第8話 はじめてのまほう
「さて、腹ごしらえもした事だ。今日から魔法訓練に入るが、まずはこれらの魔術書をよく読んで基礎を覚えるんだ。そうだな……上級魔法まで覚えた後は私が直接指導しよう」
夕食を終え太陽が沈み星々が輝く頃、薄暗い庭でピグマリオンは四冊の魔術書を渡した。
そこには初級、中級、上級、最上級とそれぞれに書かれていた。
「え、それまでは独学って事か?」
「その魔術書は私が書いたものだ。直接指導したとして教える内容に変わりはない」
宮廷魔導師ともなれば魔術書の数冊程度出していても何ら不思議はない。
ふと、ピグマリオンは辺りを見回し、
「ふむ、本を読むには少し暗いか。──これならば問題あるまい」
唐突に右手を掲げると同時に、掌からは直径十五センチ程の光の玉が現れた。
ひょいと手を動かすと、ソレはゆっくりと宙を漂いやがて忍の頭上でピタリと止まった。
「まじで便利だな魔法! 俺も早く使ってみてぇな」
「ああそれと、マナ切れを起こしたら終了だ。その頃にセロスを向かわせるよ」
それだけ言うとピグマリオンは家に戻ってしまった。
何故セロスを向かわせるのだろうと思ったが、それ以上に魔法への関心が強く早速初級の魔術書を開いた。
「えっと、俺は火と……あーよかった、治癒も乗ってる。オーソドックスなのが、
とりあえずは得意属性から始めるために、他の属性は飛ばして読んだ。
魔法には習得難易度別に等級があり、初級、中級、上級、最上級と分別され、更にその上がもう二つあるみたいだ。
それは古代魔法と
「魔法はイメージが大事なのか」
魔法を行使するに辺りもっとも大切なのは具体的なイメージだ。マナを任意の箇所に集め具体的なイメージをする事により、魔法が発現される。
実はピグマリオンが記したこの魔術書は、非常に優秀であり市販の物と比べると天と地ほどの差がある。
通常、魔法を行使するに辺り詠唱が必要なのだが、この魔術書には最初から無詠唱や詠唱破棄を推奨している。
エザフォースの住人は、幼少期より聞き慣れた詠唱魔法こそが一般的な魔法だと思い込んでいる為、どうしてもそれを含めたイメージをしてしまう。
しかし実は詠唱と言うのはイメージの補佐にしかならず、絶対に必要なものではない。
現にピグマリオンは、枝を切りつけた風魔法と頭上にある光の玉を出現させた際に詠唱などは行っていない。
幸運な事に、忍のいた世界では魔法は存在こそしないものの、映像や絵となり普及している。それに加え科学の発展に伴い、火に関しては常に身近にある存在だった。
つまり、もっとも大切であるイメージという点において、忍は既に問題ないレベルに到達している。
「へー、なるほど。とにかく試してみないと始まらないな」
右手にマナを集める感覚で、目を瞑りじっと集中する。
(まずはライターみたいな小さな火からだ……)
ライターを思い浮かべながら掌にマナを集めていくと──
「あ」
見事に小さな火が掌の上に現れた。
不思議と熱は感じないので火傷の恐れはないが、変な感じだった。
「おおおおおおお!? 俺って才能あるんじゃねぇの!? こんなすぐ出来ちゃったよ!?」
もう少し苦労すると思っていた魔法が、いとも簡単に習得してしまった。それも、エザフォースでは高等技術である無詠唱をだ。
火を出しては消してを繰り返していくうちに、ある疑問が頭をよぎった。
「……これ、送るマナを増やすとどうなんだ?」
それは至って素朴な疑問だ。中級以上の魔術書はまだ目を通してはいないが、初級魔法に必要以上のマナを送るばどうなるのか。
ただ範囲が広がるだけなのか、それとも威力なども増加するのか。
少しづつ慎重にマナを増加させていくと、それに比例して大きくなっていく。が、ある一定の大きさ──直径一メートル程まで達するとそこでピタリと変化が止まった。
「あれ、これ以上は変わんないのか。とすると、このサイズが初級魔法の限界なのかな?」
初級魔法はマナとイメージだけで成り立つが、それはある一定までの話だ。実の所、このサイズ以上の初級もできる事には出来るのだが、それにはマナの密度を上げる必要がある。
それについては魔術書にも記載があるのだが、かなり燃費が悪い上に威力は中級魔法以下でメリットがないのでピグマリオンは推奨していない。
なにより、忍はまだその技術を習得していないのだ。現状はこれが限界だろう。
それから他の属性にもチャレンジしてみると、これもほとんど苦労せずに発動させることが出来た。
しばらくの間、初めての魔法で興奮して色々と試していると、途端に倦怠感に襲われた。
(なんだ……急に体が……?)
思わず膝をつくと、嫌な汗が滲んでいくのを感じた。
次第に呼吸があらくなり、全身がピリピリと痺れるような感覚。
「な……だ、これ……」
「ふん、案の定配分を考えていなかったようね。それは軽度のマナ欠乏症よ。これを飲みなさい」
と、タイミングよく現れたセロスが差し出したのは、紫色の液体の入った小瓶。
「あ……セロ……」
声を出そうにも受け取ろうにも、身体の自由が効かない。痺れは段々と酷くなり、呼吸する度に喉がヒューヒューと鳴っている。
「……ポーションも一人で飲めないなんて、世話のやける人ね。それとも、こういうプレイがお好みなのかしら」
ブツブツと文句を言いながらも、ポーションとやらをゆっくりと忍の口に流し込むセロスはやはり、根は優しいのかもしれない。
流し込まれたそれを飲むと、不思議と痺れが消えていくのがわかった。
「……ナニコレ?」
その即効性が高すぎる効力に、思わず間の抜けた声出聞き返す。
セロスは冷たい目をしてため息をつくと、
「マナポーションも知らないのね。貴方、これから少しづつエザフォースの常識を覚えた方がいいわ。でないとその間抜けさがより一層の目立つもの」
「ぐうの音もでねぇ……」
マナ欠乏症と言うのは単純で、マナが足りなくなって起こるものであり、酸欠のようなものだ。ポーションによりマナが補充されれば当然のように症状は消えていく。
マナポーションも決して安価ではないが、魔道士なら必ず幾つか持っている。いわば必需品だ。
ふと、セロスの姿がいつもと少し違うの事に気が付いた。
「あれ……なんでお前剣なんか持ってんだ?」
そう、セロスの腰には少し細身の長剣が携えられている。
まさかこんな夜遅くに森に入るわけでもなかろうに。では、一体何のための武装なのだろう。
「決まってるじゃない。貴方に剣術を叩き込む為よ。貴方、マナ切れしてる間ずっと休んでるつもりなのかしら?それに復讐するのなら剣術は必須よ。それに貴方居候なのだから、私の発散の相手くらいして貰わないと釣り合わないわ」
「お前後半が本音だろ……てか、剣術はいいとしてなんで剣が一本? 俺の分は?」
剣術を教えてくれると言うのなら、二本は必要なのではないか。
セロスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、そんな疑問を打ち消すようにハッキリとこう言った。
「これは私の剣じゃなくて貴方の剣よ。とりあえず、かかってきなさい。安心していいわ、貴方程度、素手で十分だから」
セロスは剣を放り投げると、意地の悪い顔をして笑った。
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