも目の前にいるのに触れ合えない2匹をもどかしく思い、少しでも近くで、と思ってしまうのだ。
渚沙はあやかしが見えるだけの、ただの人間である。あやかしと生きるものとの橋渡しなんて、そんな大それたことはできない。こんな時ほど、それこそ
「お待たせしました。これから、カピバラちゃんのふれあいタイムを始めまーす」
若い女性の飼育員さんの元気な声が響き、ハウスのドアが開く。並んでいたお客さんが待ってましたとばかりにぞろぞろと中に入って行った。小さなお子さんが走って行こうとするのを、若いお母さんが慌てて止めている。
「竹ちゃん、私らも行こ」
竹ちゃんが頷くので、渚沙は立ち上がる。日傘があるとは言え暑い中でずっと座っていたからか、軽い立ちくらみを起こして身体がふらつく。だがどうにか金網に手を付いて堪えた。
竹ちゃんと並んで、他のお客さんから少し遅れてハウスの中に入る。カピバラはさっきから渚沙たちが見ていた3匹のまま。モナちゃんもいるはずだ。3匹の周りにはそれぞれお客さんが囲い、さっそく餌をやったり撫でたりしていた。
お母さんに見守られながらカピバラを構うお子さんたちは楽しそうだ。中にはカピバラが怖いのか、泣き出す小さな子もいた。
竹ちゃんはそんなお客さんには目もくれず、いちばん奥にいるカピバラに向かって、真っ直ぐに歩いて行く。渚沙はハウスの出入り口近くにある餌売り場で飼育員さんから餌の笹を購入し、慌てて追い掛けた。
きっとそのカピバラがモナちゃんである。渚沙にはカピバラの見分けは性別ぐらいしかできないが、竹ちゃんは同じカピバラだ。しかも自分の子なのだから、一目瞭然なのだろう。モリージョが無いので、モナちゃんは女の子である。
モナちゃんはその場でしゃがみ込み、カップルと思しき若い男女のお客さんに大人しく撫でられ、心地好さそうに目を閉じている。全く動じない。人に良く慣れているのだ。竹ちゃんはそばで、それをじっと見つめている。
ああ、あんなに近くにいるのに、モナちゃんは竹ちゃんを見向きもしない。切なさを抱えながら、渚沙はモナちゃんの正面にかがみ、買ったばかりの笹をモナちゃんの口元にやった。するとモナちゃんは香りで気付いたのか、待ってましたとばかりに口を開けた。
もっしゃもっしゃと笹を
そんなモナちゃんの様子はとても可愛らしいのに、渚沙の胸に過ぎるのはもの悲しさ。すぐそこに竹ちゃんが、お母さんがおるんやで。心の中で必死で訴え掛けるが、届くはずも無く。
カップルはモナちゃんに堪能できたのか他のカピバラに移ったので、渚沙はモナちゃんの横に移動し、そっとモナちゃんに手を伸ばす。背中、脇腹の辺り、お尻のあたりをわっしわっしと撫でる。カピバラはそこそこの力を入れて撫でてあげると、気持ちが良いと聞いたことがあった。
そんな渚沙の手に、竹ちゃんの手が重なった。竹ちゃんはいつの間にか大人のカピバラの姿になっていて、渚沙の手を介してモナちゃんに触れる様に動かした。
「可愛いね。モナちゃん、可愛いねぇ」
渚沙は
竹ちゃんを見ると、モナちゃんを見る表情はいつの間にか穏やかなものになっていて、手は懸命に渚沙に沿ってモナちゃんを撫でている。
するとそれまでだらっとしていたモナちゃんの目がゆっくりと開き、不意に顔を上げる。まるで何かを探す様にきょろきょろと首を動かし、その黒い目がある1点で止まった。
渚沙は奇跡を見た思いだった。モナちゃんが見つめる先には、竹ちゃんがいたのだ。モナちゃんが竹ちゃんに気付いたのかは分からない。だが渚沙の目には2匹の視線が交差している様に見えた。
竹ちゃんの手、前足がモナちゃんの頭に伸びる。撫でてあげると、モナちゃんはうっとりと目を細め、まただらりと頭を降ろした。
それは、親が子を
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