第3話 あやかしたちとの戯れ
弘子おばちゃんがシングルマザーになった原因は、当時同居していた元
そして離婚の話が出た時、弘子おばちゃんと元旦那さんとの間にはふたりの小さな息子さんがいた。弘子おばちゃんはふたりともの親権を欲しがったが、元姑さんが拒絶した。跡取りも必要だし、弘子おばちゃんの様な人に孫は任せられないと言い張ったのだそうだ。元姑さんは相当弘子おばちゃんに無体な扱いをしていた様である。
元旦那さんはこんな時ですらどっちつかずで、弘子おばちゃんをかばうこともせず、ますます弘子おばちゃんの幻滅を誘った。
それで結局、長男くんは元旦那さんが、次男くんは弘子おばちゃんが親権を持つことになったのだ。
元姑さんは弘子おばちゃんにはきつく当たったが、孫である息子さんふたりは可愛がってくれていた。なので、弘子おばちゃんは身を切られる様な思いをしながらも、長男くんをちゃんと育てて幸せにしてくれるならと、泣く泣く身を引いたのだ。
弘子おばちゃんは次男くんとともにあびこに居を移し、がむしゃらに働きながら公的支援なども受け、無事次男くんを育て上げたのだった。
そうした月日の中で、弘子おばちゃんは
そして年月が経ち、その次男くんの結婚が決まった。弘子おばちゃんはそれはもう胸を撫で下ろしたことだろう。
その際、次男くんは女手ひとりで育ててくれた母である弘子おばちゃんに感謝し、同居を申し出てくれたのだそうだ。お嫁さんも賛成していると。
自分とて昔は姑さんに苦労した身である。お嫁さんに同じ思いをさせたくない。それにはやはり同居はすべきでは無いと思った。お嫁さんだからこそ適切な距離感は大事である。そうすることで
だが当のお嫁さんが「ぜひ!」と言ってくれた。そこまで言ってくれるのならと、弘子おばちゃんは次男くん夫妻との同居に踏み切り、3年ほどが経ったわけなのだが。
「ふぅん、人間てぇのは、ほんまに面倒臭いもんやなぁ」
そう言って日本酒のグラスをぐいと傾けるのは、
茨木童子。平安時代に京都の大江山にて、
かつては酒呑童子と悪行の限りを尽くしていたのだが、
それが現代に伝わっている大まかな話である。それから茨木童子がどうしていたか本人も語りたがらないが、いつからか堺の
朱の様な赤い肌に金色の
「そぉ〜んな面倒なお嫁さんなんて、いっそのこと殺しちゃえばええのにねぇ〜」
渚沙がぎょっとする様な物騒なことを言うのは、こちらもあやかしの
絶世の美女と言っても良いほどの
艶やかな黒髪は床に着きそうなほどに伸び、透ける様な白い肌を持つ。きらびやかな金色の着物の華やかさと引けを取らない美しさである。
「面倒では無いカピ。むしろ
竹ちゃんが呆れた様に言うと、葛の葉は「そぅお〜?」と
葛の葉も大仙陵古墳で暮らしているのである。人間が知らない間に、この場所はあやかしお気に入りの地になっていたのだ。
大阪には他にも数々の自然やお山があるのに、どうして大仙陵古墳なのか。いつか竹ちゃんに聞いたことがあるのだが。
「あそこは人口の自然だカピが、管理と整備がきちんとされているから、住み心地が良いのだカピ。離れ小島の様なところも良いのだカピ」
なのだそうだ。
大仙陵古墳は堺市にある、日本最大の
現在この大仙陵古墳含む
この茨木童子と葛の葉は、「さかなし」が定休日の水曜日以外は毎晩こうして現れ、たこ焼きを
最初は渚沙も飲みたいからと、それなりに良い日本酒の一升瓶などを仕入れていたのだが、それぐらいの量など1晩で飲み尽くされてしまう。なので今は紙パックの大サイズに切り替えている。
紙パックだからと言って美味しく無いわけでは無い。杜氏さんが手間暇掛けて丁寧に醸した日本酒という事実は変わらない。手軽なお値段で買えるパッケージになっているだけなのだ。
今店内でくつろいでいるのはこの2体と竹ちゃん、たこ焼きを焼き終えて落ち着いた渚沙の4人(体)だ。渚沙は売り物でもある缶ビール、キリン一番搾りを開けていた。
「まぁねぇ〜。わたくし、これでも一応人の親やし〜、お嫁さんのお気持ちは解らんでも無いわよぉ〜」
葛の葉は言い、渚沙が焼いたたこ焼きをお箸で割って、小さな口にぽいと放り込んだ。そして「あらぁ」と涼しげな目を丸くした。
「これ、
「入れました。結構合うと思うんですけど」
渚沙は応える。昨日茹でた筍は昨夜の夕飯になった。穂先はスライスしてお造りにしたのだ。わさび醤油でいただく美味である。
中頃の部分は豚肉と絹さやと合わせてさっと煮付け、姫皮は甘辛く煮付けてお米のおともになった。
爽やかな生の筍のフルコースである。渚沙と竹ちゃんは旬の恵みをふんだんに味わった。
このたこ焼きに入っているのは、下の硬めの部分である。あっさりとした旨味で、歯ごたえがしっかりしている。それを角切りにして入れたのだ。
商品にするのは、確かに竹ちゃんの言う通り手間もコストも掛かってしまう。だがこうして個人的に作るのは自由である。
「春やねぇ〜。こりこりして美味しいわぁ〜」
葛の葉はご満悦の様である。茨木童子も「ふぅん?」と言いながら、たこ焼きをひとつ、口に入れる。
「ん、悪う無いな」
まんざらでも無い様な顔でもぐもぐとたこ焼きを食み、日本酒で流し込んだ。
「そうや、また今度キムチ入れてくれや。あれ辛うて俺好みや」
「さかなし」閉店後にこうして焼くたこ焼きには、その時の気分で冷蔵庫などにあるものから、いろいろ入れたりするのである。
茨木童子たちが来る様になってから、渚沙の晩ごはんはたこ焼きばかりになってしまっている。お祖母ちゃん
ちなみにお昼ごはんは竹ちゃんが2階のキッチンで作ってくれたのをタッパに詰めて、お客さまがいないのを見計らって焼き場に届けてくれるのである。チャーハンやピラフ、パスタなど、ワンプレートものが多かった。それを隙を見ながらかっこむのだ。
「キムチ、また買うて来ますね。ねぇ葛の葉さん、気持ち解るって?」
渚沙が訊くと、葛の葉は「んふ〜」と意味ありげに笑った。
「子どもってぇ、そこまでしても欲しいものって、思う人間てきっと多いんよねぇ〜」
結婚すらしていない渚沙だが、その気持ちは何となく分かる。きっと女性の本能のうちのひとつなのだろう。
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