この身勝手な異世界に復讐を~異世界転移したら失敗作として捨てられた俺が《災厄の魔王》と呼ばれ、復讐を果たすその日まで~

吉良千尋

一章

第1話 異世界転移は突然に


幼い頃の夢はヒーローになる事だった。悪を退治して弱きを救う。

そんな正義のヒーローに憧れていたどこにでもいるような子供だった。

しかし大人になるにつれ夢は色褪せ、今ではごく普通のサラリーマンとしての日々忙殺されている。

そんな片野忍かたのしのぶは長い階段を駆け上がり、荒い呼吸で目の前のソレを観察していた。


歳は二十三。少しつり上がった目と、それにかからないくらいに伸ばした黒髪。やや細身だが身長は175とそこそこある。

七月の猛暑日だと言うのに、洗濯が間に合わなかったという理由で長袖のワイシャツを着ているが、当然汗でびっしょりだ。


「はぁ……はぁ……ん? なんだこれ、魔法陣……?」


いやいやそんな馬鹿な。そう思ってはいるものの、目の前にあるのは漫画やアニメなどでお馴染みの魔法陣。


いつもより遅く目が覚めた忍は朝食もとらずに家を飛び出した。

いつもは疲れるのが嫌で避けていた長い階段がある近道を通ったその先にソレはあった。


時刻は7時50分。

ここから会社まで走れば5分で着く。

なんとしてでも8時前には着いていないといけない。


忍の勤務する会社は中々のブラック企業であり、早出残業は当たり前の会社で、遅刻など許されるわけがない。

一秒でも遅れれば、やたら声のでかい部長に公開処刑されてしまうのは目に見えている。


だと言うのに忍は目の前の魔法陣に目を奪われ、あまつさえ立ち止まり観察を始めてしまった。

遅刻の恐怖を関心が上回った瞬間である。


「なんたってこんなものが……通報した方がいいのか? でも、これ警察の案件なのかなぁ……」


右から左から魔法陣を観察しても特に何かが起こる気配もなく、時間だけが過ぎていた。

興味はあるが触れようとは思わなかった忍は、悩みながらもそのまま立ち去ろうとしたその時だった。

それまで淡く光っていた魔法陣は、強く輝きだしその光は忍を包み込んだ。


「え、おいっ!? なんだよこれ!」


ほんのり暖かい光が身体を包み込み、やがて視界は白に変わった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


イリオス王国城内、王の間にて。


「王よ、再び異世界から使徒が召喚されます。今度こそ敵国は滅びることでしょう」


美しい光沢を放つ大理石でできた広い空間で、そこに似合わない卑しい笑みを浮かべた黒いローブの男が言った。


なにやらよく分からない彫刻が施された柱に支えられ、天井は見事な曲線を描いたドーム状となっている。

黄金でできた輝く王座には、それに相応しい厳格な雰囲気の老人が腰掛けていた。


その後ろには同一人物の肖像画が飾られている。

宝石の埋め込まれた冠を乗せ、腹まで伸びた髭は綺麗に整えられており不潔さなど微塵もない。

邪魔になるくらい多くの指輪をつけ、翼の生えた獅子の刺繍がされた真っ赤なマントを羽織っている。


これだけ見ればさぞ立派な王だと、皆は思うだろう。

しかし、現実の王は不自然なまでに目が死んでいる。

元は凛々しい顔つきだったようだが、肖像画と比べると今は見る影もない。


玉座から扉まで長く伸びたレッドカーペットの中心には、輝く魔法陣。

王はそれをみて深いため息をついた。


「……よい。この数年、まともな召喚などなかったであろう? なぜお前はそう期待できるのだマルクスよ」


ギョロりと大きな目がマルクスと呼ばれたローブの男を睨んだ。

それと同時に後ろの護衛や、室内の衛兵の目も一斉に同じ所へ向かった。


しかし、マルクスは動じることなく、


僭越せんえつながら申し上げます。偉業を成し遂げるのは困難なものです。数度の失敗など、いずれくるたった一度の成功の前には些細な事かと」


王はそれを聞くと退屈そうな顔で魔法陣を見た。


「で、あるといいのだがな」


◇◇◇◇◇◇◇


魔法陣の光に包まれてからどれくらいの時間が経ったのだろう。

ほんの数秒ような気もすれば、数時間、あるいは数日のような気もする。


(声も出ないし、上下の感覚もないし……やべえ、まじで面倒臭い事に巻き込まれちまった)


そんな事を考えていると、何もない真っ白な空間で身体が引っ張られるような感じがした。


(なんだ……? 身体が引っ張られてく!)


ぎゅんと全身が捻れある一点に向かっていき──


「どこだこ──ぇ?」


パッと視界が一変し、 よろめきながらも地に足が着くも、バランスがとれずに忍そのまま転倒してしまった。


普通このような時には、腕を振ったりして重心を変えバランスを保とうとするだろう。

当然ながら、忍の脳もそのように信号を発した。


そのように動かそうとはした。


だが、その行為がなされる事はなかった。

受け身すはまともに叶わず、忍は頭を強く打った。


反射的に頭を抑えようとしても、一向にその感触はやってこない。

その代わりといってはなんだが、床についた顔面の周りには赤い液体が広がっていて、頬に触れたその液体はほんのり暖かい。


(なんだこれ? 赤い……血か。血? 誰の──?)


霞がかった思考が一気に晴れ、パズルのピースが埋まった気がした。


バランスなど取れる訳がなかった。

受け身など不可能だ。

血が出ていて当たり前だ。


なぜなら、両の肩から先がねじ切れているのだから。

それを理解した瞬間、およそ今までの感じた事のない程の激痛が襲いかかってきた。


「──ッ!ぐあああぁぁぁッ!! 腕! 俺の、俺の腕がぁぁぁッ!」


まるで肩を焼かれているかのような熱とも感じ取れる痛みは、とてもじゃないが耐えられるレベルではない。

少しでも痛みから意識をそらそうと堪らずジタバタと暴れ狂う。


そんな忍をつまらなそうに見ていた王が、本日何度目かの深いため息をつき、


「……マルクス。コレはなんだ?」


コレ、とは勿論魔法陣の上でもがいている忍の事だ。

この凄惨な光景を見ても、この場にいる誰もが声をあげず、また助ける素振りもない。


「申し訳……ありません。すぐに、廃棄いたします」


マルクスは深く被っていたフードを更に深く被り、出来るだけ視界に何も映らないように努めた。特に王の顔など見たくもなかった。

先程あれだけ大口を叩いたというのに、召喚魔法は失敗したのだから処罰があっても文句は言えない。


「やはり、この駄作は治せぬのか?」

「恐れながら王よ、召喚の際の身体欠損リバウンドは我々人間の使う魔法では治癒が出来ないのです」


考える素振りもなく、あらかじめ台詞を用意していたようにマルクスはスラスラと説明した。


王はやはり、と言っていた。

つまり召喚や、身体欠損リバウンドとやらは今回が初めてではないらしい。


「ぐぅぅ……くそが、お前らが……! お前らのせいかッ!」


痛みを堪え鬼の形相で周囲を睨む。

この地獄の苦しみは目の前にいる人間のせいだとしたら、許せるはずもない。


「無礼な! 失敗作……失敗作の分際でシュメル王になんという口を──」

「よい、マルクス」


忍の言葉が気に食わなかったマルクスは、恫喝したがそれを止めたのはこの空間で一番の権力者、シュメルだった。


「しかし!」

「よいと言ったのだ。聞こえぬか、マルクスよ」

「も、申し訳……ありません」


食い下がるマルクスだがシュメルが一睨みすると、すごすごと後ろへ下がっていった。


「先程の貴様の問いだが……その通りだと言える。もっとも、余としては召喚の成功を祈っていたのだがな」


淡々と話すシュメルは、忍に興味がないのか道端のゴミでも見るような冷たい目をしていた。

そしてそれすらも、もう何度も繰り返してきたのだろう。


「治せよ! 今すぐ……俺の腕を治せよ」

「できぬ」

「なら元の世界に……」

「それもできぬな。余がおぬしにしてやれる事は何一つありはしない。隣国との戦時中だと言うのに……貴様のようなゴミクズが召喚されるとは。なんと嘆かわしいものよ」


シュメルは忍の問いかけが面倒なのか、何も出来ないとキッパリと言い放った。

そして、忍の事をゴミクズと確かにそう言った。


「そんな馬鹿な話あるかよ……お前らのせいで俺は……こんなんになってんだぞ!? てめぇの国が戦争してんのなんざ俺にはなんの関係もねぇんだよ! 出来ることがない? ゴミクズだ? ふッざけんじゃねぇ! どこの国の王だか知らねぇが──ぁ」


激昂し怒鳴り散らした忍だが、どうやら時間はあまり残されていないみたいだ。

両肩からとめどなく溢れる血液は、すでに相当な量が体外へと流出している。


本人は気付いていないが、既に忍の顔は青く血の気が引いていた。


「ふむ、貴様の怒りももっともだ。せめて、止血くらいはしてやろう。その後牢にでも入れておけ。だが──ゴミにも価値が出るやもしれん……天恵の発現まで七日間の猶予を与える。発現しなければその時はいつも通り処理するのだ」

「はっ、仰せのままに」


するとどこから持って来たのか、シュメルの後ろにいた兵士が包帯を差し出しマルクスはそれを受け取った。


天恵と言うのは使徒に与えられる能力だ。そのどれもが強力で、ものによっては一国を滅ぼす事も出来るほどだ。

しかしながら使徒だからといって全員が発現するかと言われればそうでもない。

もっと言えば身体欠損リバウンドした使徒に発現した前例は一つもない。


「汚らしい……王の寛大なお心に感謝するんだな」

「なにを……うぐッ」


マルクスは嫌々忍の肩周りに包帯をグルグルと巻くと、乱暴に縛った。

それと同時に複数の兵達が忍肩を掴み無理矢理立ち上がらせる。


「放せ! 放せよ! おいッ」


叫びなどまるで聞こえていないかのように、兵達はシュメルへと頭を下げると忍を連れてその場を後にした。


忍は引きずられながらも最後までシュメルを睨みつけ、その姿を目に焼き付けようとしていた。


(許さねぇ……コイツらだけは、絶対に)

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