温かな食卓

「……ねえ、最近遅くない?」


 家に帰り着くと、ひまりが家の中にいた。合鍵を持っているとは言え、家に帰ったらすでに電気がついているのは本当に驚くからやめてほしい。


「別にいいだろ? 遅くなることもあるさ」


「……むむ、怪しい」


 じとっとした目線で、俺のことを上から下まで見回す。


「なんだか、最近は咲ちゃんも様子がおかしいからなあ……あ、そう言えばこの前咲ちゃんと和人さんでメッセージ始めたよね?」


「そうだな。メッセージでもいい子だよ」


「うー……なんか怪しいなあ。和人さん、何か隠してないよね?」


 なんだこの勘の良さは。下手に問い詰められるとそのまま言ってしまいそうだ。だが、咲ちゃんが言っていいと思っているかはまだわからない。もしかしたら、俺と勉強していることは秘密にしていたい可能性もある。

 

「もしなにかあったとしても、俺がお前に言わないってことは、言っていいのかわからないってことだよ。俺だけに関わることで、ひまりに何か隠したことはないだろ?」


「まあそうだけど……最近私が和人さんと一緒に居られる時間が減っていってるのが……ちょっとやだ」


「……大丈夫だよ。心配しなくても、絶対帰ってくるから。その後うちに来ればいいだろ?」


 しゅん、としてしまったひまりの頭を撫でる。風呂に入ったあとなのか、サラサラの髪にふわりと香るいい匂いに少しどきりとさせられる。


「和人さんの、ばか。髪が乱れちゃうじゃん」


 少し顔を赤くして、少し過剰に不貞腐れたような顔をしたひまりは、リビングの中に入っていった。


 とりあえず自分の部屋に戻り、荷物の整理に着替えを済ませて、時計を見る。いつの間にか八時をとうに過ぎていた。もう今日は夕飯はいらないか。面倒だし。


 階下に降りて、リビングに入る。すると、いい香りが鼻腔をくすぐった。


「あ、着替えてきた? じゃあ早く座って。うまくできたかわからないけど、頑張って作ったから……!」


 少し恥ずかしそうに、机の上に並べられた料理の数々。難しいことはないが、量も、クオリティーも十分に見える。


「これ、ひまりが作ったのか? あの、料理が苦手だったひまりが?」


「な、なに……! いいじゃん。和人さんが大変そうで、いっつも最近遅いから、お腹へってるかと思って……!」


「ありがとな」


 素直に感謝の気持を伝える。本当に嬉しい。これまでは、俺に飯を作れデザートを作れと催促することはあれど、自分で何かを繕うというのはなかなかなかったというのに……!


「お約束どおり怪我をしたりしてるなんてこともなくて、偉いぞ」


「そんな子供みたいな……包丁はあまり使わなかったから、大丈夫だった」


 料理の内容は殆どがそのまま炒めて味付けしたものや、大きめに切られた野菜など、複雑な包丁さばきを必要としないものばかりだ。それが逆に嬉しかった。怪我をしないでほしいという気持ちもあったからだ。


「さっそくじゃあ食べてみるよ。ご飯まで本当にありがとう」


 すでに置かれている、つやつやの米がよそわれた茶碗。箸もすでに置かれており、あとは食べるだけといった状態だ。ここまで気を回してくれてありがたいばかり。


 一口、少し野菜大きめの野菜炒めをいただく。……うん。少し味が濃い気がするが、濃いめが好きな高校生的にはオーケーだ。


「ああ、うまいよ」


「ああ、よかった……美味しくなかったらどうしようかと……」


 ほっと胸をなでおろすひまり。それがなんだか可愛らしく感じて、思わず笑みがこぼれてくる。


「かわいいな」


「ふ、ふえ……ちょ、ちょっといきなりそんな事言われても……」


「俺のためにわざわざ慣れない料理をしてくれるなんて、本当にかわいいよ」


「う、うう……」


 本心からそう言うと、ひまりはゆらりと立ち上がって、俺の座っている椅子……ひいては、膝の上に座ってきた。


「……もう。和人さんはこういうときだけ褒めてくるから……ほんと、ずるい」


 顔を真っ赤にして、少しうつむいたひまりだが、髪の間から覗く首元と耳は真っ赤だ。


「……今日は遅く帰ってゴメンな」


「そうだよ。作って待ってたんだから……」


「でもな、俺が遅れた理由は、大切なことなんだ。きっとしないと後悔してしまう結果になってしまうかもしれない」


「……うん」


「だからさ、今日みたいにこの家で待っててくれよ。あ、ちゃんと親には言ってるんだよな?」


「そりゃあもちろん!……でも、そっかあ。そんなに大切なことだったんだね。じゃあ、私は何も言わないね。だから、和人さんが満足するまでやって。私はこの家で待ってるから。でも、偶にはうちにも来てね」


「ああ。偶には、な」


 いつもは遠慮したいけど、偶になら。あの人達は第二の親みたいなものだし、いいかな。


 

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