最終話 あなたと、この世界を──。


 みんなと合流して森から帰った。道中でやっと自身の瞳の色を見て、聞いていたとは言え驚きすぎて腰が抜けるかと思った。

 屋敷につくと、すぐにドクターの診察が待っていて、傷の手当てと一緒に目の説明をしてくれる。


「──なるほど。白と同じ目の色になることを覚醒と言って、能力が共有できるんですね」

「それだけじゃないわよ。花ちゃんの力も向上するわ。それがどんな形かは分からないけどねぇ。覚醒は愛の力だって言うし、ロマンチックだわぁ」


 覚醒は、愛の力……。

 うっとりとしたドクターは、いくつかの花嫁の伝説という名のラブストーリーを教えてくれた。自身の恋愛事情を伝説として語り継がれている過去の花嫁たちが気の毒で仕方がない。


「花ちゃんの覚醒って、どうやって起きたのかしら……」


 ドクターの言葉に、顔がひきつるのを感じた。過去の花嫁たちのように伝説として自分の話をされては堪らない。私は逃げるようにして、ドクターの元をあとにした。


「早く休もう……」


 歩くのも面倒で、ピンクのドアを出す。目的地はもちろん自分の部屋である。

 金木犀の香りと共に現れたドアをくぐり、やっと一息つける……そう思ったのに、ここにいるはずのない人物が、ストライプ柄のソファーでくつろいでいた。

 

「えっと……、幻覚?」

「邪魔しているぞ」

「えっ!? 本物なの!? どうして、ここに?」

 

 まるで自分の部屋かのようにくつろぐ彼は、とても絵になる。きっと私よりもこの部屋の主人のように見えるだろう。

 

「言い忘れたことがあった。真理花が来たことだし、白樹も呼ぶか」

 

 何も出さないのも……と、コーヒーを出す。苦味に顔をしかめる白龍様は、どこまでもマイペースだ。

 

「あの……、白樹も呼ぶのはいいんですけど、どこから中に入りましたか?」

「そこから入った」

 

 指を差されたのは窓。完全なる不法侵入だ。どうりで、誰からもお客さんが来ていると言われないわけだ。単純に帰ったばかりでバタバタしていてのもあるのだろうけど。

 

「次からは玄関からいらしてくださいね」

 

 そんな私にからからと笑う白龍様。ついさっきお会いした時と随分印象が違う。


 ちりーんという音と共に現れた扉は、白樹のものとそっくりだ。

 

「この扉、白樹と同じですか?」

「そうだ。だいぶ薄まったが、白樹にはわれの血が流れているからな」

「どうりで似ているわけですね」

「なんだ、驚かないのか。つまらん」


 そうは言われても、見た目がそっくりなのだから仕方がないというものだろう。



 ***



「……誰だ!?」


 扉に呼ばれてきた白樹は、部屋に入るなり私を背に隠して警戒心をあらわにした。


「白樹、この方は白龍様だよ」

「白龍様? 先程とお姿が……」

「人にもなれるみたい」


 こそこそと話す私たちを白龍様は、楽しそうに見ている。


「白龍様、大変失礼致しました」

「良い、気にするな。こっちの姿を知らないのだから、当然の反応だ」


 白樹は深く頭を下げているが、そもそも白龍様は不法侵入をしている。警戒されない方がおかしい。


「いかがされましたか?」

「言い忘れたことがあってな。あと、暇だったからだ」


 暇だったって言ったよ……。神様って、暇なの?


「失礼なことを思っただろ」

「そんなことないですよ」


 白龍様から視線を外す。大丈夫。失礼なんじゃなく、疑問に思っただけ。嘘にはなってない。


「言っておくが、真理花が陽元この国の穢れを全て浄化してくれたからだぞ。そうなると、われも特別やることがなくなるからな。何千年ぶりかの自由を手に入れた、というわけだ」


 白龍様が自由になったのは、喜ばしい。けれど、知らない情報が目白押しである。


「……浄化って、穢れを全部ですか?」

「そうだ。伝えていただろう?」

「初耳ですよ。この国のって、陽元のですよね?」

「そうだな」


 白龍様はもう一度、コーヒーを口にして苦味で震えている。口に合わないのであれば、飲まなければいいのに。


「気付いてなかったのか? 見えるのだろう?」

「見えてますけど、帰ってくる間だけじゃ気が付きませんよ。穢れを見かけなくなったくらいにしか思っていませんでした。それと、話は変わりますがコーヒーが苦いのなら砂糖を入れたらどうですか?」


 差し出したシュガーポットから、白龍様はぼとぼととコーヒーに角砂糖と投入していく。明らかに入れすぎだ。角砂糖がカップの中で、山になっている。

 例え溶けたとしても、砂糖でじゃりじゃりしそうだ。


「ふむ。この方が良いな。さて、珈琲が美味くなったところで、そろそろ本題に入るとしよう。白樹と真理花に頼みがある」


 先程までのゆるい雰囲気は一変し、背筋が伸びる。


紅月こうげつへ行ってもらいたい」

「紅月って、西にある国ですよね?」

「そうだ。紅虎こうこが音信不通になった」

「紅虎様がですか!?」


 紅虎様は、紅月の神様だ。白樹が驚くのも無理はない。神様に何かあったかもしれないなんて……。

 紅月の方から穢れが飛んできていた。今も海の向こうは黒いままだろうか。


「紅月にも、花嫁が来たはずだ。それなのに、音沙汰もない」


「紅月にも花嫁が来たって、それじゃあ……」

「四ヶ国の花嫁が揃った」


 どくり、と心臓が跳ねた。お伽噺とぎばなしを思い出す。


「世界が破滅の危機を迎えるとき、全ての国の花嫁が揃い、浄化の花嫁の力をもって世界を救うだろう。今はただのお伽噺ですが、これは予言だったのではありませんか?」

「もう、答えは分かっているのだろ? 白樹も感じていたはずだ、既に世界が壊れ始めていることを」


 沈黙が落ちた。悔しげに握り締められた白樹の手を、そっと両手で包み込む。


「紅月へ行こう」


 世界が破滅の危機を迎えていると言われても、目の前のことで手一杯の私には、いまいちピンとこない。

 それでも、私は浄化の花嫁で、白樹や出会ったみんながいる世界を守りたい。


「だが……」

「心配してくれるのは、嬉しいよ。でも、もう置いていかないで」


 白樹の瞳が揺れている。きっと、迷っているのだろう。

 それなら、何度でも言うよ。何度でも私の想いを伝えるから……。


「私は白樹と一緒に、この世界を守りたい。白樹が愛している、私の大好きな人たちがいるこの世界を──」

「危険だぞ? つらいことも多くなる」

「分かってる。白樹一人で背負わないで。一緒に生きていくのだから、私にも頑張らせてよ。それが夫婦ってものじゃないの?」

「……そうだな」


 そう呟いた白樹の瞳は穏やかだ。


「決まったようだな。頼んだぞ、二人とも」

「「はい」」


 私と白樹の声が重なった。


 向かうのは、紅月。

 きっと想像もしないようなことが待っているだろう。嬉しいことよりも、つらいことの方が多いかもしれない。

 それでも、向かうのだ。白樹と手を取り合って、仲間の力を借りて……。


 全てが上手く行くことなんかない。不確かな未来だ。

 それでも、私たちは進む。生きていく。



「真理花、一緒に戦ってくれるか?」

「そういう時は、一緒に戦おうって言うんだよ」


 同じ金色の瞳を見合わせて、笑い合う。


 一緒に生きていくのだ。

 あなたと、この世界を──。



 

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