第27話 真意
出来る限り速く、視界すらおぼつかない速度で屋根を蹴り空を舞う。
(頼む、間に合え……! 間に合ってくれ!!)
距離にすれば約三十メートル程。
すでにグランツは剣を抜いている。断頭台の刃が首を断ち切るまで、数秒の猶予すらない。
「やめろおおおぉぉぉッ!!」
ゼロコンマ数秒でいい。ほんの少しだけでも相手の気が逸れてくれればいい。
忍は喉が裂けそうになるほど叫んだ。
「──だれだ!」
剣が麻縄に数ミリ斬り裂いたその時、忍の声は辺にいた全員の鼓膜を揺らした。
凄まじい速度で剣を抜き向かってくる忍に対し、グランツは即座に危険を察知し刃を向ける。
「どけえぇええぇぇ!!」
忍は空中で剣を抜き、裂帛の気合いを持ってグランツへと刃を振り下ろす。
「ぐぅッ!!」
二人の刃が触れた瞬間、グランツは冗談みたいな勢いで吹っ飛んだ。
すかさず近くの兵が剣を抜き忍へと斬り掛かるが──
(な、なんで空が下に──?)
「邪魔」
彼はまだ気が付いていなかった。自身の首が宙を舞っているのを。
グランツを吹き飛ばした忍は旋回し剣を振るった。
刃はいとも簡単に、反応すら出来なかった名も知らぬ兵の首を刎ねた。
一秒にも満たない。もしあの時忍に気を取られなければ、首を失っていたのはユキだったはずだ。
兵の首は弧を描きながら落下し、やがて一人の一般人の両手に落ちた。
一秒。まだ彼は何が起きたのかわかっていない。
二秒。ようやく脳の処理が追い付いたのか、自身の手にある物を理解した。
三秒。彼は叫び声をあげ再び頭部を空中へと投げた。
そして、広場は大混乱へと陥った。
奇声を発し、我先にとこの場から離れようと足を動かす。
忍はそんな民衆に興味も持たず断頭台に向け二度、剣を振るう。
するとユキの首を固定していた部分はスパり斬り落とされた。
固定された視界では何が起きたのかいまいち分からなかったユキは、すぐに立ち上がり振り返ると、
「──し、忍くん!? どうして」
目の前にいたのは、ほっとしたような表情の忍だった。
「どうしてもこうしてもねぇよ、約束しただろうが。守ってやるってよ」
「くぅ……なんでこんな所に……何を考えてるんですか……本当に。貴方が刃を向けたのはこの国の──」
不思議とユキの表情は悲しそうだった。
彼女は知らない。忍が何のために力をつけ、イリオスを目指したのか。
だが彼女は知っている。イリオス兵に、玲瓏騎士に刃を向けると言うのがどういう事か。
「うるせぇな。んなもん最初からわかってんだよ。こっちも暇じゃねぇんだ。説教は後で聞いてやるから、大人しく下がってろ」
多くの兵士剣を向けそう言うと、返事も聞かないで突っ込んでいった。
「て、敵は一人だ! イリオスの名にかけて……な……」
指示を出そうと剣を掲げた兵の額を、忍の放った剣が貫いた。
目を見開きそのままバタリと後ろに倒れると、忍は額に刺さった剣を抜き、
「処刑の続きをしようか。ああただ、お前らがされる側だけどな」
「ふざけたことを抜かすな!」
激怒した一人が剣を振り上げる。
忍はそれを見る事もせずにただそこに立っているだけだ。
「そうだな……斬首だと被っちまうし、面倒だからお前ら
「かかれーッ」
剣を振り下ろす兵の足元に一瞬火花が散る。当の本人はそれすら気付かない。
「──
忍が呟いた刹那の後、突如兵士を中心に十字の火柱が立ち兵を焼いた。
それは目の前にいる彼だけではなく、この場にいる全兵士に対してだ。
「アつ……あぁああぁぁあッ!!!」
阿鼻叫喚そのものだ。
広場は炎熱地獄とかし、三十にものぼる十字架は天をも焦がす勢いで煌々と燃えていた。
「火力は調整してあるぜ。死ぬまでゆっくり味わいな……っと、もう戻ってきたのかよおっさん。悪いけど、お呼びじゃねぇんだ」
先程吹っ飛ばされたグランツは、額に血管を浮かばせ憤怒の形相で戻ってきた。勿論、抜剣している。
「貴様ァ……私が玲瓏騎士序列第七位、グランツ・ベルムットだと分かってやってるんだろうなァ…! そこの女は後回しだ……貴様から葬ってくれる」
「お前が誰だろうが興味ねぇよ。玲瓏騎士だかへっぽこ騎士だかしらねぇが、かかってこいよ」
頭に血が上っているグランツに対し、挑発的に手招きをした。
だが忍はグランツを軽く見ている訳ではない。寧ろ、かなり警戒しているのだ。
初撃、手を抜いたつもりはない。殺すつもりの剣だった。
吹っ飛びはしたものの、ほぼ無傷なのは相応の実力がある証拠だ。
(こいつは他の奴らとは段違いだな……だけど、精神的には脆い。攻略は難しくなさそうだ)
忍は意味深な笑みを浮かべグランツに切っ先を向ける。
「馬鹿にしおって……玲瓏騎士の実力、身をもって味わえ小僧ォ!」
忍を睥睨し派手に装飾のなされた剣を構えた。
未だに燃え続ける炎の十字架が立ち込める中、互いに切っ先を向け様子を伺う。
先に動いたのはグランツだった。
距離を詰めようと地を蹴りつけたその時。
「──なッ!! ぐおああぁぁッ!!」
地雷を踏んだのは二歩目。微かな火花が散り、兵と同じように炎柱が十字架となり天へと向かう。
「だから言ったろ? ぜ、ん、い、ん、火炙りだってよ。まぁ、あんたはこの程度じゃくたばりそうにないから、俺が直接断罪してやるよ」
忍はこうなる事を予測し、炎ノ十字架を仕掛けていたのだ。
それを悟られまいと煽り、冷静さを損なわせた。
炎に包まれたグランツは叫びながらも、脱出を試みる。
「天明流疾風ノ型、一式・
既に片脚が出ているグランツに対し、忍はマナを全身に巡らせ身体能力を上昇させた後、剣を投擲。放たれたそれ以上の速度で踏み込み、腕を伸ばすのではなく、突き立てるように剣を掴む。
そのまま全体重を乗せた刺突を繰り出した。
投擲と腕力により極限まで速度を上げた切っ先は、炎をも退き、グランツの左胸を穿つ。
「かはッ……こ、こんなはずでは……」
心臓を貫かれ吐血し、尚も忍に怨恨の目を向ける。
しかし絶命秒読みの相手を恐れるわけもなく、数秒もしないうちにグランツは崩れ落ち、地に伏せた。
「なかったなんて言わせねぇ。お前はこんなもんなんだよ」
血で汚れた剣を払い納刀。
イリオス王国、玲瓏騎士序列第七位。グランツ・ベルムットはここに果てた。
グランツを含め、広場にいる全ての兵士相手にたった一人で勝利を収めた光景にユキは唖然とする他なかった。
頬についた一滴の血液を拭い、もしかしたらこれは自分の脳の理性とは別に、本能が創り出した幻想を見ているのではないかとさえ思った。
勝手に脳が現実逃避を始めたのではないかと。
(だって、おかしいよ。私は首を斬られてすぐに死ぬはずで……覚悟はしていたはずなのに)
「どうして私は……生きている事に安心してるの……?」
自覚した瞬間、ボロボロと大粒の涙が零れ、頬を伝い地面にゆっくりと染み込んだ。
こうしてユキは膝から崩れ落ちた。
「あぁ……あぁぁ、また私は──」
「ユキ……?」
そんな彼女を不審に思いながら駆け寄った。
忍はてっきり喜ばれるものだとばかり思っていた。
しかし、彼女の表情や頬に伝う雫を見る限り恐らくそれは違う。
受け入れ難い現実を、受け入れたかったかもしれない現実を前に、心の殻は脆くも崩れた。
「……どうして、助けちゃったんですか……忍くん……?」
こちらを向いて呟いたユキの目は、深い絶望に支配されていた。
「は……? お前、何を──?」
なんの冗談だよ、と背中を摩り立ち上がらせようとしたその時。
溢れた感情が爆発してしまったのか、ユキは忍の胸ぐらを掴んだ。
「うぅ……なんで、どうしてっ! 私は死ぬはずだったのに……! 今度こそッ! 私はッ! ……ぅ……あああぁぁっ!!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、怒っているような安心したような、表情が落ち着かない。
彼女の心の裏側に、剥き出しの感情に触れた気がした。
純粋すぎる程に純粋で、悪意や敵意になんの耐性もない心に。
そして忍は悟ってしまった。
「……そっか。ユキ・レオノール・フォン・ガメリオン。お前は──死にたかったんだ」
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