第29話 帰還の宴

 * * *


「ふぅ、ここまで準備すればもう大丈夫かしら」


 討伐隊が帰還してから三日が経った。

 本来なら帰還後すぐに開かれる宴だが、クロード様の突発的な帰還で宴の準備が間に合わなかったため、本日宴が開催されることになった。

 食材やお酒の調達を始め、宴会用の食事のお手伝い等、私も積極的に参加をしていた。

 ちょうど区切りのいいところまで終わったので一息ついていると、隣にいたルネさんが私の独り言に突っ込みを入れた。


「奥様、全然大丈夫ではありません。奥様自身のご準備がまだ整っておりませんわ」

「そんな大げさな。私の準備なんてちゃちゃっと済ませれば」

「なりません! 奥様はランブルグ家の顔なんですから、しっかりドレスアップしなければ!」


 何度か経験して分かったことだけど、ルネさんはこうなってしまうと大体私の話を聞き入れてくれない。

 こう、美容魂?みたいなものに火が付くと、ルネさんの気が済むまで私は受け入れる他ないのだ。

 私は装飾品の類はあまり興味ないし、正直過度な装備は必要ないと思うんだけどなぁ。

 って、そんな事を話したらルネさんに怒られそうだから黙っておこう。


「奥様も急いで準備いたしましょう」

「は、はぁ」


 素直にルネさんに従い、ドレスやら化粧やらを施しているとコンコンと扉を叩く音が聞こえた。


「エステル、そろそろ支度はどうだろうか」


 この声はクロード様だわ。


「はい、ちょうど整ったところです」


 立ち上がり扉を開けると、髪をしっかりセットしてジャケット姿のクロード様が立っている。

 こうやってかっちりした姿もとても様になっていて、はっきり言ってめちゃくちゃかっこいい。


「そろそろ皆が揃う時間だ。挨拶に行こう」

「はい」


 何度もエスコートされているけど、やっぱりドキドキする。

 そんな私をみて緊張していると思ったのか、クロード様は優しく私に話し掛けた。


「緊張しているのか? 大丈夫、部下達は一見強面が多いが皆良いやつばかりだ。取って食ったりはしない」

「は、はい」


 緊張しているのはクロード様がイケメン過ぎるからです、とは気恥ずかしくて言えないから黙っておこう。

 そう思いつつ会場に向かうと、すでに討伐隊が揃っているようでざわざわと賑やかな声が聞こえた。


「皆待たせたな。今日は帰還の宴だ、無礼講で存分に楽しんでくれ」


 わぁ! っと会場が歓喜の声で湧く。

 

「それと、今日は改めて妻の紹介をさせて貰う。妻のエステルだ。籍だけしか入れていないのでお披露目はこれからになるが、皆仲良くしてやってくれ」


 おお、事前に聞いてはいたけど改めて紹介されると緊張する。


「皆様、改めまして妻のエステルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 緊張しながらも丁寧なカーテシーをするとどこからともなく拍手が沸き上がった。


「団長、おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」


 ああ、なんだかこうやって皆から祝福されると、改めて結婚したんだな、と実感する。


 ……でも、私達は所詮政略結婚。


 ヒロインが現れれば寝取られ役らしく妻の座は奪われるだろうし、そもそもこの結婚自体がビジネスなのだ。

 

 だから、こうやって周りから祝福されればされるほど、胸が……苦しくなる。


「私からの話は以上だ。それでは、帰還を祝し、乾杯!」


「「「乾杯!!」」」

 

 クロード様との距離が近くなれば近くなるほど、感じていた胸の痛み。

 その感情に気付かないようにずっと振舞って来た。


 でも、もう、誤魔化すことができないところまで来てしまったみたい。



 私……クロード様の事が、好きなんだ。



「エステル、どうした?」

「クロード様、なんでもありませんわ」

「そうか? でも、顔色が悪い。私はもう少し宴に参加しなければならないが、エステルは無理せず休むといい」


 クロード様は本当に優しい。

 でも、その優しさが今の私には……辛く感じる。


「申し訳……ありません」

「体調の悪い中であのような立派な挨拶をしてくれたのだ、エステルは何も謝る必要などない。それより体調不良に気付かず無理をさせてしまってすまない。ゆっくり休んでくれ」


 本当は体調なんて悪くないし、宴の席で中座するなんてお飾り妻としてあってはならない事なのは理解している。


 でも、今の気持ちのままでは、笑顔を保てそうに……ない。


 クロード様、ごめんなさい。

 飾り妻として、役に立てずにごめんなさい。


「……はい」


 クロード様から離れ、宴会場を後にする。

 道中ルネさんが何かを話していたが、今の私の耳には入ってこなかった。

 そのまま自室前に着くと、ルネさんには「疲れているから一人にしてほしい」と言い残し扉を閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る